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メディアあれこれ 10 手間暇かけている「取材」のプロセスも見たいーーデジタルならではの表現も工夫を

<本稿は論座(朝日新聞デジタル)に2022年09月02日に掲載されました。許諾のもと転載します。なお、タイトルを変更しました。>


デスクトップPC+31.5インチモニター、ノートPC、タブレット、スマートフォンで見る朝日新聞デジタルトップページ=2022年8月27日、筆者撮影

 Yahoo!ニュースなどプラットフォーマーによる“盛り合わせ弁当型”の無料メディアがすっかり定着している一方、年々部数減が続く新聞にとっては正念場となっている。Yahoo!ニュース等に配信していくだけでは新聞は食っていけない。あとで紹介するように、Yahoo!ニュースの新聞への依存度を見るとそれほど大きくないのだ。自前のデジタルメディアで有料定期会員になってくれる人に対して、①そのメディアでしか読めない価値ある記事を、しかも②デジタルならではの作り方ないし表現で見せていくのが必須の条件である。

 ①の柱のひとつは手間暇を要する調査報道であろう。朝日新聞の「LINE個人情報管理不備に関する報道」など新聞はまだまだ健闘している。②の例としては、記者は長さを気にしないでのびのび書けること、豊かなビジュアル表現ができること、ダイナミックなデータ活用ができること、読者は連載などをあとからまとめ読みできること、過去の記事に簡単にアクセスできることなどが挙げられる。これらの特長はもっと積極的に宣伝すべきではないだろうか。

公開データを活用した「みえない交差点」特集

 朝日新聞デジタル(朝デジ)の特集「みえない交差点」(2022年4月~5月)は、まさにそれら2つの条件にぴったり合う調査報道だった。自動車事故の予防に役立つ社会的意義がたいへん大きい独自記事であると同時に、デジタル版の価値をおおいに実感できる好企画だった。警察が公開している元データを用いて、警察がまとめる統計には表れない危険な交差点が全国に多数存在することを明らかにしたものである。

 これはデータジャーナリズムの典型であるとともに、公開されているデータを用いたものなので、昨今話題のオシント(Open Source Intelligence)の実例だとも言える。記事はビジュアル表現と長文のストーリーをうまく組み合わせて、紙ではできないデジタルならではの強みが発揮された。記者は、警察庁が公表している全国のデータを地図にプロットした。読者は特定地域を拡大して個々の事故のデータを見ることができる。印の付いたところにカーソルを持っていくと、事故の概要や発生時間帯、信号の有無などが表示される。しかも読者はさまざまな条件を指定して検索できる。そして、記事の文章は、読み進むにつれ目を開かされるようなストーリー仕立てとなっている。先にダイナミックなデータ活用と言ったのはこのような意味である。しかも、9回にわたって連載された記事をまとめて読むことができるのもデジタルならではである。

朝日新聞デジタルの特集「みえない交差点」https://www.asahi.com/special/jiko-kosaten/

 この特集を目にして感慨深かったのは、もう25年も前のことだが、私自身、神奈川新聞の「紙面直言」というコラムで「交通事故の原因究明報道を」と“直言”したことがあったからだ(1998年5月19日付。同コラムは1997年10月から2年間執筆)。飛行機事故であれば死者が少数であっても1面トップに載るところが、自動車事故の場合はあまりにもありふれている上に、たいてい死者は少数なので、通常小さな記事にしかならない。しかし、遺族にとって身近な人の死の重みは同じである。加えて、一般個人にとって飛行機事故の予防には関与できないが、自動車事故の場合は予防の当事者になることができる。そういう問題意識からの“直言”だった。朝デジの「みえない交差点」は、この問いに対して、有効な方法論のひとつを開発して答えてくれたことになる。

筆者が執筆したコラム「交通事故の原因究明報道を」=1998年5月19日付神奈川新聞

立体化するデジタル新聞の作り方と見せ方

 ノンフィクション作家下山進さんの週刊朝日での連載「2050年のメディア」の第6回(2022.8.19-26合併号)タイトルは「ヤフーやグーグル頼みは間違っている 繁栄するメディアの条件」だった(注1)。その中で下山さんは、プラットフォーマーが広告市場を完全に握っている中で個々のメディアが生き残るためには、そのメディアでしか読めないような記事を、バラ売りでなくパッケージで有料提供することだと述べている。いわゆるサブスクモデルで行けというわけだ。私も以前から同じことを主張している。

