極北をつなぐ風【ハイダグワイ移住週報#17】
11/28(火)
いつものトレイルを走りに行く。家から徒歩30秒で深い温帯雨林、走って3分で見渡す限り何の人工物の見えないビーチに出ることができる。サルサとウォーリーは無我夢中で走り回っている。素晴らしい環境だ。
先週の大嵐の影響か、トレイルにはまだ倒木がたくさん残っている。慎重に避けながら快調にスピードを上げていく。半年ほど愛用してきたHokaのSpeedgoat 4トレイルランニングシューズ、グリップがだいぶ弱くなってきた。トレイルのみならず普段履きにも使い倒していたからだろうか。買い替え時が近い。
ビーチには鹿の骨がたくさん落ちている。ハンターたちが解体し終わった骨をビーチに捨てるのだという。あまり見ていて快いものではない。犬たちは嬉しそうにがっつく。
帰宅した頃にはすでにお昼ごろで、炊き込みご飯の支度をしてからシャワーを浴びる。椎茸とにんじんの炊き込みご飯、サーモンのムニエル風照り焼き、チンゲンサイのオイスターソース炒め。ささっと作り、同居人と食事にする。間違いない。
このところあまり良質な睡眠が取れていなかったのか、お昼ご飯後にずっしりと疲れがのしかかる。一時間ほど昼寝。
昼寝から目が覚めると、庭から声がする。ルーク(隣人)とタロン(同居人)がゴムボートを川に出して試走している。タロンは手術から帰ってきた後、気分が上がらず塞ぎ込んでいたので、こうして楽しそうにしているのをみれてほっとする。
「僕の弟のバチェラー・パーティはこの無人島でやったんだ!そこらじゅうにホタテが転がっていて、ウニも取り放題。いいサーフィンもできる。この世の楽園だよ」生粋のハイダグワイっ子であるルークが地図を開いて見せてくれる。ハイダグワイ太平洋岸に位置するレノル湾。バチェラー・パーティって無人島でやるものなのか?
「気晴らしにキャンプでも行ってきたら?ここのポイントでは一気に水深が下がるから、いいサイズのハリバットが釣れる。この川はグースを撃つのに最高だよ」ルークのすごいところは、「こんなとこには行かないだろう、、」という島の片隅まで知り尽くしていること。流石は島育ちで生涯をカヤックに捧げてきた男である。
父親は島内でも随一のカヤッカーだったという。幼い頃から年中兄弟と共に父親に連れられ島中を漕ぎ、時にはアラスカへ、時にはアフリカへとカヤックをかついで旅に出た。兄とともにカヤックツアー会社を経営し、夏には10回以上も南島を往復していたのだとか。
ルークのおすすめで突如キャンプが決まる。明日出発してベースキャンプを建て、水木でキャンプ。僕は一度スキディゲートまでバイトで戻り、土曜の夕方にはまたレノル湾に戻って合流する。「簡易的なキャビンも建てて、サウナも作ろう。鹿も鴨も撃ちまくるぞ」同居人はハイパーなので普通にやってのけそうなので困る。
11/29(水)
朝、ベッドから這いずり出る。体が冷える前に熱いシャワーを浴びる。今日からレノル湾周辺でキャンプ、カヤックだ。アクセスが難しく、荒れる日も多いハイダグワイ太平洋岸。まだ行ったことがなかった。楽しみ。
ごきげんでパッキングし、車の状態を確認する。ハイダグワイで村を出て走る時、日常点検は必須だ。圏外のハイウェイで凍えながら誰かが停まってくれるのを待つようなあんな惨めな思いはもうしたくはない。
先日のノック音の異常から、車はとりあえず帰ってきていた。タイヤの修復とサスペンション・バーの点検。原因不明だという。どちらにせよ、しばらくは走れるのではないか、ということだった。
タイヤを確認していると、また別のタイヤ圧が大きく下がっている。パンクか?それとも他の不具合?一週間に二度目のタイヤ事案。やはり走るのが怖くなる。整備士に電話をかけ、ゆっくり村に走らせる。
ハイダグワイにおける生活では、車はライフライン。これまではもちろん車なんて持ったこともなかったし、基本的に電車移動推しだった。どんなど田舎にもバス路線くらいは走っている日本って恵まれているのだと思う。
同居人は久しぶりに快活に見える。ハンティング用のライフルを見て、ウォーリーも嬉しそう。従順な狩猟補佐犬のウォーリーは、いつも鹿肉解体時にガン極まった顔をする。
トラックにