”あの”商店街に行ってきました〜山梨県富士吉田市
”あの”とはどこなのか。上の写真を見るだけで、気づく人がいるはずです。2年前くらいから、ネット上でたびたび見るようになった、あの商店街です。
昔懐かしい雰囲気の商店街の向こうには、街を飲み込むほど大きな富士さんが見える。富士さんの頂上の形から、およそ富士吉田市内だろうとわかります。あとは”本町二丁目商店街”と検索するだけ。その商店街は、富士急行の月江寺(げっこうじ、いい名前だな)駅近くにありました。
駅名の由来となった月江寺には、富士さんの湧水をたたえた池があり、湧水が流れる川もある。そして、何より目を引くのが、昭和のまま、時間が止まってしまったかのような建物の数々。その話は後述するとして、まずは、あの交差点から紹介します。
すでに、外国人観光客の聖地となっている。
河口湖からクルマで30分ほど。国道139号を南に下っていると、何やら小さな交差点に人だかりができている。で、通過してびっくり。そこがあの写真の撮影場所となった交差点であり、今や外国人観光客、とくにアジア系観光客の聖地となっていました。知らなかったなぁ。聞くところによると、あの写真を最初にネットに載せたのは、外国人観光客の女性だったとのこと。
ちょうど江ノ電鎌倉高校前の踏切と同じ状態。この通りは国道であり、交通量が多く、違法駐車や事故も苦情も増えたので、地元の警察や消防団の人たちがつきっきりで注意を呼びかけているという状態でした。
僕はそうとは知らずに行ってしまったものの、運良くすぐに駐車場をみつけて、さっそく商店街を歩いてみました。
地元の人に聞いてみたところ、この街は平安時代から絹織物の街として栄えていたとのこと。この商店街を中心に広がる飲食店街や歓楽街の跡は、深夜まで人通りが絶えなかった頃の賑わいの跡でもある。しかし世界中から安い繊維製品が入るようになり衰退。そしてこの街は、その頃のまま時間が止まっているのだという。
この街は、まるごと昭和のテーマパークになれる。
後で検索したところ、この街の昭和な建物の数々は、ネットでもかなり紹介されている。とは言え、古くなった建物に無闇にカメラを向けるのは、街の人に対して失礼かもしれない。そのような中に、地元の人たちが案内板を立て、解説をしている建物もあったので、その中からいくつか紹介してみましょう。
前述の地元の人曰く、「せっかくこんな寂しい商店街に人が来てくれているんだから、何でもかんでも禁止せずに、受け入れる場所を作ろう」ということになりつつあるとのこと。来年の夏を目標に、聖地となった交差点の近くに、駐車場と、軽い飲食ができる程度のスペースをオープンさせる計画が進行中。
月江寺駅からの散歩も心地よし。
たしかに、この観光客たちが一息つく場所があれば、けっこう流行るはず。なんたって、最寄りの月江寺駅には、電車が到着するたびに外国人観光客のグループが下りて来る。途中の月江寺で、池を眺めながら一息ついて、少し歩けば、そこには補修された昭和そのままの街並みが加わる。そんな地域おこしができないだろうか? 新たに箱物を建てるよりもおカネはかからないはず。などと考えながら歩いていたら、すでに、リノベーション後と思われる飲食店は数軒。ユースホステルもある。『乾杯通り』という、新たな飲食店街も生まれている。ただし、クルマで帰らなくてはならないので、残念ながら立ち寄ることはできませんでしたが。
SNSの写真から始まったブームなど、どうせ一時的ブームで終わる、と思う人がいるかもしれない。でもそれは、この商店街から見える富士さんを、いかにうまく使うかにかかってくるはず。たとえ撮影目的の観光客が消えたとしても、富士さんは消えない。何たってここから見ると、ものすごく大きいんです。この風景は、この商店街だけのお宝です。