『異世界でも本屋のバイトだが、アマゾネスのせいで潰れそうだ』第10回
≪バアバ殺しの孫戦士≫
顔にまでびっしりと長い産毛を生やした「毛深人」の老女が、両手で山ほど本を抱えた店長を呼び止めた。
「あの、お忙しいところすいません。孫に絵本を探してるんですが」
「ハイハイ、で、どっち系ですか?」
「どっち系?」
「えぇ、戦士系か鉱物系かで、おススメする本が違っちゃいますんで」
どっちかしらと老婆は腕に生えている長い産毛を弄りながら頭をひねった。品出しを早く済ませたい店長は明らかにイライラしている。
「とりあえず、どっちにも必読の『はらぺこアカムシ』なんてどうですか?」
「どんな本なのかしら?」
「ほとんどのダンジョン入り口に生息しているヨロイヅカヒトキュウケツムシ、血を吸うと体が赤く染まるんで通称アカムシって呼ばれてますが、それの生態を可愛いイラストで解説している絵本ですよ。読んでおけば刺されても安心」
「…他に定番はどんなのがあるのかしら?」
「『つるはしクン』とか『百万回寝たねこ』とかですかね」
「あら、猫のは夢のあるお話なのかしら?」
「そうですね、正確には猫顔の戦士がすぐ眠くなるナルコプレシーという奇病を克服してダンジョンで怪物を殺しまくるって内容です」
「…」
「あとは『ぐりとグロ』もいいですよ。戦士ぐりがダンジョンで---」
「もういいわ。絵本は辞めます」
この世界では「児童書コード」なる規制があり、非戦闘的な発想の絵本は出版を許可されないのだ。どの種族も、男も女も、まずは戦闘ありきなのだ。
都市は壁に覆われているとはいえ、羽の生えたモンスターは四六時中飛来してくる。常に命の危険に晒されている世界なのだ。
店の中にいると忘れてしまいがちだが、児童書コーナーを見ると現実の厳しさを嫌でも思い出す。
「あの婆ちゃん、無事に帰れるといいけどな。この時期、ワイバーンのメスが結構な確率で入ってくるからな」
「ですね。子育て中は見境ないですよねワイバーン」
一人歩きの老人など、格好の獲物だ。僕は老婆の無事を祈りつつ日常業務に戻った。
こうして今日も、ありふれた1日が始まった。