眩しい夏


さて。
1つ前の話から少し経った話し。

夏の思い出。
海とはまた別の夏の日。



土でこんもり盛られたマウンドと白く囲われたバッターボックス。
コンクリートに打ち付けられた水色とオレンジ色のスタンド席。
センターの向こうに見える黒い得点板。


県の南に位置する私の母校は進学校で、かつてはスポーツ科も備えた異色の学校だった。入学してから、1つ上に強力なスラッガーとピッチャーがいることを知った。
甲子園が近いかもしれないと知ったのは高1の秋。

私は殊の外高校野球に想い入れのある高校生だった。野球部。そして高1の時に仲良くなった友だちも同じだった。
私たちは高校野球に夢中になった。

迎えた県予選。
当時はインターネットなんてあるはずもなく、職員室に何度も途中経過を聞きに行った。
遠すぎる球場へ想いを馳せながら、わたしたちにできることはないのか模索していた。

でも何もなかった。
わたしたちはちっぽけだった。
せめて校歌を歌おう!と言ったのは友だち。
試合終了後は勝った方の校歌が流れる。
わたしたちは野球部のいないところで、勝利を祈り、歌った。
大会の間中、いつでも歌っていたように思う。
休み時間も放課後も。
青い空と照りつける太陽と校歌。
眩しさしかなかった。

順調に勝ち進む野球部。
わたしたちは試合の度に祈り、歌い、結果を耳にし、手を取り合って喜んだ。

夏休みに入り、夏期補習に追われた。
それでも、負けたら終わり、が怖かった。
強いところが残り、大会も終わりに近くなる。
初めて、その友だちと2人で電車に飛び乗って市外の大きな球場に行った。
駅から遠いあの球場にどうやって行ったのか、もう思い出せない。
でも、あの時のドキドキと、試合終了後の校歌は今でも心に残る。

結局、その年の夏、私たちの学校は甲子園出場を果たした。
その快挙に街を挙げての応援が集まった。
野球部はみんなヒーローに見えた。

希望者は甲子園まで応援に行ける。
両親に頼み込んで行かせてもらった。

配られた紫のメガホンとおそろいのポロシャツ。その友だちと一緒に甲子園球場に入った。
あの3塁側スタンドから見た甲子園は、思いの外小さく、でもとてつもなく大きくて、わたしたちは何も言う事ができなかった。

ものすごいくじ運で引き当てた対戦相手は強すぎた。
打ち砕かれた私たちの夏は、あっけなく終わった。
紫のメガホンとポロシャツとペナントと野球部員にもらった土だけが残った。
でもあの夏に感じたドキドキとワクワクと心が揺さぶられる感覚は何年経っても忘れられない。

今年ももうすぐ県予選が始まる。
ここ数年は、決まったように強豪校が出場を果たしている。
出場するのはすごい事だ。
きっとものすごい努力と、犠牲にしたものも多いのだろう。
でも甲子園に出場できなくても、重ねた努力と練習はきっとどこかで実を結ぶ。
形は変わってもきっと何かに繋がる。それを想うだけで、私の目頭は熱くなる。

今年もきっと、球場に足を踏み入れる時間もTVで観戦する時間もない。
流れてくるラジオや翌日の新聞記事で結果を追うだけになるだろう。
でもその背景にはあの夏に見た光景がある。

甲子園を目指す野球部を共に追った友だちから連絡があった。
いつどのタイミングで連絡し合っても一瞬でわたしたちはあの頃のわたしたちになれる。
高校野球にもらった一番大切な物は、彼女との途切れない繋がりだ。

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