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先人の知恵に頼ることの本質を改めて。

これまでの人生、僕には何か1つの物事を自らの力でやり遂げたという経験が無かった。

もっというと、下手すれば自分で立てた目標に対して愚直に努力すること自体自分には出来ないのかもと決めつけていた気もする。

そんな僕がどうして途中で挫折もせずに
英語学習に対しこんなにも長い間、変わらぬエネルギーを注げているのか?

背中を押してくれている強い味方

それは他でも無い、
明確な目標や計画のおかげなんだ。

しかしこれらはなんでも僕が一からオリジナルで作り上げたものなどでは決してない。
目標、前提となる計画や戦略の全てにおいて
僕の主観的な判断は一切反映されていない。

信用しているYou Tuberさんたちが言ったことを
そのまま参考にして今日ここまで学習に取り組んで来たのだ。

そして今回のこな英語学習、
もし彼らの存在が背景に無かったとしたら
今頃100%途中で挫折してしまっていただろう。

目標や計画の天敵

ただそうは言っても
圧倒的な計画性と戦略性を持ちながら
全てを一から自力で組み立てて
目標を達成することほどかっこいいことはない。
勿論、そういった自我に対するプライドを
決断していく中でつい優先させてしまうというのもごく普通の感情だと思う。


今まではそういったプライドを何よりも
優先させ続けて来たからこそこれまで僕は失敗して来たのだ。
いや、失敗するにも至ってはいない。
なぜならば僕はこれまで挫折しかして来なかったのだから。

今振り返ってみれば、当時は
そのようなプライドを頑なに握りしめていた一方で無知の自分が紡ぎ出す表面上のオリジナリティへのこだわりを捨てきれないという愚かな自分に対するコンプレックスすらも同時に持ち合わせていた気がする。

天敵の弱点

しかし、かといって必ずしもそれが
唯一無二の自分を大切にしていく為に必要な最適解というわけでは無い。
先人の知恵がある分野ならばなおさら
それらを素直に受け入れ、特に始めのうちは少しだけ静かにそれを実行していかなくては。


そうでなければ、限られた自分の人生の中で
個性を発揮出来る時間だってその分消えて無くなってしまうだろう?

出来るだけ自分の人生に個性を出していきたいのであればそれはなおさら必須なことなんだ。

運良く僕は、今回のこの英語学習を開始する前にその事実に気付くことが出来た。
以前までの僕に足りなかった考え方はまさにこれだったのだ。

先人の知恵に頼ることの本質

"個性を優先させる為に"我々が避けがちな
「先人の知恵に頼ること」。

しかしながらその本質というのは
最高に納得する形で唯一無二の自らの個性を人生可能な限り堪能する為。

まさにこれだと思う。

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