途方もなく果てしなく〜舞台袖から。
北京五輪で銀盤や白銀を舞う
アスリートの方々には頭が下がる。
試合当日の精神的な重圧と
本番直前の緊張感は、
白い霧の向こう、
途方もなく、果てしない。
先日番組「ボクらの時代」で、
俳優小日向文世さんは、
ドラマ(映像)と違って舞台(演劇)は、
やり直しがきかず、緊張すると仰った。
長年の経験があっても
出番前の緊張感、その重さが
辛いときがあると。
それを受け、やはり舞台演劇出身の
角野卓造さんは、それがあるから
やり終えたとき、感動があると添えた。
僕らビジネスパーソンも
何か大きなプレゼンや
初めての経験には緊張する。
だから大舞台に臨む役者さんの心境、
平常心の保ち方には大変興味があり、
僕らの日常の緊張解しに勉強になる。
名優山崎努さんは著書「俳優ノート」で、
一人芝居「ダミアン神父」のときの、
初演幕開き直前の極度の緊張感と、
その打開策を紡ぐ。
「開演の1分前、
突然猛烈な恐怖に襲われた。
これから2時間、自分一人で芝居を
背負わなければならない。
……足ががくがくする。
最初のセリフが思いだせない。
もうだめだ、公演は中止だ。
パニック。
十秒前、突然閃いた。
これは百年前に死んだ
ダミアン神父の話なのだ。
ダミアンが喋るのだ。
お喋りのダミアンが
まだ喋り足りなくて
今ここに降りてきて
喋りたがっているのだ。
よし、おまえに身体を貸そう。
勝手に何でも喋ってくれ。
パニックはぴたりと治まった。
照明が入り、
自分はウキウキした気分で
舞台に出た」
先月NHKの番組で美輪明宏さんは、
舞台での出番直前に
緊張しないのかと訊かれ、
全くそれはないと答えていた。
何故なら、舞台に立っているのは
自分ではなく、演じる役柄の人だからと。
この達観。ひとつの境地。
きっと大抵の役者さんは
どんなに稽古を積んでも
舞台袖では大変緊張するものだと思う。
勝手な推察だが、
それがあるからこそ、
最高の芝居が出来る人もいるのだろう。
日常、僕らが緊張するのは、
うまく見せたい、格好良く思われたい、
評価されたい、恥をかきたくない、
という思いがあるから。
であれば、
自分は、もともと大した者ではないから
淡々とこなして帰って来よう、
という肩の力を抜いた構えで、
自分に与えられた役柄、
○○部の係長、課長を演じるしかない。
もう一人の自分への温かな眼差し。
どこかの席から静かに応援して。
山崎努さんは同著でこう語る。
「演技をすること、芝居を作ることは
自分を知るための探索の旅をすること」
「役を生きることで、
自分という始末に負えない化けものの
正体を、その一部を発見すること。」
「効果を狙って安心するのではなく、
勇気を持って危険な冒険の旅に
出て行かなくてはならない」
生きていくことと同じ。
この含蓄。
途方もなく、果てしない。