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許し許され、罰し罰され

悪意なき悪行に対して、皆さんはどう対処しますか?

小さい子供が、スーパーマーケットで遊んでいて、うっかり商品を壊してしまったとき。
友達同士で盛り上がっていたら、歩道に広がりすぎてしまい、後ろの人に迷惑をかけていたとき。
新しいゲームセンターで遊んでいたら、知らずにルール違反をして店員さんに注意されたとき。

「すみません、わざとじゃなかったんです」行為、色々ありますよね。

まずは、それが悪いことだって教える、でしょうか。
聞き分けの良い子供とかは、それで何とかなりそうです。

でも、それでも同じことを繰り返していたら?
或いは、その「わざとじゃなかったんです」行為が、取り返しのつかない、例えば人に怪我を負わせたとか、そういう類のものだったら?

論点は、それを「許せる」か「許せない」か。
或いは、その人を「罰する」か「罰さない」か、になりそうです。

非常に曖昧なラインですよね。
だから、「情状酌量」という概念もあるのでしょう。

でも、度をすぎた行為に対しては、何らかの法的措置をとるなど、対処をするのじゃないでしょうか。
人には、許せないラインがあります。


さて、私は今回、もう少し踏み込んでこの問題を考えたいと思います。

「度が過ぎた行為は許せない」的な話をしましたが、この「度が過ぎる」はどう判断するのでしょうか。

例えば。
5年付き合ってきた今年34歳のカップル。1人がそろそろ結婚かな?と思っていたら、もう1人が「別れたい」と言い出した。
人間なので、心変わりはあるものです。だから、「悪意」はないはず。
でも、振られた方からしたら、かなり「度をすぎた悪行」に見えるのではないでしょうか。

あとは、例えば就活のシーン、8月。
同期は就活を終えているのに、自分は終わっていない。
最後の切り札の会社。最終面接まで行けた。こちらの印象も良さそう。担当者も「内定でると思うよ!」と太鼓判。なのに、落とされた。
採用なので、内定を出す・出さないの判断は合理的に行われているはずで、だからお祈りメールを出すのは当然の行為ではあるはずですが、その学生から見るとどうでしょうか。
憎みたいほどの悪行に見えるのではないでしょうか。

今、2つの例を出しましたが、仮に被害を受けた方が、相手に対して「許さない!」と乗り出してきた、例えばカップルの例だったらリベンジポルノするぞと脅すとか、そういうことをしてきたら。
それは「やって良い」行為ではないでしょう。
「報復」もいいところです。

でも、被害を受けた側にとって、これらを「悪行すぎる、許せない」と認識するのは、「理解はできる」ように思えます。
皆さんは、どうでしょうか。


「許す」「許さない」「罰する」「罰さない」
そのボーダーラインは、あくまで個人の主観に依存しているという危うさがあると思います。

完全に悪意のある行為に対して報復をするなら別ですが、悪意がない行為に対して我々はどこまで個人の「主観」で人を「裁く」のか?
こう考えると、何だか自分の判断軸に不安を覚えてきませんか。

どうか、全能の神のように裁きをしようとする人が、少しでも減りますように。
本日は、そういう記事です。

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