恐竜の名前の由来で親戚と盛り上がった話(日常生活に潜む英語史ネタ)
今回は、お盆休みの帰省中に、親戚との集まりで起こった予期せぬ英語史イベント(アクシデント?)についてお話しします。
最近私の甥っ子たちはすっかり恐竜にハマっています。Tシャツやぬいぐるみなど、恐竜に関するグッズを常に身に付けています。私自身も幼少期に恐竜が好きだったので、とても微笑ましく思っています。お盆休みの親戚の集まりでも、甥っ子たちは恐竜の本を楽しそうに読んでいました。
「おいたんにも見せて」(甥っ子たちにそう呼ばれています(笑))
この一言から、場の空気が一変しました。
トリケラトプスから全ては始まった
甥っ子たちが読んでいたのは、『恐竜あいうえお』と題する本でした。最初はパラパラとページをめくってイラストだけを眺めていたのですが、よくよく注意して見てみると、恐竜の説明欄に名前の由来が書いてあるではないですか!まさか子供向けの本に英語史研究者が飛びつくネタが用意されていたとは!
まず目を引いたのは以下に引用したトリケラトプスの説明です。
恐竜に夢中だった幼い頃は全く気づきませんでしたが、「トリケラトプス」の「トリ」はtriangleにも見られる「3」を意味するtri-に由来するのですね。家族や親戚に普段はあまり積極的に自分の専門(英語史)に関する話はしないのですが、少しでも身近に感じてもらえたらと思い、今回は話を切り出してみました。
「みんな、トリケラトプスの名前の由来知ってる?」
「えー、なんだろう」
「イラストがヒントになるかも!」
「ツノに関係してるの?」
「正解!「3本ツノがある顔」って意味なんだってー!「トリ」の部分は「3」って意味で、僕たちにもなじみ深い「トリオ(3人組)」とか「トライアングル(三角形)」とも関係があるんだ。面白いでしょー?」
「あっ、本当だツノが3本あるね!知らなかったー!」
そこそこウケがよかったので(ポジティブ思考)、英語史の授業でもしばしば取り上げている「プテラノドン」についても話をしようかなと思ったのですが、即座に自分の理解が不十分であることに気がつきました。「プテラノドン」の「プテラ」はギリシャ語に由来し「翼」という意味であることは知っていたのですが、「ノドン」って一体?
プテラノドンの「ノドン」って?
「ノドン」を理解するためのヒントは、他の恐竜の説明にありました。以下に引用するイグアノドンの説明を読んだ時、思わずにんまりしました。
「イグアノドン」の前半部分は「イグアナの」の意味と捉えると、残された「(ノ)ドン」の部分は「歯」の意味だと考えられます。「歯」と言えば、同じくdの子音を持つdentalやdentistとの関連を予感させますね。しかし、「プテラノドン」と「歯」の繋がりがよくわかりません。歯なんてありましたっけ?
すっかりスイッチが入ってしまった私は、すかさずその場でスマホのMerriam-Websterのアプリで確認してみたところPteranodonの語源説明欄に以下のような解説が。
どうやら「ノドン」と理解していた部分はanodōnに由来するようです。「ア」の音の存在はカタカナ表記の「プテラ」の「ラ」に溶け込んでしまっていて完全に盲点でした。
辞書の説明によると、anodōnはtoothless「歯がない」の意味であることがわかります。さらに、anodōnの成り立ちを見てみると an- + odōn(歯)となっています。an-の部分は「~がない」という意味を表すギリシャ系の接頭辞a(n)-に由来するのですね!現代英語では、この接頭辞はanarchy「指導者(arch)がいない状態→無政府状態」、atypical「典型的(typical)でない」、amoral「道徳観念(moral)のない」、asymmetry「対称(symmetry)でない」などの語に見られます。
一方、odōnについては、The American Heritage Dictionary Indo-European Roots Appendixで調べてみると、私の読み通り、dentalやdentistと共通の起源を持つ語でした(s.v. dent-)(注1)。
したがって、「プテラノドン」は「翼(pter)歯がない(an+odon)」という意味で、身体的特徴に基づく名称だったのです!全てのピースが繋がった時、一人で大興奮でした。親戚たちは、甥っ子の絵本を取り上げて、興奮しながら読んでいる私を怪訝そうに見ていました(笑)。
親戚に披露してみる
この興奮を今すぐ誰かに伝えたい!でも、英語史の知識を有していない親戚たちに専門的な用語を使わずに上手く説明できるだろうか。迷いましたが、難しい内容をわかりやすく説明する能力を鍛えることができる絶好の機会と捉え、仕入れたばかりの知識を披露してみました。ところどころアレンジしていますが、特に興味を持ってくれた叔父との対話形式で私の説明をご紹介します。
「さっきはトリケラトプスの話をしたけど、プテラノドンの名前の由来もすごく面白いんだよ。プテラノドンは大きく二つのパーツに分解できるんだ。「プテラ」と「ノドン」ね。まず、「プテラ」の部分は「翼」って意味なんだよ。」
「確かに翼が印象的な恐竜だよね!それでそれで?」
「後半の「ノドン」の部分は、「歯がない」って意味なんだ。というわけで、「プテラノドン」は「翼があって歯がない恐竜」みたいな意味だよ。」
「言われてみれば、プテラノドンは大きなくちばしが印象的で、歯のイメージはないね!面白いねー!」
「ちょっと専門的になるけど、「ノドン」の部分は「アン」と「ドン」という二つのパーツに由来していて、「アン」の部分は「~がない」の意味なんだ。」
「「アンビリーバブル」の「アン」と一緒?」
「うん!厳密には少し違うけどそんな感じだよ(注2)。最後の「ドン」の部分は「歯」という意味なんだ。日本語で「歯」に関するカタカナ語で何か思いつくものあるかな?」
「「デンタル」とかよく聞くね。」
「そう!「ドン」は「デンタル」とも関係する単語なんだ。両方ともdの音で始まってて似てるでしょ?」
「確かに!翔太君、子供向けの絵本をやけに真剣に読んでいると思ってたらそんなことを考えていたのね(笑)」
もっと行けるのでは?
