新書本のひと
この5年くらいでしょうか。
毎朝午前6時の東京駅、山手線のホームで
同じ車両に乗る彼は、いつも新書本を読んでいます。
歳は推定50歳、身長175センチ位、紺のジャンパー、ビジネストートバッグ、面長で、天然パーマの髪の後が少し立ってる。
当然に名前は知らないし、言葉を交わしたこともありません。東京駅のホームから池袋方面の山手線に、単に、同じ電車の同じ車両、同じドアから乗り込むだけ。お互いストレンジャーの間柄です。
彼はいつも先頭で降りたいのか、ドアの真ん前の中央に立ち、読書に没頭しながらも、先頭ポジションを誰にも譲らない気を放っています。そしていつもの駅に到着するなり、物凄い勢いで走り去るのです。午前6時少し過ぎた頃です。何をそんなに急いでいるのか。まあ、人には人の事情とスタイルがありますから、ましてや見知らぬ僕にとやかく言われたくないでしょう。
では、その彼が何なのか。
気になっているのは、彼は常に新書本を読んでいること。タイトルは判然としませんがいつも何かの新書を読んでいます。
僕は想像するのです。
きっと彼の自宅の書棚は新書本がぎっしりずらりと詰め込んであると。
新書本。
これは凄い発明だと思います。僕にとっては昭和歌謡、流行歌のよう。古臭いという意味ではありません。街の本屋さんの店頭では、ずらりと新書の新刊が所狭しと居並んでいます。そして暫くすると、顔ぶれが大きく変わる。要は、かなりの量、相当なスピードで新書は発刊されるわけです。
思えば新書は便利です。
薄くてサイズも丁度よい。鞄に2冊入れても重くないし、1冊読了するのに電車の行き帰りで2日程度。何かのテーマを素早く要点のみ捉えたいと言うならうってつけの長年のメディア。
その彼は店頭の流行りの新書を片っ端から読みあさっている風情。車内でそれに夢中になりながら、それでも僕の視線や周囲の気配も敏感に感じ取り、ときおり目線を泳がせている佇まいが独特。
貴方の趣味は何ですかと訊かれて、「読書です」と答えると、「読書は趣味の範疇ではありません」と返されそうだが、例えば彼に同じ質問をしたなら「新書を年間200冊読むことです」と答えそう。
それはそれで趣味だ。
そんなふうに僕は思うのでした。まあ、そういう質問は決してできないでしょうが。
なんか、彼のそういう徹底ぶりが、「いいな、有りだな」と思う次第であります。また明日彼に会えたら、凝視せずにさり気なく応援の気配を漂わせたいと思います。余計なお世話ですね。
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