 ただ、下山さんの言う「そのメディアでしか読めない記事」で勝負するのは確かにジャーナリズムとしての王道であるが、先にも述べたように、デジタルメディアとして生き残る条件には、もうひとつ、デジタルならではの作り方・見せ方とそれによって生まれる価値がある。紙の新聞を平面とすれば、時間的、空間的、機能的な制約が小さい特性を生かして工夫を凝らした新聞は立体だと言える。そうした立体の域に達した新聞のことを、紙の延長の域を出ないデジタル版(電子版)と区別してデジタル新聞と呼びたい。代表的には、朝デジのほか、日経電子版や毎日新聞デジタルが有料定期会員に支えられているデジタル新聞として先行している。本稿では朝デジを中心に論じる(注2)。

 「みえない交差点」は、立体たるデジタル新聞ならではのものだ。ただし、数カ月前のこの企画ものを私自身簡単に見つけられたわけではない。そもそもこの記事のことを知らない人が気づいて開いてくれるだろうか? そういう目でパソコン上のトップページを上から下まで探してみたが見つからなかった。では、上部の記事カテゴリーの「連載」ではどうか。やはり無い。次に「特集」を探してみたら、あった! この「特集」の中にたくさん並んでいるサムネイルの中から見つかった。ただし、本稿の推敲にあたって、もういちど特集ページを開いてみたら「朝デジスペシャル」というバナーで特別扱いのものが目を引いて、そこを開くと比較的上の方に「みえない交差点」があった。このバナーは私が最初に開いたときにはなかったような気がする。デジタル新聞は日々変化している可能性があるので、私の誤認だったらご容赦いただきたい。

 いずれにしても「朝デジスペシャル」のバナーの中も外も、平等主義とで言おうか、同じ形・大きさで、しかもテーマにかかわりなくたくさんのサムネイルがランダムに並んでいる。これは、よく言えば予期せぬ出会いの効果があるのだろうが、あまりにもランダム過ぎないか。ひとつひとつ見ていくのは疲れてしまうし、全体をパッとつかむというのには多すぎる。適宜並び順を変えていくのに便利なようにという送り手側の都合でそうしているのだろうか。最近の話題にしぼった「朝デジスペシャル」もけっこうだが、たとえば「殿堂」というカテゴリーを設けて、5年前、10年前の記事であっても、歴史に残るイチオシの企画や受賞記事などを特別扱いしてもよいのではないか。あるいは、昨年論座で筆者が提案したような、誰々が選ぶオススメ記事といった“プレイリスト”も期待したいところだ。

朝デジスペシャルのサムネイル一覧。赤印が「みえない交差点」https://www.asahi.com/special/digisp/

Yahoo!に頼っていられない実情

 ところで、従来のメディア史で、1955年、ソニーがトランジスタラジオを発売した歴史的“事件”が大きく取り上げられることはなかった。しかし、私は、これがメディア端末の個人化およびそれを通じたメディア利用の個人化(パーソナライズ)のエポックだったと考える。この流れは、その後1979年にソニーがウォークマン、84年にアップルがパーソナルコンピューターMacintosh、87年にNTTがハンディタイプ携帯電話を発売したことが象徴的な事実となっている。そして、2007年(日本では翌2008年)にiPhoneが登場、スマートフォンの爆発的普及の起点となったのである。

 それに対して、新聞は個人化に立ち後れたまま、プラットフォーマーにニュース記事を“バラ売り”するようになった。それはデジタルゆえ可能になったことであり、新聞はそれが自分たちの首を絞めることになるなどとは考えなかった。こうして、プラットフォーマーがニュースの“盛り合わせ”をパソコンやスマホを通して個人に無料で提供するようになり、Yahoo!ニュースやスマートニュース、LINEニュースなどに個人のメディア利用はなだれを打って移行した。“あなたに”ではなく“お宅に”届ける“家庭内回覧板”の時代が長かった新聞にとって、“あなた”向けニュース盛り合わせメディアのあれよあれよという間の成長を目の当たりにしながら、デジタルでの攻勢に出にくい時期が続いた。部数減が止まらないとはいえ、紙の収入に依存しなければならないというジレンマもあった。

 私は、先般、思い立ってYahoo!ニュースのトピックス(ヤフトピ)のカテゴリー「主要」の記事1週間分の配信元メディア(Yahoo!の用語ではコンテンツパートナー)をカウントしてみた(注3)。Yahoo!ニュース全体の配信元メディアの数は、Yahoo!の発表によると、4年前に約300だったのが現在700近くと激増している。そのうち今回の「主要」カテゴリーでカウントできたメディア数は73であり、それらのメディアが配信した558の記事が採用されている。そのうち朝日新聞のシェアは約5%である。詳しくは私の執筆している「情報屋台」をご覧いただきたいが、下山さんに言われなくてもYahoo!に頼ってなどいられない実情であると言えそうだ。

情報屋台「だれが『取材するメディア』を殺すのか」http://www.johoyatai.com/4910

取材・執筆のプロセスも見せよう

 ちなみに、Yahoo!ニュースがあなどれないのは、短い速報のニュースを並べているだけではなく、ニュースを理解するための工夫をしていることだ。主な記事ごとに「ココがポイント」という短文の補足をつけているのはその代表である。たとえばFBIがトランプ前大統領の自宅を捜索したというロイター配信の記事(2022/8/13)のあとに、「ココがポイント」として、「Q.容疑は?」を時事通信から、「Q.押収品は?」を毎日新聞から数行抜き出して引用している。また、過去の関連記事をリンクしているケースも多い。

 Yahoo!ニュースなどのプラットフォーマーによる“盛り合わせメディア”は、手軽にニュースに触れるメディアとして社会的存在価値を確立している。デジタル新聞はそれらから独立した強力な有料立体メディアをめざしてほしいものである。海外まで広がる取材網を持ち、取材に長けた記者を多数擁するという新聞の強みを生かした厚味のある記事を独自価値として確立していってほしい。朝デジの「みえない交差点」はその典型といっていいだろう。そういう記事の取材・調査にかかわった記者を前面に押し出し、記事になっていくプロセスもできるだけ見せるべきだ。

 世の中には「取材するメディア」と取材しないメディアがある。たいへんな努力をして、時には迷いながら取材や調査、記事作成をしているのだということが、人(取材記者)やプロセスを見せることで自然に伝わるし、そんな記者を“推し”たくなる読者も少なくないだろう。

 連載「みえない交差点」では、事実解明の“謎解き”のストーリースタイルでプロセスの可視化がなされているのがよかったが、番外編でもいいから、チーム記者たちの動きや心理が見えるようなヒューマンストーリーもほしいという感想を持った。NHKでは、まだ一部の記者だが内外のサイトで「取材ノート、ひろげます」という詳しいレポートを書いていて、私は注目している。

パーソナライズ化への期待と不安

 ところで、パソコンから離れてスマホでアプリから朝デジを開いて、驚き、少し感動した。画面下の「見つける」というタブを開いてみたのだが、「朝デジスペシャル」というコーナーに、「みえない交差点」というタイトルのバナーが真っ先に表示されたのである。朝デジのスマホ、タブレット用アプリでは、昨年11月からFor Youというパーソナライズサービスが加わったが、これはその一環なのだろうか。

「みえない交差点」というタイトルのバナーが真っ先に表示された「朝デジスペシャル」

 次に、スマホでさまざまな記事を読んでFor Youのサービスを体験した。たとえば「巨大本棚に22時間営業... 昔ながらの銭湯を引き継ぎイマドキに(2022/8/6、大滝哲彰記者)」という記事である。経営の先行きに不安を感じていた銭湯が外部の力を借りてリニューアル、漫画や絵本を中心とする約7千冊の本を置いてくつろげる場所を作ったという話だ。その記事の末尾に、「For You あなたに合ったニュースをおすすめ!」というメッセージが付けられていて、次の3つの記事タイトルが並んでいた。

 ①202地点が猛暑日、甲府・越谷は39.5度 暑さは今後1週間続く(8/2)
 ②コロナ「中等症」、100件以上入院を断られ 救急搬送困難の結末は(8/2)
 ③「置き配OK」お役立ちマグネットシート 大学生のアイデアを商品化(8/2)

記事の末尾に、「For You あなたに合ったニュースをおすすめ!」というメッセージhttps://www.asahi.com/articles/ASQ856VHLQ84PPTB005.html

