父のポケットラジオ
突然父が言った。
「お前も、買ってあげようか」
30年くらい前の話である。
数学の教師であった父は当時、高校受験用の数学の問題集を作っていた。
授業のない日は自宅の食卓テーブルで
その原稿書きをしていた。
そんなとき、彼はいつも
ラジオを聴いていた。
ポケットサイズのラジオ。
部屋に流すのではなく、
いつもイヤフォンで。
そのコンパクトな形状のラジオを
僕がしげしげと眺めていると
彼は呟いた。
「お前も聴くなら、買ってあげようか」
不思議な感覚だった。
驚きもあり喜びもあり、
懐かしさもある。
そのとき、既に30歳になっていた僕に
言ってくれた父の言の葉。
僕は就職して8年が経っており、
既に結婚もして子どもも授かった。
まるで幼い子に言うように
「お前も聴くなら、買ってあげようか」。
遠い昔に、
駄菓子屋や玩具屋で
父が僕に言ってくれた言の葉を
聴いたのであった。
父は余程、あのポケットラジオが
お気に入りだったのだろう。
同じものを僕と共有したかったのだ。
思えばラジオは、
時代を反映する情報を発信し、
リスナーの暮らしや人生と共にある。
ときに人々の寂しさを埋め、
ときに空虚さを喜びに変える。
そんなラジオが好きだった父が
他界して19年が過ぎた。
先週、僕は元部下と久しぶりに再会した。彼はスリムなシステム手帳を使っていた。
それを見た僕はその翌日、リフィルノートを彼にお裾分けした。
先月、銀座伊東屋さんのイベント「システム手帳サロン」で何冊か買ったもの。システム手帳専用のノート部分(6穴)を束ねたリングノートだ。
彼が喜んだかは定かではない。僕の自己満足だったのかもしれない。ひとつ確かなことは、僕は父の影響を受けていること。
父のポケットラジオ。
僕のリフィルノート。
僕は父の子。それが誇りです。
今日もお読みくださり
ありがとうございました。
皆様が喜びを見つけられる一日を
お祈りしています。