組織の問題解決力向上のため「意見力」を養おう
「日本の組織は意思決定が遅い!」とよく言われます。「意思決定者が必要な場所や会議に来ずに持ち帰る」「権限委譲が進んでいない」「意思決定が合議制で一人で決めない」「意思決定者が責任を回避する」「安定志向・現状維持思考」等、いろいろな原因が囁かれています。この記事では、これらの要素の他に、筆者が日本の組織、コミュニティ、マスコミ等の現状を見ていて関係があると思われる、あることについて見ていきます。
日々のニュースを見て感じていたこと
私は割と毎日のようにテレビを付けてニュースを見るのですが、予てからニュースキャスターの言葉遣いで気になっていたことがあります。ニュースでは以下のような言い回しがよく出てきます。
これらの言い回しは、なんとなく聞き流すには日本語としてはおかしくないかもしれません。しかし、仕事の中でこれらの言葉を使うことを考えたときに、何か変だと感じませんか?
…そう、これらの言葉はいざアクションを起こそうという場合に、具体的に何をすればいいのかが良く分からないのです。少なくとも言葉を発した人の意図を客観的に汲み取ることが出来ません。
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たとえば、
「議論を深める必要がある」⇒もっとたくさんの人議論すればいいの?それとも何か突拍子もない視点を追加で投げ込めばいいの?
「真剣な議論が必要である」⇒すでに真剣なのですが、いままで真剣ではなかったとでもいうのですか?
「世の中のコンセンサスが必要である」⇒世の中って誰!?どこまでの人を指すの?
「…かどうかが試されている」⇒誰がどう試しているの?本当にそんなことを試そうとしている人がいるの??
「改善を求める」⇒…具体的には、何を直すの?
「これは丁寧に (慎重に) 取り組む必要がある」⇒丁寧、慎重とは?誰がどういう基準で決めているの?自分はすでにそうしているけど!?
…といった具合です。
日本の組織でまん延する "あいまいな" 言葉
私は最初、これはニュースの独特の言い回しなのかと思っていました。何故かというと私が所属してきた外資系企業では、少なくともこのような言葉を業務で耳にすることはなかったからです。
しかし、マスコミ以外にも近所のコミュニティや日本の企業、官公庁などと関わるようになって、これらに類する言葉が業務の中でも割と頻繁に使われていることが分かりました。これらの言葉は、言う側の人は「言ってやったぞ」と思うかもしれませんが、受ける側の人は「…で具体的に何をすればいいの?具体的な意味が分からない、と止まってしまうか、もしくは忖度で独自解釈で進める」と、そこで業務が止まってしまうか意図しない方向に進んでしまうリスクのある "あいまいな" 言葉です。これらの類の言葉が業務で使われると、ほぼ確実にコミュニケーションミスが起きます。
トップの能力だけではない日本の組織の課題「意見力」
"あいまいな" 言葉は、昔から議論を避けはっきり物言いをすることで誰かを傷つけることを避けるように教育されてきた日本人が好む言葉なのですが、迅速で正確なコミュニケーションが求められる業務では、これが裏目に出ます。これは組織力にも影響します。組織が意思決定を行う際に、あいまいな言葉で情報が上司に上がって来ると何が起こるでしょうか?想像してみてください。
リーダーとの会議で話されている内容の違い
私が昔働いていたマイクロソフトでの話になりますが、製品や事業の責任者をしていると、現場の営業からエスカレーション (Ask)が良く上がってきます。すると私はそれを現場の営業と一緒に検討して、本当に何が困っているのか (特定の機能がない・バグがあるのか、 or お金がいくら足りないのか、or 情報がないのか)、そのビジネスインパクト、優先度・深刻度、必要な時期などをすべてクリアにして「的を絞った明確なAsk」にした上で、日本または本社のリーダーにエスカレーションします。
そのレベルで判断ができないときは、より高次のリーダーにエスカレーションをします。すると、権限を持っている人間はそれらの情報を元にすぐに判断を下して返事を返します。必ずしも要求が通るわけではなく、却下されることも多々ありますが、少なくともYes/Noの判断は出るわけです。
また、リーダーとのレビュー会議の資料では、かならずエスカレーション事項 (Asks) を入れ込みます。たとえビジネスの結果が悪くなかったとしても、より状況を改善するために、「的を絞った明確なAsk」を入れ込んで会議の中でディスカッションします。リーダー側も、何か支援できることがないかを積極的に聞きます。また、Askの一覧を「One List」として一箇所で管理してお互いの共通認識として、有耶無耶にならないようにします。このリストは社内でも広く多くの従業員と共有されています。
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しかし、日本の組織ではかならずしもこのように事が運んでいるわけではないようです。いろいろな日本の組織におけるコミュニケーションや会議の内容を見ていると、"あいまいな"言葉でアクションが語られている、Askの内容が研ぎ澄まされていない、Askが明確にエスカレーションされていない、課題一覧が管理されていない、という光景をよく見かけます。つまり、これは「意思決定をするに当たり必要な要素が揃っていない状況」です。そうするとその場では何も決まらず持ち帰りになるか、そのままいつのまにか放置されてしまいます。
