【短編】王族の履く靴
※芝蘭誕生日記念小話。無修正。
初めて父から貰った贈り物は、靴だった。
10歳の誕生日が来る前のことだ。
あちらは国務の帰り、こちらは学校からの帰り。
「帰ったか」
迎えだけはしてくれた透火が、召使に連れられて透水と乳母の元へ顔を出しに行っている間の、ほんのすこしの間だった。
「……はい」
背筋を伸ばして胸を張り、顎を引く。
王族としてだけではなく、貴族の家に生まれた子供たちが最初に教え込まれる姿勢。まだ少女とも見間違われる白い体躯を伸ばし、黎明に輝く星のような瞳を精一杯開いて、10歩歩いても届かない距離を置いて立つ父親を見上げる。
「ただいま、戻りました」
「あれを」
「はい」
芝蘭には返さず、声を素通りして紫亜が月読を振り返る。
彼女が持つものは、白い箱。赤いリボンで簡素に閉じられた、真珠のような白さを持つ箱だ。
「王子、こちらを」
「ありがとう、ございます」
月読に向けて礼を言いたかったが、父親に向けての礼が、先に出た。
「来週、お前の誕生式典を行う。これからは毎年、お前が民の前に顔を出すことになる」
月読の手から離れた途端、それはずしりと芝蘭の腕に重みをかける。
「その靴に見合う振る舞いを身に付けろ。そうでなければ、お前は王族ですらない」
それがどういう意味を指すのか、このときの芝蘭にはわからなかった。わからなかったが、父親の冷たい優しさに、生まれてはじめて触れたような気がした。
「はい」
芝蘭の横を通り過ぎ、足音が離れたところでようやく返事ができた。届いてないかもしれない。それでも、頬は林檎のように赤く火照り、遊び相手を探して透火が突撃してきた頃には、芝蘭はすっかり顔を赤くしていた。
「なあに、それ」
「なんだろうなあ」
片手は透火と手を繋ぎ、片手に贈り物を抱えて部屋に向かう。
すでに話を聞いていたらしい召使がスカートの裾を摘んでお辞儀をし、扉を開ける。
1人は透火を紅茶の用意に手伝わせ、残りの2人が芝蘭の世話をする。箱だけは自分で開けたいと言って、着替え終わったところでソファに座る。
リボンを外して、大きな正方形の蓋を開ける。
入っていたのは、艶やかな焦げ茶色の長靴-ブーツ-だ。革の飾りには金糸とレッドワインの紐が使われ、真ん中のアメジストには王族の紋章が彫られている。芝蘭の足のサイズに丁度似合ったが、鏡で見ると靴の方がとてもしっかりして見えた。
残り1週間で、芝蘭はこの靴よりも立派に、見事にならねばならない。どうすればいいかもわからない。明日の課題をやらないと間に合わないし、剣の稽古もこれからある。やるべきことがたくさんあって、芝蘭の息がつく暇など本当はない。
でも。
「おにーちゃん」
召使の足下から芝蘭の元へ駆け寄ってきた幼子が、そう言って芝蘭のお腹をつついて逃げる。楽しそうに笑っているのを見ると、彼が兄と呼ぶのを聞くと、足元の靴とは違う意味でしっかりしなければと思える。
「遊んでやらないぞ」
芝蘭は知らない。
自分がどんな風に笑っているのかも、どんな風に透火を呼んでいるのかも、どんな風に紫亜の前に立っているのかも。何も知らない彼だからこそ、その靴はとてもよく、彼に似合っていた。
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