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トマス・アクィナス 神を考え抜いた男の大冒険


巨大すぎる知性、爆誕

13世紀のヨーロッパ。黒死病が流行る前のまだ牧歌的な時代。そこに、一人のとんでもない天才が生まれた。彼の名はトマス・アクィナス。シチリア王国(現在のイタリア南部)の名門貴族の家系に生まれながら、後に神学と哲学の頂点に立つことになる男だ。

「天使博士(Doctor Angelicus)」と称えられ、神学史上最大級の知性として崇められる彼だが、幼少期から賢かったのかというと、ちょっと違う。いや、実際はめちゃくちゃ賢かったのだが、それを周囲に気づかせるタイプではなかった。彼は幼いころから物静かで、何事もじっくり考える性格だったため、修道院の仲間たちからは「大牛(ボー・バカンツ)」とあだ名をつけられた。「大きな牛」――つまり、のっそりしていて鈍い奴、くらいの意味である。

だが、そんな彼の本当の姿を見抜いた人物がいた。彼の師であり、中世スコラ哲学の大御所、アルベルトゥス・マグヌスである。ある日、トマスが何気なく書いた哲学論文を読んだアルベルトゥスは、周囲の無知な修道士たちに向かってこう言い放った。

「君たちは何も分かっていない。いつかこの大牛は、その吠え声で全世界に響き渡ることになるだろう!」

そして、その予言は見事に的中する。

トマス・アクィナスは、アリストテレス哲学とキリスト教神学を統合し、人類史に残る大著『神学大全』を書き上げることになる。この本の影響力は計り知れない。中世ヨーロッパの思想を完全に塗り替え、その後の西洋哲学、政治思想、さらには現代の倫理学にまで影響を及ぼしているのだ。

だが、彼の人生は決して順風満帆ではなかった。むしろ、修道士になると決めた時点で、すでに家族から大反対を食らい、拉致監禁されるという波乱のスタートを切っている。そして、彼が生涯をかけて築き上げた思想は、時に教会と衝突し、時には「異端か?」と疑われることすらあった。

にもかかわらず、彼は決してブレることなく、ただひたすら「真理とは何か?」を追い求め続けた。

そんな男の生涯を辿れば、我々もまた、哲学とは何か、信仰とは何か、そして知性とは何のためにあるのかを考えさせられることになるだろう。

修道士への道 貴族家の反乱

トマス・アクィナスが修道士になろうと決意した時、彼の家族は祝福どころか、まるで悪魔払いでもするかのように猛反対した。何せ彼は名門アクィナス家の生まれであり、父はシチリア王国の重臣。そんな貴族の息子が、よりによって質素倹約を旨とするドミニコ会に入ると言い出したのだから、一家は大騒ぎになった。

「なんだって!? 修道士だと? そんなもの、庶民の三男坊がなるものだ! お前はもっとふさわしい道があるだろう!」

トマスの父ランドルフは、息子を立派な修道院の院長か、せめて学識豊かな高位聖職者にしようと考えていた。なぜなら、それなら家の名誉にもなるし、貴族としての誇りも守れるからだ。だが、トマスが選んだのは、当時「物乞い修道士」とすら揶揄されたドミニコ会。彼らは財産を持たず、街を歩いて人々に説教しながら食べ物を乞うことすらある、徹底した清貧の修道士集団だった。

「そんな恥さらしな選択、認められるわけがない!」

家族はあの手この手でトマスを説得しようとした。しかし、彼の意思は揺るがなかった。すると、ついに家族は最終手段に出た。

反抗する息子をどうにかしようと、アクィナス家は一計を案じた。トマスを「家族旅行」と称して城へ連れ帰り、そこでまさかの軟禁。そう、彼の父と兄たちは、トマスの信念をくじくために実力行使に出たのだ。まさかの監禁生活の始まりである。

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