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B2Bマーケティングに対する期待値コントロール #1

「マーケティング」という単語や役割が持つ意味は、会社によって異なる場合があります。マーケティングを現実世界に実際に当てはめてみると、マーケティングが特定の企業や組織の中でどのような役割を果たせるかは、その企業や組織によって大きく異なります。

とりわけ、企業や組織のトップ、経営層がマーケティングに対してどれだけの知識や理解があるかによっても、大きく異なってきます。特に多くの経営者がマーケティングに対して持っている期待値としては企業や商品の認知度向上である場合も多いでしょう。

一方で、マーケティングが生み出す結果を具体的に説明する場合、特にB2Bでは効果測定が難しい場合があります。そのためにマーケティングの必要性を巡って役員間で揉めることもあります。この記事ではその理由とマーケティングへの期待値をどうコントロールすべきかについてまとめてみました。


日本企業の経営者のマーケティングへ期待値

現代経営学の父と呼ばれるピーター・ドラッカーはマーケティングの目的を「(顧客を良く理解した上で)セリング (販売活動) を不要にすること」と定義しています。一方、マーケティングの神様と呼ばれるフィリップ・コトラーは「ニーズに応えて利益を上げること」と定義しています。

マーケティングの定義はいくつものバリエーションがあり、時代と共に進化もしていますが、大きくは「顧客ニーズの理解」「売れる仕組み」「顧客とのWin-Winの関係を管理」といったポイントに触れているものが多いです。

ただし、日本人の経営層や管理職にはMBAホルダーやマーケティングに関する知識を持った人が少ないのが現状です。世界のトップ企業では約3割の経営者がMBAホルダー、管理職の約4割がMBAを持っていると言われています※が、日本ではもっとずっと少ない印象です (1割未満)。

文部科学省 『経営系大学院を取り巻く現状・課題について』(2018)

そのためか、日本の経営者や上級管理職の中にも「マーケティングを知らない」と平気で言う人もいます。そのため、マーケティングに対する期待値も様々となり、「広告とイベントやってくれる人でしょ」とか「販促の資料作ってくれる人ね」等、表面的にやってくれると期待する事が中心となりがちです。そしてそれが企業の売上に直結していないと考える人も多くいるはずです。私が現在働いている富士通も例外ではありません。

MBAとはMaster of Business Administrationの略であり経営学修士とも言われますが、日本では昔は希少で日本では取得できなかったこともあり一部のエリートだけが海外留学して取る資格のように扱われてきましたが、その内容はマーケティングにとどまらず管理職以上でパフォーマンスを発揮するには必要な知識となります。学校に通わないまでも、少なくとも主な単科コースを受講したり勉強することがこれからは求められるでしょう。

MBAの課程ではロジカルシンキングやMECEといった共通の常識、言葉を習いますので、これらの考え方を前提にした議論も重要になります。しかし、現実的にはMBAの勉強をしている人材が少ないために、これらの考え方や言葉が組織内、企業内で通じないことが、マーケティングに対する正しい期待値を持つ上でも課題となってきます。

B2Bマーケティングで効果測定を行う上での前提

マーケティングで売れる仕組みを作るというと、大抵の人はAmazonのようなeコマースプラットフォームのことを思い浮かべるかもしれません。AmazonのようなB2C (Business to Consumer)のビジネスでは、マーケティングの効果を測るのは比較的簡単です。購買の意思決定者は画面を操作している本人もしくは家族で、商品を買うか買わないかは大抵の場合、すぐに決まります。そのため "ファネル" の構造も単純です。

しかし、B2B (Business to Business)においては、購買の意思決定者は大抵本人ではなく別に複数存在し、また購買までにかかる期間も最低数ヶ月、時には1~2年かかる場合もあります。そのため、マーケティング施策を実施してから効果が出るまでに複数回の施策が必要になったり、効果が出るまでの時間が遅延したりすることになります。そのため肌感覚としてマーケティング効果を感じにくいのです。このことは営業統括の役員とB2Bマーケティング統括の役員の間で揉め事が起こる原因となっていました。

