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第二十三話 「世界の中心」

新しいクラスに溶け込み、思い出作りを始めたのも束の間、五年生になり、クラス替えとなった。また知らない人達と接するのかと、半ばまた転校したような気持になったが、元々学年全体の雰囲気が良かったので、打ち解けるには時間はかからなかった。この学校は2年ごとにクラス替えがある為、五年生、六年生と、小学校生活の最期の時間を共にすることになる、いわば、戦友達である。

担任の先生も変わった。おそらく三十代前半くらいの、色白で、少し天然パーマの、メガネを掛けた、話し方の柔らかい、優しそうな、男の先生だった。だがこの先生、今の時代ならすぐ問題になる程、実は怒ると豹変するのだ。この先生のエピソードはおいおい書くとして、クラス替えによって、それまで仲の良かったグループのメンバーとはほとんどバラバラになった。わざとなんじゃないかと思うくらいだ。今考えると、クラスのメンバーはどういう基準で決めているのだろう。先生達が集まって、くじでも引いているのだろうか。

私は新しいクラスを見回す。体が大きくいかにもケンカの強そうな男子、小柄で内気そうな女子、どことなくガチャピンに似ている男子、小学生離れしたスラっと背の高いモデル系女子など、なかなか個性が強そうな人ばかりだ。私はというと、この頃には転校を二度経験したせいか、初対面の人に声をかける事が気にならなくなっていた。元々学校が好きだったし、人を笑わせる事に喜びを感じていたので、あっという間にクラスのお笑い担当になるのだった。

そんなお笑い担当にも、心の変化が芽生え始める。異性に対する興味だ。よく見ると、このクラスかわいい子が多いのではないだろうか。それとも、興味を持ち始めたからかわいく見えているだけなのだろうか。どっちにしろ、私は思春期の入り口に立つ。

その一方、勉強の方も絶好調だった。特に、国語、算数、社会だ。テストの点数は、低くても八十点はキープ、九十点以上は当たり前だった。奇しくも、義父との生活でおもちゃもテレビゲームもなく、何もない部屋でひたすら教科書を読み漁るしかなかった経験が、ここに来て爆発する。

こうして私は、授業中ふざける割には点数が良いという、ある意味厄介な奴になる。

そこそこ賢くなってしまったものだから、変に悟ってしまって、勉強以外の活動が無駄なことに思えてくるようになる。クラブ活動や委員会活動、掃除の時間などだ。絵を描いたり、物を作ったりする事も相変わらず嫌いだ。自分の顔を描いたところで何になる。ダンボールで手作りのゴミ箱を作ったところで何になる。ゴミ箱なら家にある。

そんな調子に乗っている私に、今となって後悔する出来事が訪れる。

それはホームルームの時間だった。クラスの学級目標を立てようということで、話し合いが行われた。私はそこで、少しも悪びれることなく、平然とクラスのみんなに言い放った。

「どうせ無理なんだから目標なんて立てたって意味ないじゃん」

よくもまあ、こんなことを言えたものだ。これを悪気無く言っているのだからタチが悪い。

あの時の自分にこう言いたい。

「違う。意味無いことなんて無いんだ。達成出来るか出来ないかが大事なんじゃない。行き先を決めるって事が重要なんだ。これからお前はその考えのままフラフラとした人生を歩み、やがてとんでもない挫折を経験することになる」

未来の自分にこう思われることになるとはつゆ知らず、私は得意げに、さも本質を突いてやったと言わんばかりの表情で、みんなを見回す。辺りは、聞かなかったことにしようという空気に包まれ、構わず話し合いが続けられた。

小学生の私は心の中で続ける。

「だってそうじゃないか。クラブの目標、委員会の目標、係の目標、将来の目標、何かっていうと目標目標って。本気で目標に向かってる奴どれだけいるっていうんだ。明日にはみんな忘れてるじゃないか。どうせ忘れるんだったらこんな時間無駄じゃないか」

未来の私はこう諭す。

「それも違うんだ。お前は周りを意識し過ぎている。行動の軸を外側に持ってしまっているんだ。みんながこうだから自分もこうするといった具合に。そのまま自分の頭で考えないで受け身の行動を繰り返していると、いずれ自分を見失う時が来るんだ。今まで俺何やってたんだろうって」

未来の私は続ける。

「今のお前は学校が楽しくて仕方がない。よくわかる。でもそれは、学校に自分の世界の軸を置いてしまっているんだ。もし今、大地震か何かで学校が無くなったら?残るのはあの愛情のかけらも感じないすさんだ家庭だけだ。そして軸を失ったお前は深い孤独を味わい、立ち直る事が出来ないかもしれない。だから、世界の中心は常に自分の中になければならないんだ。世界がお前をどうするかではなく、自分が世界をどう創造するかなんだ」

その後クラスには、何度かの話し合いを経て、それなりの目標が出来上がった。

無論、どういう内容の目標だったかまるっきり覚えていない。

だって、目標など必要ないと思っていたのだから。

過去は、変えられない。

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