優柔不断な男の話
その男は、定年退職後しばらくすると、また仕事をしたいと思うようになった。
「毎日毎日、家事と読書と散歩では味気ない。ささやかでも、なにかしら社会との「つながり」が欲しい」。どうやらそんな風に考えたらしい。
「せっかく仕事をするなら、自分ならではの能力を生かせる仕事が望ましい」。しかし、男にはとりたてて自慢できるような特殊技能も専門性も資格もなかった。
そんな彼が以前から興味をもっていたのが「校正」の仕事だ。
「文章を書いたり読んだりするのは好きな方だし、地道にコツコツと作業をするのは性に合っている。在宅、不定期、単発の仕事であれば、無理のない範囲で、マイペースでできるのではないだろうか」。
ずいぶん都合の良い考え方だ。
早速、ネットで調べてみると、J 財団法人の通信講座を修了して、認定試験に合格すれば「校正士」の資格(民間資格)を取れるようだ。六か月コースで、受講料は約四万五千円だ。
優柔不断な男は、数か月迷った末に、講座の受講を申し込み、学習を開始した。
カリキュラムは六つの単元に分かれており、単元ごとにテキストを独習し、練習問題をこなし、課題(テスト)を提出して、添削指導を受ける。
男は、退職翌年の5月からはじめて順調に学習をすすめ、10月には第六単元の課題を提出し、最後に修了試験に合格して、11月に無事に修了証書を手にした。
学習時間は一単元当たり平均10時間程度だった。
さて問題の資格認定試験であるが、試験の詳細は講座終了から約三か月後に案内が届くという。
その間、さらに実践的な上級コースも用意されていて、主催者側は強く受講を勧めている。
しかし、最初の講座の受講料に加えて、さらに四万円以上の費用がかかる。
費用もさることながら、受講するとなれば膨大な量の課題をこなすこととなり、六か月コース以上に時間もとられそうだ。
上に記したように、六か月講座では単元ごとに課題の提出を求められるのだが、男の課題の平均得点は100点満点で93点、修了試験も90点で、比較的好成績だった。因みに合格点は60点だ。
この成績なら、上級コースを受講しなくても認定試験は合格できるのではないか、彼はそう考えて受講を見合わせた。
その後、ようやく資格認定試験の案内が届いたのが翌年の3月、受験料六千円を振り込むと、4月に試験問題が郵送されてきた。
試験問題は、全4問、素読み校正2問、引き合わせ校正1問、漢字問題1問だった。
在宅試験で辞書等の参照は自由なので、漢字問題は全問正解で当然だ。校正問題3問についても、男はじっくりと時間をかけ、二度、三度と見直しをして、解答作成に万全を期した。
「これでもし不合格なら、俺はよほど適性がないことになるな」と考えながら、期日までに解答を返送した。
「合格間違いなし」と確信して待つことひと月余り、6月初めにそろそろ通知が来る頃と思い、郵便受けをのぞくと、薄っぺらい封筒が届いていた。
いやな予感と胸騒ぎを覚えながら開封すると、まさかの不合格通知!である。
男は唖然とした。何かの間違いではないか!
不合格通知には「このたび認定委員会で審査を行ったところ、合格基準を満たしていない結果となりました」旨の通知文に加えて、解答の留意点として、4問で合計21のチェック項目が列挙されており、チェックされている項目が「あなたの留意すべき事項です」と記されている。
数えてみると、そのうち11項目のチェックボックスに赤字でレ点が付されていた。
なんと、彼は、半分以上のチェック項目で減点の対象となった!ということらしい。
通知の最下部の余白には、赤字で「あと一息でした。」という、慰めとも激励ともつかないひとことが「決まり文句」のようにあっさりと添えられていた。
どうやら間違いではないらしい。
封筒の中には、ほかに、二か月後に実施される次回の認定試験の「実施要領兼受験申込書」と受験料振込用紙が同封されている。Get a Second Chance!
しかし、合格ラインが何点で、今回の彼の得点が何点だったのかもわからない。合格率も非公表である。もう少し情報公開してくれたらいいのに。
男はいま悩んでいる。
解答用紙を郵送する際に「これで不合格なら適性なし」と確信したのだから、潔く見切りをつけようか? しかし、そうすると、これまでかけてきた五万円以上の費用と時間が水の泡だ。いや、通信講座自体は修了したのだから、まったくの無駄ではないにしても、試験に合格しなければ技能を習得した証明にはならないのだから、かけた費用と時間に見合った成果とは言えない。
雪辱を期して、もう一度試験を受けるべきか? だが、前回の解答用紙が添削されて戻ってきているわけではないので、「留意事項」だけでは、具体的にどこに見落としがあったのか、まったくわからない。このまま、もう一度挑戦しても、同じ結果が繰り返されるだけではないか?
こうなったら、さらに四万円以上をつぎ込んで上級コースを受講し、特訓を重ねてから再試験に臨むことにするか? 資格商法!という考えたくない言葉が彼の頭にちらつく。しかし、六カ月の講習期間中の講師陣の対応は比較的良心的であったように感じる。
そもそも資格を取ったからどうだというのだ? 資格認定機関から仕事の紹介や就職のあっせんなどもあるようだが、だからといって資格さえあれば安定して収入を得られるという保証などどこにもない。
本当に仕事がしたいのであれば、資格があろうとなかろうと、粘り強く真剣に求職活動を続ける覚悟が必要だ。在宅、不定期のアルバイト程度でよいなどと考えている限り、仮に資格を取得して、たまに仕事にありついたとしても、わずかな小遣い稼ぎ程度にしかならないことは目に見えている。それでも資格にこだわるべきなのだろうか?
考えてみれば、彼は、職場を離れて肩書を失ってしまったことが寂しくて、ただなにか新しい肩書がほしいだけなのではないか。だとすれば愚かな悪あがきではないか。
だが、そうして手に入れた「肩書」が、彼の残された生涯に新たな展望を開くうえで、なにかの「きっかけ」にならないとも言えないのではないか。
その男はまだ悩んでいる……。
その男がだれのことなのかは、もはや言うまでもないだろう。
(続く……かもしれない)