私の個人的な感触ですが、意思決定が必要な際に、リーダーが「意思決定をしない」「責任を回避する」と言う前に、「意思決定できる状況が整ってない」ために意思決定がされない状況の割合が結構高いのではないかと思います。そして、これは意思決定をするリーダーだけの課題ではなく、組織内のまわりのすべての関係者の課題なのです。エスカレーションをする関係者は、リーダーが意思決定を出来るための情報を適切に揃える必要がある、つまりリーダーに意見するための力「意見力」を養う必要があります。
日本の教育では議論の仕方を教えてきませんでしたし、古くからある日本の組織でも部下は上司のことを黙って聞け、意見をするな、という教育をしてきているところが多いため、このような組織ではメンバーの「意見力」が不足している可能性が高いです。
主観的な言葉は使わず、客観的に具体的に
それでは「意見力」を養うに当たり、どのようなところに気をつけていけばいいでしょうか。まずは、言葉に客観性をもたせ、あいまいな言葉を使わずに記載することから始めてみましょう。
先程の例だと
「議論を深める必要がある」⇒ XX部とYY部の人の意見を聞く必要がある
「真剣な議論が必要である」⇒ 経営課題として社長とも一度話して見る必要がある。
「改善を求める」⇒ いまはAAとなっているところをBBとしてほしい。
「これは丁寧に (慎重に) 取り組む必要がある」⇒ 内容を説明する文書を明文化してXX部とYY部に説明して回る必要がある。
のような形です。どうでしょう。これで誰が見てもアクションが明確になりましたね?
また、意見力を磨くにあたっては、課題を「自分事」にすることも重要です。課題を他人事として扱うと、どうしても "あいまいな" 言葉を使った評論家的な意見をしがちになります。評論家的な意見というのは実務を担当する人間からすると役に立たないのです。課題を自分事にするための「仕事のオーナーシップ」マインド、ラストマンシップを組織内で養うことも重要になります。
意見の内容は簡潔に、かつ欲張らずにシャープに研ぎ澄ませる
意見を述べる際は、結論は簡潔に冒頭に言うのが望ましいです。詳細はその後で述べることで、聞き手はそれが何のために述べられているのかを理解した状態で聞くために、それが分からない状態で聞くよりも納得感を持った状態で聞くことが出来ます。最初から長い文章でだらだらと説明していると、聞いている側も何を言っているのかが後の方で分からなくなってしまいます。
また、意見をする際は、まわりの関連する課題も一緒に意見したくなりますが、そういったものはすべて削ぎ落としてシャープに研ぎ澄ませて一点突破をする構成にするのがポイントです。まわりの課題を入れてしまうと優先度にゆらぎが生じたり、解決が難しいものだとまわりに引っ張られて解決できないことになってしまうリスクがあるためです。
議題・タイトルには「動詞」を入れよう
加えて、意見を言う場である会議の議題、およびその資料やメールのタイトルは、ひと目見ただけで何を言いたいのかを明確にしましょう。日本語は動詞がなくても文が成り立つ特徴のある言語ですが、議題やタイトルに動詞、もしくは動作を表す名詞がないと、何を言いたいのかがひと目ではよくわかりません。日本の組織内や官公庁でやり取りされる議題や資料では残念ながらよく見られます。
たくさんの情報が行き交う中では、議題やタイトルが明確でないものは優先度が下がって後回しになったり、手戻りが発生したり、伝わるスピードが下がってしまうリスクがあります。そのようなリスクを最小化するためにも、このようなところにも気を遣いましょう。
意見を言いやすい土壌を作る「心理的安全性」
最後に、「意見力」を組織で醸成するために、リーダー側にも求められることを述べておきます。組織のメンバーが意見を言えるようになるには、リーダー側にもそれを受け入れる体制が必要です。よく聞く例が、意見を言っても「リーダーが聞く耳を持たない」「リーダーが取り合ってくれない」「言った人がアクションをさせられる羽目になる、言ったもの負け」「フォローがされない」といったものです。これでは、組織メンバーは次第に諦めて意見を言わなくなってしまいます。これは、いわゆる「心理的安全性」がない状態です。
そのため、リーダーとしては、メンバーが意見を言ってくれたらきちんと聞く耳を持ち、自らがフォローアップして実現に向かって前向きに動き、意見を言ったメンバーに成功体験を提供する必要があります。先程のマイクロソフトの例で出てきたような事柄が参考になるかと思います。
リーダーから積極的に意見を求める、必ず意見を言ってもらうように書式化する
リーダーが自らアクションをして次のアクションにつなげる、もしくは意見を言ってくれた以外の人もアサインする
課題は一覧で管理をして他のメンバーにもオープンにする
意見力をメンバーがつけるには、メンバー側の努力だけでなく、リーダー側が「心理的安全性」を担保して、メンバーに成功体験もたらすための努力も必要になります。
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最後までお読みいただきありがとうございました。それでは、また!
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