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徒歩30分を満たす青春の物語 | 『花束みたいな恋をした』 黒住光 | 読書感想文2025

 冬休みのゆったりとした読書にふさわしい本でした。昨年末の図書館最終営業日に滑り込みセーフで借りてきて、「20代の恋愛ってこんな感じだったよなー」とか「忙しいって心をなくす典型。周りが見えなくなると、大切な人とこんな感じですれ違っちゃうんだよなー」とか、セピアな思い出に浸ることができました。

 2021年の映画化や、三宅香帆さんの「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」でご存じの方もいらっしゃるかも知れませんね。

『花束みたいな恋をした』も『独学大全』も『学術書を読む』も『闇の自己啓発』も私は同じ問題を扱ってると思ってて、ようは「労働に時間と気力を奪われるなかで、どうやって私たちは“わかりやすさ”や“速く・浅く理解すること”に抗うか」って話なんだよな…。ある種の明晰さへの抵抗というか。
https://x.com/m3_myk/status/1364954497894780941

三宅香帆さん:Xより

オススメポイント

 三宅さんは、読書好きだった麦が仕事に疲れてパズドラしかできなくなってしまったところを切り取っています。自分は、そうなる前の麦が恋人の絹と分かち合っていた、ささやかな「しあわせ」に心を奪われました。象徴的なエピソードが、駅から徒歩30分の物件をふたりの住まいに選んだところ。利便性よりも、窓から見える多摩川の景観や、駅近のパン屋で買った惣菜パンを一緒に頬張りながらの帰り道に幸福感を得ようとしていたところに、内面の豊かさを感じました。

主人公の紹介

  • 山音 麦:男性21歳。調布にある、築40年で家賃58Kの木造アパートで一人暮らし。イラスト描きで生きていくことを夢見るが、先の見通しは立っていない。Googleストリートビューに映ったことに歓喜している

  • 八谷 絹:女性21歳。親は広告代理店勤務で、そこそこ裕福そう。実家暮らし。一人でいることが苦にならず、ラーメンブログを書いたり、お笑いライブに行ったりすることが楽しみ。

印象に残った「しあわせ」のかたち

 麦と絹は、終電を逃したことをきっかけに知り合うわけですが、共通点が次から次へとつながっていって、盛り上がっちゃうんですよね。

  • 深夜の店で、アニメ大家の押井守さんを見つけたこと

  • 本の趣味が被っていたこと。穂村弘、柴崎友香、小川洋子、多和田葉子、佐藤亜紀、そして今村夏子

  • ちょっと恥ずかしい本棚のラインアップにもまさかの共通点。行く予定のない国の「地球の歩き方」があること

  • 映画の半券を栞にするといった、細かすぎて言いにくい習慣にも共通点があったこと

  • カラオケの細かい好みにも共通点。わたくし、「きのこ帝国」は存じ上げませんでした

 ふたりは、社交的な性格ではないものの、ちゃんと自分の「好き」を持っていて共鳴しあう。経済的豊かさとは無関係な「しあわせ」の存在。社会人になる直前の、まだ何者でもない感が漂う大学生の世界観で、丁寧に描写してあるところがじんわりと温まりました。

細かすぎる共感ポイント

  • 好きな作家の小説が、麦と絹の関係に頻繁に出てきたこと
    「今村夏子のこちらあみ子」

  • 昔、上野で見たミイラ展のことを思い出して懐かしかったこと

  • 昨年に行きたくて行けなかった店が出てきてビビったこと
    さわやかのハンバーグ(静岡では超有名)今年こそは

  • 他にも、多摩地区の美味しそうなお店が出てきて、ワクワクしたこと

自分の暮らしに生かす

 この正月は自宅でのんびりすることを例年よりも楽しめたと振り返っています。大晦日の紅白では、B’zがウルトラソウルをおまけで歌ってくれないかなあと冗談を言ってたらホントに歌ってくれて家族で大盛り上がりしたり、元旦の格付けチェックでは浜ちゃんの中華がセブンで売り出されることが気になったり、箱根駅伝では監督・コーチよろしく戦略やシード予想をしたり、と普通の出来事にしあわせを感じることができました。新年早々、とってもいい本に出会えたなあと思います。

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