完全なデジタル化により受注までを可視化

最近では、カスタマージャーニーのデジタル化が完全に実現されていて、システムもすべて適切につながっている場合 (いわゆるマーケティング・オートメーションツールが使われていて正しくキャンペーンコードが設定されている)、マーケティング施策を実施してからホットな見込み顧客を判別して商談化、受注するまでの流れを可視化することが可能になってきています。

1回のマーケティング施策で見込み顧客化しない場合でも、ナーチャリングと呼ばれる繰り返し顧客ニーズに沿った提案を自動的に行う仕組みを導入することで、複数の施策を経て商談化まで持っていくことが可能になります。いわゆるデータドリブンマーケティングの実践です。

B2Bでマーケティング施策を行う際には、この完全にデジタル化されたデータドリブンマーケティングの仕組み (マーケティング・オートメーションとそれにつながるCRMシステム、施策を実施するための各種デジタルマーケティングツールがすべて連携している) が組織内で正しく実装されていることがマーケティングの効果を正しく見える化する上での前提条件となります。

また、システムがあるだけでなく、関連するすべてのチーム (マーケティング、営業、およびマーケティングオペレーション支援、営業オペレーション支援)が正しくデータ処理と入力を行っていることが前提となります。主力製品が何十種類もある大企業や "システムインテグレーション (SI)" といった曖昧な商品を扱っている場合には、商談がどの商品に落ちるのか、商品間の相乗効果も考える必要が出てきて、データ処理や入力はより複雑になります。

データドリブンマーケティングでは、たとえばイベント等の見込み客生成を目的にしたマーケティング施策を実施した場合、以下のような "ファネル" の流れで受注までつながる数字をKPIとして追跡することができます。

登録者1,000人 ⇒ 潜在顧客600人 (60%) ⇒ MQL 80 (13%) ⇒ SQO 40 (50%) ⇒ 受注 8 (20%)


※1 MQL = Marketing Qualified Lead (マーケティング創出のホットな見込み客)
SQO = Sales Qualified Opportunity (営業がフォーキャストに入れる商談)パーセントは前の段階からのコンバージョン率
※2 ファネル内の各段階のコンバージョン率は、商品の性質、業界、セグメント、営業体制等により大きく変わります。

ちなみに、業種業態によりますが、私の経験上1登録を得るのにかかる費用(コンタクト獲得単価、Cost Per Acquisition, CPA)は1~5万円程度です。この単純なファネルのコンバージョン率を見ると、個人情報を取得した数と比べると受注まで行くのは1%程度です。よってナーチャリングを考慮しないファネルのみで効果を判断してしまうと、効率が悪いと判断されてしまう可能性もあり注意が必要です。

デジタルマーケティングによる見込み客の創出は、繰り返し提案を行うナーチャリングや顧客の行動分析から購買の機会を正確に捉えるインテントデータの活用により合理性のある効果が出ることに注意しましょう。マーケティング担当者は、これらの仕掛けを効果的に実装、活用することが求められます。また、あわせて営業チームと密に連携してKPIを常に共有しつつ、営業チームにもデータドリブンマーケティングに沿った動き方をしてもらうように働きかける弛まぬ努力が必要になります。

参考記事:

認知度KPIの難しさ

認知活動をどうデジタルで見える化するか

一方、見込み客の生成を目的としない、より前段階の認知活動 (アウェアネス) を行うこともマーケティング施策の一部です。顧客が行動を起こす前の段階である「認知」「興味」「比較・検討」の最初の段階から施策を実施して "ファネル" に潜在顧客をどんどん入れていく必要があります。

ただし、前述の見込み客創出のためのマーケティング施策と違って認知度を取るためのマーケティング施策はKPIの設定で苦労することがよくあります。その1つの理由は、認知度を得る施策はデジタル化できない部分がより多いためです。

