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もりえつりんご
2021年3月13日 17:46
自分が幼い頃の記憶など、覚えていないほうがいい。そう思えるのは大人として成長したからですよ、と朗らかに宣う騎士自身は、二十歳の時、とんでもない出来事を起こしたらしいので、つまりは幼い頃の記憶など瑣末な話だ、と言いたかったのかもしれない。だが、年上を見れば将来の自分を思うように、年下を見れば、自然、思い出されるのが過去の記憶である。その日は、庭に居たことを覚えている。召使が自分たちの子
2019年5月18日 22:14
「あんたは、寝ないの?」 大地を移り、都までの長い道のりを越えると、そこは占音(センネ)の知らない場所だった。 夏が瞬きのように短く、占音の土地にはほとんど訪れない冬の長い場所。眠りを促す時間は短いくせに、眠りを誘う眩しさに恵まれた自然は、時に寂しく、時に温かく、占音の小さな体躯に馴染んだ。 それは、冬がそろりと足を伸ばし始めた時期のことだ。 一部の人間にしか存在を知らされていない占音は、
2019年5月18日 22:13
※芝蘭誕生日記念小話。無修正。 初めて父から貰った贈り物は、靴だった。 10歳の誕生日が来る前のことだ。 あちらは国務の帰り、こちらは学校からの帰り。「帰ったか」 迎えだけはしてくれた透火が、召使に連れられて透水と乳母の元へ顔を出しに行っている間の、ほんのすこしの間だった。「……はい」 背筋を伸ばして胸を張り、顎を引く。 王族としてだけではなく、貴族の家に生まれた子供たちが最初に
2019年5月18日 22:12
テーマ:余映 [日が沈んだり、灯火が消えたりしたあとに残った輝き。] 落日の余映が、室内を仄かに明るく照らしていた。 季節の節目に向けて少しずつ遠退く陽、その輝きは空に美しくも奇妙な色を浮かび上がらせる。光の屈折に、水蒸気による散乱。古典で読んだ現象への理屈を辿りながら、空の燻みに漂う彩雲を見上げた。「……戻らなきゃ」 足下に倒れた少年に肩を貸し、透火(とうか)は自分よりも大きな身体を
2019年5月18日 22:08
愛日......冬の日光。冬の穏やかな太陽。時間を惜しむこと。 彼女の死が思い出となるまでに、どのくらいの星が眠りに落ちたことだろう。 一人の夜を忘れた刹那は、春の夢のよう。再び襲い来た寂しさとかなしみに、毛布を被って誤魔化す日が続いて一つ二つと闇を重ねる。 止まらぬ時計の長針に急かされ生きて、二年。 瑣末ながらも長い時間が記憶に残ることはなく、短針が脳に記憶を刻み出したのは、花も凍る冬
2019年5月18日 22:07
聖光国(せいこうこく)に雨は降らない。 気候の都合上、冬に雨が降りやすい傾向にあり、冷えた大地の纏う空気によって雨は雪の結晶と変えられてしまうために、雨として人々に受け止められることが少ないのだ。 春は大陸中央、聖光国の西側に位置する山脈を越えて空風が吹き、穏やかで爽やかな天気が続く。薄青の空の下、農業を中心に人々は忙しく日常を暮らし、春の終わり、あるいは幻の夏の夜とも呼べる最後の夜に、今年
2019年5月18日 22:05
透火(トウカ)はドリアが好きだ。 ドリアは野菜を溶かしたホワイトソースを炊いた穀物にかけ、発酵した乳の塊を薄く切って乗せた料理だ。これをじっくりと焼き上げることで風味をより楽しめ、冬に食べると一層美味しく、味わい深くなる。 この美味しい料理は、小麦粉が主食の王城でも、滅多にお目にかかれない類の代物だ。なにせ、この材料自体、運搬過程に課題が多く、食べられる状態で王城に届くこと自体、年に一度ある