甲州、武田信玄と桜散歩2Days 1日目その8 人は石垣人は堀 武田神社に参拝 21.04.03 15:45
甲斐国桜散歩の1日目の〆は武田神社へ参拝。
今でこそ神社だけれど、ここは戦国無双武田信玄の本拠地、躑躅ヶ崎館跡。
「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」で有名な信玄だが、実は躑躅ヶ崎館跡の裏には要害山城という山城が有り、いざというときにはそこに籠もる事になっていたことは黙っておこう。
信玄自身、そこで生まれたことも秘密にしておいてやろう。
人は石垣とか調子のいいことを言っていられたのも、自身がイケイケだった間で、息子の武田勝頼の代になった途端これじゃやばいということで新府城を築城するも織田信長が攻めてきたときには完成が間に合わなかったという間抜けぶり。
右往左往の末家臣に続々と裏切られ、景徳院の場所で自害により武田家は滅亡という憂き目に。
そんな武田信玄の館跡が明治になって神社になった。
今も山梨の人は、七五三だとか、入学、入試、入社、新年の祝い事には訪れているみたいだ。
山梨唯一の有名人なのかも知れないけれども、滅亡の武田家に何をお願いするというのだろうか?
家内安全も子孫繁栄もあまり望めそうもないのにね。
今日もコロナ禍だというのになかなかの人出。
本当ならそろそろ信玄祭りの時期なのに、今年は誕生祭を大々的にするからか、コロナ禍だからか詳細は知らないが、祭りは中止らしい。
武田神社、ご利益が今ひとつわからないのでいつもなら軽く参拝をしてそれで帰るのだけれども、今年は何を思ったか敷地をぐるりと回ってみた。
神社の裏では館の全貌を明らかにしようと今だに発掘作業が行われていた。
江戸時代になり、甲府にお城が出来て、JRの駅も甲府城の側に作られて、躑躅ヶ崎館跡は開発から置いていかれ気味なのだから、ほじくり放題だと思うのだけれども、そういうものではないのだろうか?学術調査って時間をかければ予算がお得みたいな傾向があるから、いつまでもやっていそうな気がしてならないのだが。
学者の先生のすることはサラリーマンにはわかりませんこと。
発掘現場から、富士山が見えた。
そうか、ここからは富士山を眺められるんだ。
信玄も見たであろうか?何を思っただろうか?
そう思うと、歴史ロマンに引きずり込まれそうになる。
ロマンよりマロンなお年頃なのだけれども。
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