叔父のリアクションが予想外によく、すっかり気分をよくした私は、思い切って英語史の授業の語形成の回で扱う、より専門的な内容にも触れてみました。
「ちなみに、「プテラノドン」の「プテラ」の部分はドラえもんに出てくる「タケコプター」の「プター」と一緒だよ。「タケコプター」は「ヘリコプター」をもじったものだと思うけど、「ヘリコプター」はそもそも「ヘリコ」と「プター」に分解することができるんだ。「ヘリコ」は「らせん状の」、「プター」は「翼」って意味で、全体で「らせん状の翼」って意味なんだ。」
「知らなかったー!」
「でも、「ヘリコポート」ではなく「ヘリポート」(ヘリ+ポート)なんて言葉まで登場するくらい、「ヘリコプター」は「ヘリ」と「コプター」からなる語だと理解されることが多かったみたいなんだ。だから、「タケ」と「コプター」からなる「タケコプター」(タケ+コプター)は、本来の境界線とは異なるところで言葉をわけた結果生まれた言葉と見ることができるんだよ。」(注3)
「「タケコプター」よりも「タケプター」の方が厳密には正しいってこと?でも、おじちゃんは「タケコプター」の方が響きが良くて好きだなー(笑)」
伝わってるー😭最後の最後まで付いてきてくれて、好意的なリアクションを返してくれた叔父には本当に感謝です!!(注4)
その後もしばらくの間、恐竜の絵本をパラパラめくりながら、英語史ネタを探しました。またの機会に関連する記事を投稿できればと思います。ちなみに、冒頭で簡単に触れた「トリケラトプス」も英語史の観点からもっと掘り下げられます。思わぬところに英語史マターが潜んでいること、英語史をお茶の間に広めるためには家族や親戚、友人レベルでのローカルな活動(hel活)も必要であることを強く認識したお盆休みでした。ギリシャ語やラテン語の勉強もしないといけないですね…。
この親戚の集まりの後、動物園に行き、数々の英語史ネタを発掘し興奮した話はまたの機会に(笑)。
注
1:odonと共通の起源を持つ語として、dentalを挙げましたが、実はtoothも共通の起源を持ちます。dentalとtoothのペアに見られる子音の対応関係は、通称「グリムの法則」によって説明できます。詳しくは堀田先生の記事「なぜ「グリムの法則」が英語史上重要なのか」や専修大学大学院の学生が作成したコンテンツを参照してください。なお、Merriam Websterの説明における「more at FEATHER, TOOTH」の箇所は、pteronとfeather, odonとtoothが共通の起源に遡ることに注意を促しており、間接的に「グリムの法則」に利用者を誘うトラップ(誉め言葉)となっています。
2:英語史ではこの現象を異分析(metanalysis)と呼びますが、ここではわかりやすさを優先して使いませんでした。異分析については以下の動画がわかりやすいです。
3: 「厳密には少し違う」と答えた理由は、「アンビリーバブル」の「アン」はan-ではなくゲルマン系のun-に遡るからです。しかし、どちらも究極的には共通の祖先に遡ります。詳しくはThe American Heritage Dictionary Indo-European Roots Appendixのneの項を参照してください。
4: 英語のPteranodonの最初のpが黙字であることを指摘し、英語の綴字と発音の話に持っていこうかと思いましたが詰め込みすぎなので流石にやめました。プテラノドンは、語源、グリムの法則、語形成さらには英語の綴字と発音の問題にまで話題を発展させられる熱い恐竜ですね!
参考文献
西川盛雄. 2006. 『英語接辞研究』 開拓社.