 政治の動きに関する記事を読んだ場合だと、For Youとして示される記事はだいたい関連テーマの記事なので驚きは無い。しかし、この場合、どういうアルゴリズムから、いずれも4日前のこれら3つの記事が選ばれたのだろうと不思議に思った。③についてあえて想像すれば、銭湯の記事と「置き配OK」の記事はともに「斬新な発想で新しいサービスを生み出した事例」であり、興味を持つに違いないという判断だろうか。これは、読者の閲読傾向を要因分析して推薦記事を提示しているのだろうと想像できる。For Youは外部のクラウドサービスを活用しているそうだが、アルゴリズムについての最小限の説明はほしいところだ。たとえば、ラーメンが好きな人や猫が好きな人に、そういう話題だけをどんどん持ってくるような、関心を狭めるだけのパーソナライズには傾いてほしくない。

ニュースとストーリーのマガジン編集とブランディング

 何を新聞のテーマとするか。何を取材して記事にするか。読者への提示は、ぜひ驚きと発見をもたらすもの、視野を広げ、学びに資するものであってほしいと願う。読者の表面的な要求におもねるものであってほしくない。「みえない交差点」も、記者としての問題意識をもとに、ぜひ全国民に知って欲しいと考えたのだろう。今後どんなにパーソナライズの技術が向上しようが、メディアとして維持してほしいのは、公共性・社会性を重視するジャーナリズム精神だと私は考えている。

 ネットの世界では、大小あらゆるメディアが横並びになっている。しかも、たとえば文春オンラインや東洋経済オンラインのように、従来の雑誌のウェブ版がデイリーで新しいニュースないし情報を載せている現象もあたりまえになっている。Yahoo!ニュースなどのプラットフォーマーのニュースサイトだけではない話題提供メディアがたくさん並んでいる。利用者から見れば、総ニュースメディア現象であり総マガジン現象である。

 その中で、デジタル新聞が、従来の新聞ブランドだけをよりどころにネット上で存在感を確立するのは容易ではない。特に、記事単体をあちこちに配信するだけだと、猫やラーメンを話題にする個人の“コタツメディア”に太刀打ちできない。私は、デジタル新聞は「取材・調査という多大な労力を使って報じるニュースとストーリーから成るマガジン」として、あまたあるネットメディアと差別化してほしいと願う。マガジンといっても膨大な記事が日々増殖していく立体であり、従来の雑誌のような編集長の個性で引っ張る尖った編集をするわけにはいかないかもしれない。しかし、ひとかたまりの立体マガジンとしてアイデンティティを実現する編集方針を掲げ、それによってブランディングしていくことは可能ではないか。

 本稿の執筆終盤でふと目にした報道によると、アメリカでは、ネットフリックスなどの動画ストリーミングサービスの入退会を繰り返す利用者の増加に悩まされているという(注4)。ただし、家庭内で利用しているユーザーが多いほど退会しにくいとのことである。これまでの紙の新聞はまさにそういう面があった。この際、新聞の資産である家庭内共同メディアという性格を再評価してみたらどうだろうか? 今後もメディアの個人利用という大きな流れは変わらないだろうし、それに対応することは必須だが、1契約で家族それぞれが違う顔の入り口から入り、個々人の立場からの見どころに出会える、そして時に話題を共有できるというようなコモンズとしてのデジタル新聞というのは、編集の一大テーマではないだろうか。

注1 下山進さんの連載「2050年のメディア」はサンデー毎日で113回連載後、週刊朝日に引っ越した。
注2 読売新聞オンライン(現サービス2019年開始)は、紙の読者への付加サービスであり、デジタル版単独での購読を募っていない。
注3 Yahoo!ニュースの記事に付記されている「ここがポイント」という補足説明も新聞社をはじめとするメディアからの配信記事であるが今回のカウントの対象に入れていない。
注4 「動画配信サービス、入退会繰り返す顧客に苦戦」(ウォール・ストリート・ジャーナル日本版、2022/8/16))同サービス利用者のうち約5分の1が過去2年間のうちに3つ以上解約した経験を持つ。

◇付記:
“中の人”から感想をいただきました。一部引用します。

「・・・社員全員に、業界のみなさんに、刮目して読んでほしいと思いました。独自のいい記事を書き、魅せるコンテンツに仕上げ、見てもらえる手法をデジタル空間で進化させる。校條さんがおっしゃる方法の追求しかないのだと、私も考えます。そして、今回、改めて自覚させられたのは、自分達の姿を見せていく大切さです。 取材と編集の現場の本当の苦労を、いいところも悪いところも、現実を見せることです。・・・」

全文、これの5,6倍あります。切々と書いてくださって感激です。励ましにもなります。個人が特定される恐れがあるので、引用はこれだけにします。