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適応障害からの回復:再就職③

はじめまして。ららんと申します。
自己紹介はこちら↓↓

+●前回のお話●

前回のノートで、就職先となる企業に対して私が望んだ特徴を4点書かせていただきました。

①家族経営ではないこと
②できるだけ女性が活躍している職場がいいこと
③自分の力が最大限発揮できる仕事であること
④コミュニケーションが飛び交う職場であること

ららんのnote

就職活動をしていると自分の理想と100%合致する会社ってそうそうないと思います。みんなどこかしらで折り合いをつけていますよね。

それは給与なのかもしれないし、福利厚生かもしれない。
人によっては勤務地を少し無理しているかもしれないですね。

会社選びにおいて「ここは譲れる」というものを持っていても「ここだけは絶対に譲れない」というものがない人って結構多いように思います。

でも私は「ここだけは絶対に譲れない」を持っている人のほうが断然強いと思います。

最初から会社のいいなりになって折り合いをつけるくらいなら「私は●●なので申し訳ありませんがここだけは譲れません」と言える人のほうが圧倒的に好印象だと思います。(当然言い方ってものがありますけどね)

それでたとえ不採用になったとしても、私は自分の譲れない部分を守ったと言い切れるし縁がない会社だったんだなーと思って前に進めるからです。

折り合いをつけて入社すると何かあった時に「あの時譲歩しなきゃよかった」と自分のした選択を後悔する事案がけっこう多いので注意です。


私は前職でコミュニケーションのとりづらい上司と後輩の間で心を病みました。。直接の退職理由はクソ上司のセクハラですが、コミュニケーション不良からくる適応障害はもっと前に発症していたんだと思います。(お時間ある方は過去のnoteをごらんください)

私はこれまでの人生でコミュニケーションや人間関係で悩んだことがあまりありませんでした。

もちろん苦手だな、嫌だなと思う人はいましたがそういう人とは距離を取りしれーっと疎遠になるよう仕向けてきました。だから、無理に関わるような選択はしてこなかったし、そういう悩みを持たないようにしてきたんだと思っています。

でも職場での人間関係は疎遠にすることができないし、上長はめんどくさいことから逃げ回るクソ人間(多分NPD)だったし、後輩はASDな感じ。

私はコミュニケーションで悩んだことがないので免疫もなく、逃げ場もなく、コミュニケーションがうまく図れないのは後輩を育成する自分のせいだと考え、自らを責め続けました。

結果、適応障害(カサンドラ症候群?)という診断を受けることになったわけです。

前職でのこの経験は言葉にできないくらいツライものでした。
だけどこの経験があってこそ見えた世界があったのも事実なんです。

なのでこれまでの人生を全部ひっくるめて「これが私です」と胸を張って次の仕事に挑んでいこうと思っています。

私は今、43歳。
早くに結婚・出産して2人の子どもは無事成人。

21歳で母としての人生が始まり
この年で母としての役割はほぼ終えました。

ここからが私自身のリスタート。
ここからが夫と私の第2章の始まりです。

どんな未来が待っているのか。
どんな世界が広がっているのか。

見たことのない景色を夫と見に行く。
これも私が次の仕事を頑張ろうと思う理由の1つなのです。

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