ギャラリーオーナーの本棚 #6 分からないけど面白い 『春の数えかた』
生きものたちの季節の計りかた
この本は、昨年ギャラリーで初めてArts & Library Show(アート作品と一緒にそのアーティストが選んだ書籍も展示する展覧会)を行なった時に、ご来場されたお客様から教えていただいたもの。(『春の数えかた』日高敏隆 著 / 新潮文庫)
表題の「春の数えかた」とは、生きものたちがどうやって「春がきた」ことを認識しているのか、その方法について考察した本書所収の一章からとったもの。(本書はエッセイで、一章一章は特につながりを気にせず読むことができます)
春に限らず、生きものたちが毎年きちんと季節に合わせて行動していることにはいつもいつも驚かされていたので、教えていただいた後にすぐ購入して読みました。
どうやって春が来たことを知るのか?
それは皆さんも本を読んでみて下さい。もちろん気温や日の長さ、朝と夜の温度差など色々なことが関係しています。中にはすごく高度な計算をしている生きものもいて、発育限界温度を超えた日数とその温度差を積算しているとか。すごいじゃないですか!
分からないことは分からないと言う
なかでもびっくりしたのはカマキリが雪の季節が来る前に、その年どれくらい雪が降るのかを予測して、卵を産み付ける場所を決めているということ。
これは、日高さんの研究ではなく、なんと素人学者が突き止めたようなのですが、日高さんは興味を持って、その人から資料を送ってもらい、中身を読んで、たしかにカマキリが予測しているとしか思えないことを確認しています。
しかし、いったいカマキリにどうしてそれが可能なのかは(この本の中では)分からないままとなっていて、日高さんは「動物の予知能力をオカルトの世界の問題にしないために、ぼくは大いに楽しみにしている」と文章を締めています。
分からないことは分からないと書いて、でも「面白いじゃん」と言ってのける、学者らしからぬ日高さんの度量というか心の豊かさ、私はとても好きになりました。
「なぜ」を問う
著者の日高敏隆さんは、日本における動物行動学の草分けで、1982年に設立された日本動物行動学会の初代会長となった方です。学会設立当初は、日本では動物行動学はまともな学問として受け止められていなかったようで、科学界では「蚊帳の外」のような存在だったようです。
日高さんの別の著書『世界を、こんなふうに見てごらん』では、その当時の動物行動学および科学界の空気感が書かれています。
その中に、当時の科学界では「なぜ」を問わないという風潮があり、日高さんはそれについて「そうとうな疑問を持ち続けた」と述懐しています。
今では、本質的な問いに辿り着くまで「なぜ」を問え、ということは科学界はもちろん、学校でも、ビジネスにおいても、一般的になっていると思うのですが、当時の日本では科学界でさえ、「どうやって(HOW)」は問うても「なぜ」を問わなかったのです。
子どもの頃から生きものが大好きで、その行動をみつめてきた日高さんにとって、「なぜ」は当然の問いでした。
日高さんは、地球環境問題が大学でも研究対象とされるようになってきた頃、京都に設立された総合地球環境科学研究所(通称「地球研」)の初代所長に就任します(2001年)。この研究所は、環境問題を自然科学の側面からだけではなく、人文学・社会学の側面など総合的に研究していこうという点で画期的だったのでないかと思います。
日高さんは、物事は色々な角度から相対的に見るべきだ、科学もその一つの観点に過ぎないのだ、と考える人でした。だから地球研の所長は適職だったのではないでしょうか。
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