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9月23日 「鼻下長紳士回顧録」を読んで、過去の自分のクソ無駄遣いに感謝

秋の匂いが濃くなった日。数日前までは、「日差しや空気の種類はほとんど秋なんだけど、なぜか日光の強さと気温だけが高い」ズレた天候が続いていた気がする。今日は空気の質も手触りも秋だった。秋はやけに懐かしい。他の季節では感じられない感覚が秋にはある。

少しだけ仕事して、読書。昔ちらっと読んだきりだった、安野モヨコの「鼻下長紳士回顧録」をあらためて買い直し、読了する。

「鼻下長紳士回顧録」はパリの売春宿を舞台にしたストーリー漫画。難解ではないのに引き込まれる魅力があるお話。
そして画面を覆うイラストの華やかさ。
宝石、リボン、花、真珠、紅茶、レース、ガターベルト、オーデコロン、花、フリル、甘いお菓子、口紅、羽、蝶、網タイツ、花、花、花。
ページが一枚絵として成立するくらい耽美でロマンティックでガーリーなのにストーリーが冷たく進んでいく不思議さ。
上・下巻で完結するので読みやすい。女の強かさ、そして人間の愚かさ、可愛さを味わえる作品だった。

物語を読みながら、自分が本当は何を求めているのかを自分でちゃんと理解することって難しいよなと考えてた。作中でとある紳士の名言として扱われている「本当の変態とは名付けることのできない欲望を抱えた人間のこと」という言葉は、本当に本当にそうだなと思いながら読んだ。

顕在化している、名前のついているわかりやすい欲望を「自分の欲望だ」と思うこと、思い込むことって実際よくある。
その方が何も考えなくていいから。一般的に説明しやすいから。わかりやすいから。

金を稼ぐ、偉くなるとか。結婚して子どもを作って家を建てるとか。推しに1000万円貢ぐとか。人助けをしたいとか。あいつぜってー殴るとか。女をはべらかしたいとか。乱交したいとか。5000万円寄付したいとか。小説家になりたいとか。大きな犬と一緒に暮らしたいとか。

そこに別に優劣はない。どれも欲であることに変わりない。

でもその裏に、名前のつけられないような欲望が本当はある場合がたくさんあって、それが突然親知らずのように顔を出してきてしまった結果、人の世界のトラブルは絶えない。

人助けをしたいと思っていた人の本当の欲望は、誰しもからちやほやされて自分の劣等感を埋め合わせたいというものかもしれない。もしくは、何かしらの罪悪感を遠ざけたいというものかもしれない。

女をはべらかしたいという欲望は、男女問わず誰でもいいから、たった一人の心を許せる人に、泣きながら辛かったことを吐露して、優しく抱きしめてほしい、というものかもしれない。

たくさんの異性と欲望のままに交わることが自分の欲望だと思っていたのに、本当はたったひとりの優しい異性と強く関係性を結んで家庭を築いていくことこそが、真の望みだったのかもしれない。

物語の中でも、「自分の本当の望みが知りたくて、みんな行為に耽るのだ」というようなセリフがある。そういう意味では、積極的にさまざまな”行為”に耽った方が、より自分の望みには近づくのだろうな。

わたしの現在の安寧と平穏は過去のわたしがたくさん”耽ってくれた”からなんだな。たくさんの時間とお金の無駄遣いをしてくれた自分に感謝だなと思っちゃった。わたしの本当の望みはそのおかげで見つかったから。

全人類それぞれ変態。あとはそれに気づくかどうか。


↓めちゃくちゃ素敵だ


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