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1枚の写真から広がる想像の力

ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇が来日しています。ローマ教皇の来日は38年ぶりということで、それだけでも大きなインパクトがありますが、今回は「核兵器廃絶」を訴えるために来た、ということに特別な意味があります。

きょう行われた長崎市・爆心地公園でのスピーチで教皇は核兵器の非人道性を非難しました。全文を読みましたが、かなり強いトーンになっていることが印象的でした。

まず、長崎という被爆地が「わたしたち人間が過ちを犯しうる存在であるということを、悲しみと恐れとともに意識させてくれます」と切り出しています。

そして、核兵器が「平和と安定」という人類の深い望みを試練にさらし、
現在の分裂した世界にあって「相互の対話を阻むもの」と指摘します。
さらに、以下のように述べています。

軍備拡張競争は、貴重な資源の無駄遣いです。本来それは、人々の全人的発展と自然環境の保全に使われるべきものです。今日の世界では、何百万という子どもや家族が、人間以下の生活を強いられています。しかし、武器の製造、改良、維持、商いに財が費やされ、築かれ、日ごと武器は、いっそう破壊的になっています。これらは途方もないテロ行為です。

思わずことばを強調してしまいましたが、「テロ行為」という激しいワードを用いたことに教皇の危機感が窺えます。

そんなローマ教皇が核廃絶のメッセージを伝えるために使った1枚の写真があります。「焼き場に立つ少年」という写真で、アメリカ軍の従軍カメラマンが、原爆投下後の長崎で撮影したとしている写真です。

原爆のために亡くなった弟を背負った少年を写したものとされ、このあと弟は少年が見つめる中で火葬されたと伝えられています。

2年前、教皇がこの写真に、みずからの署名と「戦争がもたらすもの」というメッセージを添えて、配布を指示したことから再び注目を集めました。
教皇の想像力を刺激した1枚の写真。時に映像が持つインパクトが世界を動かすことがある、そんなことも考えさせてくれるエピソードでした。

想像力を刺激する写真ーふと、ある作品のジャケット写真を思い出しました。アート・ペッパー(as)の「再会(AMONG FRIENDS)」にあるモノクロ写真です。

写っているのはペッパーとフランク・バトラー(ds)。男同士で何やら楽しい話をしているのか、もう少しでキスしそうな・・・非常に親密な感じがする写真です。

実は「再会(AMONG FRIENDS)」というタイトル通り、このセッションは若きペッパーが絶好調だった時に共演した古い仲間との再会セッションなのです。

当時ペッパーは53歳。長年の薬物との付き合いのため、かつての軽快なプレイと比べると物足りない、という評価もありました。しかし、この写真を見ると過酷な日々の果てに(つかの間かもしれませんが)安らぎを見出せていたのではないかと思えてきます。ジャケットから演奏の成功を感じる方も多いでしょう。

1978年9月2日、ロサンゼルスでの録音。
Art Pepper(as) Russ Freeman(p) Bob Magnussen(b) Frank Butler(ds)

①Among Friends
ペッパーが作ったブルース。まず、ラス・フリーマンが軽快なイントロをつけます。何とこのピアノの名手は映画のサントラなどを手掛けていたためジャズ・ピアノの仕事は12年ぶり(!)だったとか。ライナーによるとジャズだけでは生活できない、という理由があったそうですが、そんなことは想像できないほど安定したプレイです。続いてペッパーによるメロディ提示。ジャム・セッションの中で出てきたかのようなシンプルなブルースです。そのままソロに入っていきますが、切ない歌心がありながら意外なフレーズを織り交ぜるペッパーらしいプレイが聴けます。しかも、単純なブルースということが功を奏しているのか非常にリラックスして伸び伸びと吹いています。続いてはラス・フリーマンのピアノ・ソロ。クリアなフレーズと耳に軽やかに入ってくるコード・ワークが冴えています。ペッパーとの小節交換もごく自然な会話になっていて、勝手知ったる友人が肩に力を入れずに交流を楽しんでいる様が何とも気持ちいいです。ペッパーとの共演は17~18年ぶりだったそうですが、全くそのような感覚はありません。

②Round Midnight
セロニアス・モンクの曲を、あの有名なイントロは抜きで、いきなりメロディから始めています。このスローに徹した始まり方がペッパーの音色にしっくりはまり、ソロとメロディの区別もつかないままアルトが進んでいきます。続くフリーマンのピアノは妙な解釈は入れず、スローバラッドに即した音数少なく、美しい音色をちりばめた見事なソロを展開します。ペッパーが再び登場し、短いソロからそのままメロディに入るのも「劇的な仕掛けを排した」ユニークな解釈になっていて、ベテランらしい味わいになっています。

⑥What's New
ピアノのイントロからストレートなペッパーのメロディへ。この潔いまでの「曲そのまま」の提示がグッときます。もともと哀感のある曲ですが、ペッパーの「泣き」が入ると、いっそう心が締め付けられるのです。しかし、バックからソロにかけてフリーマンの感傷を排したプレイが入ることでジメジメとした部分がなくなり、安心して作品世界を受け入れることができます。この後、またペッパーがメロディでむせび泣くのですが、全体的に統一した世界ができているのは旧友たちと世界観を共有しているからでしょう。

印象的なジャケット写真を撮影したのはペッパーの妻であるローリー・ペッパー。構えた感じがないのは撮影者と被写体の距離の近さによるところも大きいのでしょう。

長崎市では「焼き場に立つ少年」に写っている少年の行方が探されました。しかし、この少年が誰なのか、撮影された場所はどこなのか、特定には至っていないそうです。考えてみると、従軍カメラマンに撮影されていた少年はどんな思いだったのでしょうか。それとも、考える余裕などなかったのか・・・。

確かに、想像力を働かせると1枚の写真からイメージできるものに限りはないかもしれません。

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