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「ケイコ 目を澄ませて」雑音に耳を塞ぎ、優しさに目を向ける

INIのフェンファンが観たと言っていた映画の話。
私はいかにも邦画な静かな作品が好きなので、観ようかな〜と気になっていた作品をフェンファンから観た報告してくれることがあって嬉しい。私も大好きだよ、岩井俊二とか是枝裕和とか今泉力哉あたりの監督の作品が!

嘘がつけず愛想笑いが苦手なケイコは、生まれつきの聴覚障害で、両耳とも聞こえない。再開発が進む下町の一角にあ る小さなボクシングジムで日々鍛錬を重ねる彼女は、プロボクサーとしてリングに立ち続ける。母からは「いつまで続けるつもりなの?」と心配され、言葉にできない想いが心の中に溜まっていく。「一度、お休みしたいです」と書き留めた会長宛ての 手紙を出せずにいたある日、ジムが閉鎖されることを知り、ケイコの心が動き出す――。

公式サイト

思った以上に淡々とした日常映画だった。少し退屈だけど、なんだか引き込まれてしまうのは、岸井ゆきのが素晴らしいのは勿論だけど、映像やカメラワークの良さもあったと思う。終わった瞬間よりもじんわり後からすごく良い映画だったなぁと思えた。

映像の中で特に私が好きだったのは、静止画で差し込まれるお母さんが撮ったブレブレの試合の写真と、誰もいないジムに舞う埃の映像。ざらざらとした質感がリアルで美しい。

物語の主軸となるケイコの心の変化に欠かせないのは、干渉し過ぎずに見守る周囲の視線の暖かさだが、彼らもまたケイコの直向きさに影響を受けていて、実はお互いに作用し合ってる。押し付けがましくない優しさに溢れた作品だった。

⚠️⚠️⚠️ネタバレ⚠️⚠️⚠️

1回目の試合に勝ったケイコについての取材を、ジムの会長が受けるシーンがある。そこで、会長は「ケイコは才能があるわけではない」と答える。ケイコは身長も小さいし、耳も聞こえないから、リング外からの指示も聞こえないし、危険と隣り合わせだ。

ケイコが勝てたのは才能があったからではなくて、やるべきことをコツコツと続けた毎日のおかげ。周囲の音が聞こえないケイコが直向きにボクシングに向き合って練習する姿には、雑音が自然と聞こえてしまう私たちにはない集中力があったと思う。
ただ一方で、私たちは悩んだりしんどい時に心の雑音を声にして、誰かに話すことで、楽になることが出来るけれど、ケイコはそれが出来ない。

いくら手話があっても、伝えることはきっと難しく、いつも1人で葛藤し、悩み、しんどい時を乗り越えて、心の雑音と向き合っている。
ケイコが発するのは数回の「はい。」という言葉だけで、この言葉を発する時、そこには自分と葛藤した末の決意のような外に向けた確固たる想いがある。

ラストシーンでケイコは、2回目の試合で負けた相手と荒川の土手で再会する。相手の顔は傷だらけだが、自分の顔にそこまで傷はない。
ケイコが勝利した1回目の試合の後、ケイコの顔は傷だらけだった。
「無傷で勝つことはできない」ということなのかなと思った。
そして、ケイコが土手を走り出すシーンで映画は終わる。ここからまたケイコはボクシングの練習やホテルでの清掃の仕事という日常を、逞しく生きていくのだと感じられるラストだった。

フェンファンが、邦画の見慣れた風景に感動すると書いていたけど、エンドロールの間、ずっと舞台である荒川や北千住の町が映し出される。私たちが生活する東京の景色は、ケイコが特別な才能を持った強いヒロインではなくて、思った以上にこれは私たちの物語かもしれない、と思わせてくれた。

2023/2/11

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