大学入試とセンター試験の思い出の話。
寒い中のセンター試験が終わりましたね。
もう10年以上も前になりますが、私も一度だけ受けた事があります。沖縄県内某私大のセンター利用入試のためでした。
私の大学受験
そもそも私は中高不登校で高校中退し、大検(現在の高認)に合格して高卒資格を得たのが20歳の時でした。
パニック障害のリハビリとして出掛けるか、ぐったりしているかの日々だったのですが、先に大学へ入った妹がとても楽しそうにしていたのと、同じ学校に沖縄の歴史や文化や社会問題を学べる学科があると知り「大学に行きたい」と思ったのです。
しかし、高校に行っていないと推薦入試やAO入試が申し込めない。働いていなかったので社会人入試も資格無し。
選択肢は学力試験一択でしたが、やはり受験対策など何もしていなかった事もあり、予備校に1年間通って勉強しました。
一般入試とセンター利用入試に申し込むため、基礎力をつけるための学習と過去問数年分を解くのが中心でしたが、これがまあ楽しかった事!
……勉強が楽しいって変ですかね?
でも、予備校は本当に楽しかったんです。1人で自習していても誰も邪魔して来ないし、問題を解けば解く程に小テストの成績も上がるし、何より新しい知識を得るのが興味深くて。
私は、学ぶ事って本来苦痛な物ではないんじゃないかな、と思うんです。無理矢理に興味の無い物を押し付けられたり、目的のわからないまま勉強しなければならないから苦しいのであって。
ちなみに、私にとっては大学の講義もとても面白かったですよ。
「本土主義」と「国立至上主義」
通っていたのがそこそこ大きな予備校だったため、本土の大学を受ける生徒や国公立を受ける生徒とも同じ授業を受けたりしていました。
そこで嫌な思いをしたのが「本土主義」「国立至上主義」とも言える考えを持つ人々の言葉です。
私は本命以外の大学に行く気はなかったのですが、たまに小テストで良い点を取ると「どうして本土の大学受けないの?」と言って来る先生がいたものです。
また、間違えて国公立向けのクラスに登録してしまった時は先生もスパルタで「こんな事もわからないの?」「これじゃ沖縄の大学しか行けないよ」と言うのです。見下されているようで、とても気分が悪かったのを憶えています。
そんな空気は生徒達にも伝わるようで、本土や国立が志望校の生徒はエリート意識のような物を持っているように思いました。自習室で「沖縄の私立なんて大学のうちに入らないよなー」と大声で話していて、ふざけんなお前らと怒鳴りつけたくなった事多数。
そう言う生徒達が、センター試験終了後に自己採点で成績が良かったからと「沖縄の◯◯大にも願書出しとくかー」と書類を書いていた時は呆れましたけどね(センター利用入試は試験終了後まで出願出来るのです)。
取り敢えず「お前ら本命落ちれ、滑り止めも全部落ちれ」と呪いをかけておきました。
センター利用入試の当日
大学への出願などの手続きも終わり、いよいよセンター試験と言う日。
会場は琉球大学だったのですが、琉大は学部数が多く敷地がものすごく広いのです。大学病院もあり、中には道路もあってバスが通っています。
教室は農学部でしたが、試験前に下見をしていなければ確実に迷子になっていた事でしょう。
必要だった科目は、国語(現代文と古文と漢文)、英語、社会(現代社会を選択しました)。
当時は英語にリスニングテストが取り入れられたばかりで、前年には機材トラブルが多く発生したと聞いていたので別の意味でも緊張していました。
試験は1日で終わり(2日目は理系科目です)、とにかく何とかなった、という達成感はありました。英語の機材トラブルもありませんでしたし。
ただ、自己採点ではあまり点数が良くなかったのと、その後に一般入試があったので本番はこれからだったわけです。
一般入試の当日
志望校にはオープンキャンパスで訪れていた事もあり、さすがに迷子にはならず教室にたどり着きました。
びっくりしたのは、試験監督がそのオープンキャンパスで模擬授業を行なっていた教授だった事でしたが。これも先生方の仕事なんですね。
センター試験で少し慣れたのか、過去問をいくつも解いたからなのか、試験はすらすらと進んだ覚えがあります。
全ての科目が終わった時、先生が「次は入学式で会いましょうね」と言ってくださったのが印象的でした。
合格発表の日
最近は遠くからの受験生がいるのとインターネットの普及で、オンラインでの合格発表も普通になりましたね。
私も合格発表当日は先にネットで確認しました。一般入試のページにログインし、自分の受験番号を見つけた時は喜ぶより先に「これは本当なのか?」とポカンとしてしまいました。
私より興奮していたのは隣にいた母親で、彼女があんなにテンションを上げていた瞬間は後にも先にも見た事がありません。
日を置いて大学の掲示を見に行った時に、やっと実感が湧いて来た感じです。
その後に予備校へ挨拶に行き、チラシなどの合格実績発表に名前を載せるかどうか訊かれて断りました(イニシャルが載りました)。どうせ沖縄県内の大学は隅に載るだけだとわかっていましたし、昔のいじめっ子連中に見つかる事の心配もありましたし。
ちなみに、センター利用入試は不合格でした。私の場合は完全に力不足でしたが、あんな駆け込み滑り止め出願が多かったら受かる人も受からない気がしなくもないですけどね……。
とにかく、私の大学受験はこうして終わりました。入学してからもまた大変で楽しい日々でしたが、それは別の機会に。
大学へ行く事の意味
受験は「受験」がゴールではない、その先の学校生活がゴールでありスタートだ。
私が大学受験に向けての1年間で実感したのは、そういう事だったのだろうと思います。
近年は就職事情も厳しくなり、「大学に行かないと就職出来ないから行ける学校に行く」という学生さんも多いのではないかと感じています。
大学は遊ぶ場所、モラトリアム、などと言うのはさすがに過去の話になりましたが、学校によっては就職予備校と化している事もあるのです。
大学というのは高等教育機関であり、専門の学問を修めるのが本来の役割なのではないでしょうか。
多くの個性的な先生方が、彼ら彼女らの様々な専門分野を現在進行形で研究している中、教えてくれるのです。こんなに面白い事はありません。
楽しまなければ、損です。
今年のセンター試験を乗り切った学生さん達は、大抵が次に二次試験や一般受験を控えていると思います。
皆さんの夢が叶いますように。
※画像は「みんなのフォトギャラリー」からお借りいたしました。ありがとうございました。
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