「ごめんよ、マドレーヌ❢❢」
意中の女性に想いを
伝えられないもどかしさ。
そんな男の純情を描いた、
ラブコメディがある。
ベイルズ(スティーブ・マーティン)は
自分の鼻が異常に大きいことが
大きなコンプレックス。
だから、ロクサーヌ(ダリル・ハンナ)に
好きだと告白出来ずにいた。
さあ、彼はいかに彼女にアプローチするのか!
僕の大好きなラブコメディ、
米国映画「愛しのロクサーヌ」は
1987年の作品で、20代の頃、
何度もレンタルで借りて観たものだ。
主人公のベイルズは、
はなからその鼻のことで
全てを諦めている感がある。
でも、本作が訴えたいのは
「人は見た目ではない」ということ。
先月くらいから、人だけでなく
「物も見た目ではない」と思える
存在を再発見し、僕は反省したのだ。
それはフランス生まれの焼き菓子。
ほんのりオレンジ色に焼き上がり、
上から見ると完全な円形。
幼少の頃、ケーキ屋さんに行くと、
大きなガラスケースの向こう、
ショートケーキやモンブランという
凛として豪華なスター選手の脇で、
それは地味に箱に入り陳列されていた。
オールスター選手たちに比べ
格段にお手頃価格。でも派手さがない分、
淡白な味が想定され、パンチがない。
僕のなかのレギュラーポジションには
到底なり得なかった。
存在だけは知っていたが
全く気を惹かなかったのだ。
先に言っておこう、
「ごめんよ、マドレーヌ❢❢」
先月は日曜の昼下りのこと。
在宅ワークが続き、運動不足で
肥えてきた胴回りが気になり、
拙宅から駅まで30分歩いた。
駅ビルの中にある「無印良品」で
「ソフトマドレーヌ」なる
7個入りの袋詰めが目にとまる。
そこにはレモンの風味と記されている。
その瞬間、僕の脳裏に
挽きたての熱々の珈琲が現れ、
一気に食指が動いた。
気付くとレジに並んでいた。
店を出ると僕はそそくさと
早歩きで帰宅し、
まずは「ソフトマドレーヌ」を
冷凍庫に入れた。
そして珈琲豆を挽き始めた。
珈琲だけはゆったりと淹れるのが拘り。
準備が整い、僕は冷凍庫から
マドレーヌをひとつ取り出し、
その菓子の底敷きになっているギザギザの紙を
おもむろにめくり取り、平皿に置く。
そしてフォークを添えた。
そう、ショートケーキやモンブランを
頂くように丁寧に、神妙に堪能し始めた。
一口食べただけで、柔らかな食感、
なんとも優しく淡い甘い味が
口の中で広がっていく。
微かなレモンの風味が鼻孔を抜けた。
なんとも穏やかな時間を灯してくれた。
僕はつぶやいた
「愛しのマドレーヌ、ありがとう」
そして半世紀に及ぶ
非礼と無礼の陳謝を注いだ
「ごめんよ、マドレーヌ」。