B2Bマーケティングにおいて見込み客を得るためのエンドアクション (最終的に顧客に行わせたい行動)は、ほぼ完全にデジタル化されており、デジタルフォームに個人情報等を入力してもらうことであるのに対し、認知度を得るための活動は「認知が上がった」ことをデジタルで測ることが難しいということです。

広告系のKPIは現場KPIでしかない

広告メディアには伝統的なマスメディアであるテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、屋外広告、交通広告から、最近では電車内、タクシー内、空港内、駅構内で見かけるデジタルサイネージに表示されるデジタル交通広告まで様々なものがあります。伝統的なメディアでは視聴率、発行部数等の基本的な数字を元に何人くらいのターゲット層の人が広告に接するのかをざっくり予測して出稿します。

B2Cであれば、認知から購入までのサイクルが速いため、テレビCMの内容を工夫することで、CM実施後に問い合わせ/売上のピークが見られれば効果を測定できなくはない場合もあります。しかし、B2Bの場合は直接的な効果を見るのはなかなか難しい場合が多いのです。

最近だとターゲット層の位置データを用いた人流予測、人流追跡で交通広告の効果を可視化しようとしたり、サイネージに表示する広告の場所、時間を細かく指定できるようにすることで想定するターゲット層によりターゲティングできる仕組みを提供している広告会社もあります。また、デジタルの世界であるWeb広告では、インプレッション、リーチ、クリック率 (CTR)、ページビュー (PV)等の数字を計測することが可能になります。

そのため現場のマーケティング担当者は、これらの計測可能な数字をKPIとしてダッシュボードにして表示すればアウェアネスの効果測定ができるのではと思うかもしれません。しかし、経営層から見ると「ふーん、で…!?」という反応をされるでしょう。これは何故かというと、経営層はあくまでも自社の売上にどうインパクトするのかという観点で数字を見たいのです。そのため、これらの計測可能な各広告チャネルのKPIは、あくまでも広告代理店とマーケティングの現場担当者との間で広告出稿を最適化するための現場KPIにしかなりません

想起の計測には多大な費用がかかる

それでは経営層に対してはどういうKPIが良いかというと、通常は「想起」という値を測ります。想起とは、ターゲットとなる顧客層が企業名、ブランド名、商品名を思い出してもらえる割合のことです。ヒント無しで思い出してもらう「純粋想起」、名前を先に提示して知っているかどうかを問う「助成想起」、最初に思い出した名前かどうかを見る「第一想起」など、いくつかの測定方法があります。

経営層や営業統括役員からマーケティングに対してよく言われる課題として「うちの商品が顧客に知られていないから売れないんだ」「うちは顧客から知られていないから指名がされないんだ」といったことが挙げられます。先に、経営層からマーケティングへの期待値として「企業や商品の認知度向上」があると書きましたが、顧客に「知られている」割合を上げることがマーケティング活動に求められます。

この「知られているかどうか」を測るために、大規模な広告出稿をする際には、出稿前と出稿後で認知度調査を行い、ターゲット層の想起の変化を見ることが一般的です。ただし、想起はデジタル化されていない部分であり、競合企業との想起の差を見ることも含めて数百万~数千万円をかけた認知度調査を定期的に行っていく必要があることから、広告出稿はある程度まとまった費用 (数億円以上) をかけて大規模に行うことが求められます。

ただ、特にB2Bビジネスにおいて、この想起をどこまで上げれば売上と結びつくのか、どのチャネルに広告を打てば想起を上げられるのかについて合理的な説明をすることはなかなか難しい課題です。デジタル化されていない「想起」について費用の理解をどう求めるのか、これはどの企業のマーケティングチームも期待値コントロールに苦労しているところなのではないかと思われます。

さて、長くなってきましたので、この続きはまたの機会に紹介します。それではまた!

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