甘くて柔くて、憎いほど好き
また買ってしまった。このところ三日にあげず購入している気がする。冷蔵庫にこれが入っているだけでウキウキするのだ。
初めて買ったのはセブンイレブンだった。スイーツコーナーの前で可愛い女子が棚を睨むように見ていて、その真剣な様子に心を奪われて少し見入ってしまった。
彼女は一度出した手を引っ込め、また棚を睨む。口元に手をあてて、うーーん、といった様子で少し考えて、えいやっと勢いよく商品を掴んでカゴに入れた。
彼女が立ち去ったあと、何をあんなに悩んでいたんだろう、と興味が湧いて彼女が見ていた場所をのぞいてみた。
そこには、ヤマザキの『まるごと苺』がスイーツ棚の二列を占領して、綺麗に可愛らしく並んでいた。
ほほぅ、これを買うか否かで悩んでいたのですね。そんなことを思いつつ手に取ってみた。裏面の成分表を見ると、なかなかの高カロリーだった。これのせいで悩んでいたんだろうか。
ちなみにお値段は300円(税抜き)。これもまた微妙な値段だ。高いととるか安いととるか。
もう一度表に返して、パッケージを見る。春らしいイチゴ色の包みに食欲を刺激され、私も真似して購入することにした。
家に帰り、夕食後に食べてみることにした。高カロリーのため、さすがに夕飯を食べた直後にまるごと一本食べるわけにはいかない。娘に聞くと「食べる!」と良いお返事がきたので半分こにすることにした。
真ん中で二つに切ると、いい塩梅にイチゴが半分に切れて美しい断面になった。
いそいそと紅茶を淹れたカップを2つ手に持って、娘もテーブルについた。
さっそく食べてみる。ケーキ屋さんではないからと、それほど期待していなかったのだけれど、これが意外に、というかかなり美味しい。
まわりのオムレットスポンジケーキは程よくしっとりとしている。生クリームも、ケーキ屋さんのショートケーキのようになめらかで、脂肪分具合も甘すぎない感じもかなりバランスがいい。
正直、ちょっとびっくりした。値段の割に相当おいしいじゃないか、と。
普段は和菓子党なので、お誕生日以外であまりケーキを買うことはない。ごくたまに買うときは、ほぼショートケーキ一択だ。ショートケーキを食べればそのお店の腕前がわかるんだ、なんてプロでもないのに偉ぶったことを考えている。
でも最近のケーキ屋さんのショートケーキは、ランチが食べられるんじゃないかというくらい値段が高い。手間ひまや材料費を考えれば当然なのだけれど、庶民が気軽に購入するお値段ではない。
しかし、だ。この『まるごと苺』は、専門店のショートケーキの半分程度のお値段で、ショートケーキ気分が味わえる。なんとお得なのだろう!しかも、我が家は娘と半分こしているので、150円でショートケーキ気分だ。
嬉しい。嬉しすぎる。
それ以来、なんとなく常に冷蔵庫で『まるごと苺』が出番を待つようになってしまった。これを続けていたら、間違いなく私も娘も横に大きく育ってしまう。いけない。
いけないけれども、やめられない。
そんなある日。さあ、今日もあるかな、といつものセブンイレブンを覗いたら、いつも二列に並んでいる『まるごと苺』がない。誰かが買い占めたんだろうか。許せない。
コンビニ限定商品と書いてあったので、近くのコンビニを3軒回ったが、どこにも置いていなかった。
これはまずい。『まるごと苺』の素敵さに世間が気づいてしまったか。大ブームが起きているんじゃなかろうか。
ざわつく心を押さえて、夕飯の買い物をするために近所のスーパーへ行く。
牛乳も買わなくちゃ、と乳製品コーナーへ向かう途中で、私の視界の左隅に何か見覚えのあるものを捉えた気がした。それはとても大切な情報のような気がして、少し後ずさりして左の棚を確認する。
なんと、コンビニ限定だったはずの『まるごと苺』がたくさん並んでいる。
おおぉ・・・!!
しかも、コンビニよりもさらに値段が安い。歓喜のあまり、このチャンスを逃してはいけないと思い、2つカゴに入れた。
***
それ以来、そのスーパーで購入していたのだけれど、ある日突然に悲しい別れがやってきた。
なんと、『まるごと苺』の列がすべて『まるごとバナナ』に変わっていたのだ。
裏切ったな。そんなフレーズが頭に浮かんだ。イチゴ派からバナナ派に鞍替えしてしまったスーパーのスイーツコーナーに用はない。
ふんっ!と怒りながら帰宅途中に、宅急便を出すためにセブンイレブンに寄った。
いつもの癖でスイーツコーナーをのぞくと、そこには何食わぬ顔で『まるごと苺』が復活して並んでいた。
いつか帰ってくると思っていたよ。
懐かしい旧友に出会ったような気持ちで、『まるごと苺』をそっとカゴに入れた。