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『異世界でも本屋のバイトだが、アマゾネスのせいで潰れそうだ』第9回
≪ストーン&ウェーブには気を付けろ≫
『あぁ 飛んできた蒼いドリル虫が アナタの襟足をかすむ アタシはそれを 切り過ぎた前髪おさえながら眺め 夏の終わりの洞窟前 恋の魔法書握りしめ あぁ はにかむアナタの笑顔に アタシの唇は役立たず』今週のヒット曲、waiko『ドリル虫』より
魔法の書は大きく分けて2種類存在する。1つは安価で、誰でも気軽に購入できる。ただし所詮は大量生産できる工業品。効果のほどは「お値段以上」とはいかない。せいぜい虫よけ、止血、かゆみ止め程度だ。
もう1つはストーン&ウェーブ社が独占的に販売している、所謂「一品もの」である。こちらは伝説の魔法使いたちが、己の魔力を死ぬ間際に封じ込めたものである。当然複製は出来ず、安いのでも30万イェン、高価なものだと数億イェンする。
他の雑誌や書籍とは異なり、完全買い切り品である。店頭には並んでいないので注文して取り寄せることになる。
なのでレジでストーン&ウェーブ社の注文を受ける時、店内には少なからず緊張感が走る。返品が出来ない高額商品、どうしても慎重にならざるを得ない。
「少しお待ちください。責任者を呼びますので」イケメン中年エルフにそう言い残して、僕はレジを離れて事務所まで。
「店長、岩波の注文です」岩波---ストーン&ウェーブ社では長すぎるので、業界では略してそう呼んでいる。
「岩波!? よし分かった」事務所で釣りの雑誌を読んでいた店長は勢いよく立ち上がりレジに向かった。エルフの紳士と何やら話し込んでいたが、結局まとまらなかったようだ。頭を下げる店長。帰るエルフの紳士。
「残念でしたね。決まれば大きかったでしょ?」
店長は苦虫を潰したような顔だ。「多分あれは詐欺師だ。パッと見は金持ち風だが、どれもバッタもんだろう」
「え、そうですか? どう見ても大富豪エルフに見えましたけど」
「襟足だ」
「襟足?」
「自分で髪を切ると、あそこだけは上手く切れないんだ。少し伸びた襟足。全体とのバランスで見分けるんだ。恐らく入手不可能に近い魔法書ばかり注文してたから『違約金』が目当てなんだろな」
ズボラで適当な店長だが、時々鋭い時もある。だからこそ厳しい書店業でも続いているのだろうけど。
こうして今日も、ありふれた1日が始まった。