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【ショートストーリー】秋の訪れ。

「どの季節がいちばん好き?」

仕事帰りに寄ったファミレスで海野先輩が聞いてきた。

「冬ですね。」と答えると、「有希子ちゃん寂しがりやだね。冬が好きな人は寂しがりやだから。」と物知り顔で先輩が言った。

長野県の田舎で生まれて、自然に囲まれて育った私は、学生時代はキャンプや登山、冬はスキーをして過ごしてきた。特に冬は毎年家族での温泉旅行やクリスマス、お正月などイベントも多くて好きな季節だ。今年、就職を機に上京してはじめての一人暮らしが始まった。

「海野先輩は夏が好きそうですね」と言うと「当たり!」と言ってきた。

入社してからの研修期間中の3ヶ月、私につきっきりで指導してくれる先輩だ。

仕事帰りにたまに食事に誘ってくれて、慣れない東京での生活の寂しさを埋めてくれていた。そんな先輩とは好きな季節だけでなく、都会育ちであることや趣味や性格何もかも正反対だった。

研修期間も終わり半月が経った夏の始まり。土曜日の夕方、先輩からの突然の着信。

「今、友達と飲んでいるんだけど良かったら来る?」と誘われた。

突然のことにびっくりしたが、特にやることもなかったのでいってみることにした。

指定されたおしゃれなダイニングバーに着くと、先輩の他に5人のメンバーがいて既に盛り上がっていた。大人数が苦手であり、場違いだったかなと思っていたが、みんな明るく話しやすい人ばかりで打ち解けられていた。そして気づいたら飲みすぎていた。

お開きになりお店を出た際に私がフラフラしていると、「飲みすぎちゃったんだね。大丈夫?」と先輩に声を掛けられた。「有希子ちゃん飲みすぎちゃったみたいだから送っていくよ」と先輩がみんなに伝えて、そこで私たちは他のみんなと別れた。

「ここからうち近いんだけど来る?」と誘われた。「え?」と困惑していると「じゃあ行こうか」と言われて、言われるまま着いてきてしまった。

5分位歩くと先輩の家に着いた。部屋に着く頃には酔いも冷めていた。

先輩の部屋は北欧家具で統一された雑誌に載っているようなお洒落な部屋だった。

「だいぶ気分も良くなってきたみたいだね。よかったら少し付き合ってくれない?高いワインもらったんだ。」

うん、やっぱり先輩はモテる。外見だけでなく、明るい性格や振る舞い、気遣いや軽快なトーク。そして私もその例外ではなかった。

田舎から出てきた地味なこんな私のことも受け入れてくれる。ちょっと舞い上がっていた。気づいた時には私はベッドの上で先輩に抱かれていた。

今まで何人かの男性と付き合ってきたが、一番満たされた夜だったかもしれない。

その夜以降、定期的に先輩に呼び出されて会うようになった。

会って食事をして、先輩の部屋に行く。そんな関係が続いた。

最初こそ舞い上がっていた私も薄々気づいていた。これ以上、この関係が変わることはない。

夏の太陽のような先輩は会えば楽しい気分にさせてくれたが、会えば会うほど心は渇いていった。

東京での寂しさが関係を先に進めることも断ち切ることもさせてくれなかった。

12月に入ったある夜、いつものように先輩の部屋で抱かれた後、「有希子ちゃんは年末年始はどうするの?」と聞かれた。

クリスマス、年越し、もしかしたらという期待もありまだ特に予定は立てていなかった。

「特には今のところ決めてないです。」と言うと「そうなんだ。」と返ってきた。

ふと、寂しくなった夜に先輩にメッセージを送る時がある。いつも返信が早い先輩。「お疲れー!」と返ってくる。「先輩何してるのかなって思って」と送るとだいたい「飲んでる!」と返ってくる。最後には「こんな時間にすみませんでした」と気持ちに予防線を張ったメッセージを送ると「有希子ちゃんとメッセージ楽しいよ!」って返ってくる。その一言が自分でも何か分からない希望を私にも与える。

親からの「年末年始は帰ってくるの?」と言う連絡に「今年は同期の子と年越し過ごすから帰らない」と返した。

12月も中旬になり、今年の終わりが近づいてきたある日。

仕事中、給湯室に行くと先輩が同僚と会話しているところに遭遇した。咄嗟に隠れた。

「クリスマスは彼女と過ごすの?」という同僚から先輩に向けられた言葉が聞こえた。

結局、クリスマスも年末年始も先輩からの誘いはなかった。

薄々は感づいていた。先輩の部屋で何度か発見した私以外の女性の髪の毛。それでも私は先輩の中で特別な存在なんじゃないかと幻想を抱いていた。

年末年始もお正月も一人で過ごす初めての冬。当たっていた。先輩の言う通り、私は冬が好きで寂しがりやだった。

年が明けて一ヶ月が経った。先輩から連絡がこなくなり、それと同時にそのまま私たちの関係は終わった。

風の噂で聞いた。先輩には遠距離恋愛している彼女がいてクリスマスにプロポーズをしたらしい。

3月になり先輩が部署移動することを聞いた。送別会には行かなかった。

寂しかった冬を乗り越え春になった。

他部署から移動してきた秋野先輩の歓迎会。

端っこで一人ハイボールを飲んでいると桜子が声を掛けてきた。

「秋野先輩、山梨県出身なんだって。有希子もよく山梨行ってるよね?」

「山梨はよく山登りに行きます。あと、山梨のワインも好きなんです。」と返事をすると

「星野さん、登山好きなんだね。僕もよく地元では山登ってました。」と秋野先輩が返す。

その後も秋野先輩とお互いの好きなお酒や映画、旅の話で盛り上がる。

ふと聞いてみた。「秋野先輩はどの季節が一番好きですか?」

夏が過ぎていき、秋が訪れた。



※冬が好きな人は寂しがりやというのを前に聞いたことがあって、そこから話を膨らませました。

頭の中で描いた世界観を文章にするのは難しいですね。

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