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ピカピカ、まんまる

「ねえ、おつきみっていつ?」

15日あたりにそう聞かれた私は、不勉強と怠惰ゆえに「いつだろう……今日?」と適当な返事をした。今年の中秋の名月は17日です、と、その日の晩のニュースで見た。

自分の幼少期にはお月見らしいお月見をした記憶がなかったので、お月見と言われても何をしたらいいのかわからない。画的には、縁側から月を眺めながらお団子を食べるとそれっぽいけれど、我が家は残念ながらマンションだし、縁側はない。

そもそも月はどちら側に見えるのだろう。引っ越してきて数ヶ月、いまだに家の中のどっちがどの方角かがパッとわからないし、暗くなった時間帯に月がどの辺にいるのかも、正直あやふやだった。
家の中から見えるといいのだけど、と思いながら、「ご飯食べて、お風呂入って、8時40分からお月見しよう!」とワクワクしている子どもをどうしたらガッカリさせないで済むかを考える。

日が落ちた頃、まずは試しにベランダに出てみた。
残念ながら、何も見えない。

ベランダが有力候補だったのに、何も見えないとはどうしたものか。時間経過によって位置は変わるはずだけど、昔から理科の中でも天体の単元は大の苦手だったので、何もかも自信がない。なんとかなると信じて、とりあえずご飯を作ることにした。

夕飯の支度を終えるころ、年長さんが唐突に「ねえ、お月見の絵を描くんじゃなかったの?」と言い出した。最近の6歳児、口癖のように「ねえ、○○するんじゃなかったの?」と詰め寄ってくるが、言い出しっぺは6歳児本人で、その本人が他のことをやっていて忘れていたり後回しにしたりしているのに、こっちが悪いかのように詰められるのが釈然としない。「お月見の絵を書いて飾る」という謎の催しは前日の時点で宣言していたので、やらねば気が済まないだろう、と察して、すぐに描き始めた。私と年長さん、2人で1枚ずつ。時間的にフルカラーにする余裕はなく、私は黒いペンを握った。が、

「お月見の絵ってなに?」

我々はまだお月見を体験していないので、お月見の思い出、ではない。こう言う時、6歳からの返事はだいたい、こう。

「まぁ、なんでもいいよ?」

ヤレヤレ、みたいな空気で返される。

私は釈然としないながら、うさぎが月見団子を頬張りながら月を眺めている絵を描いた。ススキがいるか、と思って適当な位置に描いてみたら、到底ススキには見えない猫じゃらしのようなモニャモニャした物体になった。子どもの方は、と見ると、途中までオリジナリティのある絵だったのに、途中から構図や構成物をだいぶこちらに寄せてきていることに気づく。何せ、私が思いつきで書いた「おかあさんといっしょ」の歌にある「にんじんロケット」の概念が空を飛んでいる。流石にこれは、真似しなければ被らないだろう。お母さんが正解ってわけじゃないのだから、自分の「お月見」を貫いてほしい。むしろ、まっさらな子供の「お月見」のイメージが見てみたかった。

描き終えると、「これを窓のところに飾るの」と言い出した。白黒の線画しかない2枚の絵は、飾ると言うにはあまりに寂しい仕上がりだけれど、どうしても飾りたいらしい。

「おつきさまにみえるようにね」

ということは、外に向けて掲示せねばならない。
とりあえず、洗濯物の小物を干すハンガーにぶら下げて、外の方に向けてみる。

年長さんは、「8時40分になったらお月様出てくるからね」と鼻息荒く言っている。そんなピンポイントで姿を現すお月様はいないよ、お月様は見えない時もそこにいるんだよ、と話してみるが、ピンときた気配はなかった。

そして時刻は8時40分、ベランダの窓から外を見てみるが、月は見えない。
ベランダに出たらどうだろう、と思ってそっと出てみたところ、どうやら角度的にちょうど建物の屋根に隠れているらしい。雲の色がそこだけほんのり明るくて、「多分、あそこにいる」と言うことだけはわかった。
家から出るのは気乗りしなかったが、ここまでやる気満々の子どもに「やめとこうか」と言うのは忍びない。お月見団子まで準備してあるのに。

仕方なく、「そーっと、お外に出てみようか。少しだけ。うるさくしたらダメだよ」と伝えて、玄関扉を開けた。

マンションの階段を降りる途中、踊り場から空を見上げると、予想を超えるピカピカでまん丸のお月様が、そこにいた。
普段の満月とは、威力が違う。ビカビカと強い光に驚いて、なんとなく、ちゃんと見てよかったな、と思った。ただの満月でしょ、と斜に構えてたら、この強い光には気づかなかった。

「さんぷんね、さんぷんしたらもどるね」

少しだけ、のお約束を守って、「じゃ、おだんごたべよっか!」と部屋に戻った。

「あのねえ、おつきさまにはねえ、うさぎさんがいるんだよ。うさぎさんがねえ、ひゃくにんくらい」

そうかあ、ずいぶんたくさんいるんだね、とお返事しながら、お月見団子を齧る。子どもは一口で残してしまったけれど。

窓辺の絵は、一晩そのまま飾られていた。
お月様には、見てもらえたかな。

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