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『ワンルームから宇宙をのぞく』感想

著者 久保勇貴
1994年、福岡生まれ、兵庫育ち。
JAXA宇宙科学研究所研究員。
2022年、東京大学大学院・博士課程修了。博士(工学)。
宇宙機の力学や制御工学を専門としながら、JAXA宇宙科学研究所のさまざまな宇宙探査プロジェクトに携わっている。
ガンダムが好きで、抹茶が嫌い。
大きな音はもっと嫌い。

ワンルームから宇宙をのぞく/著者紹介

静かに世の中に絶望している人だった。
絶望を「この世の終わり」として抱くのではなく、「常にあるもの」として並走しながら生きている。
全く同じではないだろうけれど、わたしもこの感覚で生きている。世の中この感覚を持っている人は多いのではないか、他にもいるのではないかと思う。
そして無気力のまま生きている人も多いのだろうと思うけれど、そのまま生き続けるのでは辛すぎるから、望遠鏡を覗いて宇宙の遠くの星を観るように希望を見つけて生きている。

この本はそういう絶望と希望の繰り返しを冷静に見つめている。絶望や希望の大きさは分からない。感じ方は人それぞれだし、その人と同じようには受け取れないかもしれないし、自分と同じようには感じてもらえないかもしれない。だから、この著者の絶望も希望もどれほどのものかは分からない。
ただ、冷静に毎日絶望して希望を観て絶望して…と繰り返して生きている。
その日々の中で見つけたものが、この本を手に取った人の灯りになればいいなと思う。ほわんと足元を照らしてくれるような灯り。

「思うに、文字は光子だ。」

ワンルームから宇宙をのぞく/あの日、宇宙人になれなかった僕へ

僅かだけれど、太陽の光は物理的にも物質を押しているらしい。宇宙空間ではその力でも燃料節約になるくらいの力らしい。

「1億5000万キロメートルの彼方から一直線に僕を目がけて光線を放つ太陽の姿を想像する。そしてその光線の光子たちがせっせと僕の背中を押してくれている画を想像し、その一粒一粒に愛着を湧かせてしまう」

ワンルームから宇宙をのぞく/あの日、宇宙人になれなかった僕へ

「動かず、流されず、いつまでもそこに存在する文字たち。その文字一つ一つが読む人の心をちょっとずつ動かしていき、やがて文字は人を動かす大きな力になる」
「せっせと働くその文字一つ一つを大事にそこに存在させ、彼らに自然と愛着を湧かせてくれる、それご文章というメディアの大きな価値だと僕は思う。」

ワンルームから宇宙をのぞく/あの日、宇宙人になれなかった僕へ

これまでたくさんの言葉に背中を押してもらった。自分の力だけで踏み出す一歩より、ほんの少し大きな一歩で歩けるようにしてもらった。それが少しずつ大きくなって、遠くまであるけるようになって、今まで生きてこられた。そういう言葉がたくさんある。
著者は言葉の力を信じている。ふんわり背中を押すような、時に自分を誰かを抱きしめて慰めるような文章を紡いでいる。

「飛行機は銃を付ければ戦闘機になるし、ロケットだって人工衛星の代わりに爆弾を載せるだけでそのままミサイルになってしまう。」
「宇宙の技術はそのまんま軍事の技術で、宇宙開発は複雑な国際関係の中で成り立っていて、優しくないから争うのではなくて、みんな優しくて、優しいのに、それでも争いを止めることはできないのだった。」
「研究者には、決して感情がないわけではない。みんな個人的な感情があって、悲しい。正確に宇宙を飛ばすための技術は、正確に人を殺すための技術にもなってしまう。誰かが大切にしているものを、正確に壊すための技術にもなってしまう。」
「僕は誰もいない部屋で声を上げて泣いた。どうすればいいかわからなくて、自分の浅はかな考えが恥ずかしくて、みんな優しくて、優しいのに無力で、泣いたのだった。」

ワンルームから宇宙をのぞく/糸川英夫と、とある冬の日

それでも宇宙に希望を持って、生きることの希望を見つけて、絶望と隣り合わせて生きている。
戦うフィールドは違うし、世の中への影響力も全く違うけれど、同じように絶望と隣り合って生きている。同じように生きている人がいるのだと思うと、手を繋けだような気持ちになる。

この本からは「宇宙や科学をみんな好きになってくれるといいな」という思いも伝わってくる。
著者が数式などをとても面白く思っていることも伝わってくる。

ひとつ驚いたのは、著者は数式が映像で見えるそうだ。逆に文章は映像では見えないそうだ。
私は文章は映像で見えるけれど数式は動いてはくれない。高校の時、数学は得意な方だったけれど、動いてくれることはなかった。数式が映像として見えるような世界なら、数式を美しく思う感覚も分かったのでしょうか。「美しい数式」を感じてみたいと憧れたこともあったので、映像にもなることに驚いた。ほんとうにいろんな人がいるな。

太陽からの光線の光子のように、背中を押してもらえるような、心が和らぐような言葉で作られた本です。絶望と一緒に生きる人に届いたらいいなと願います。

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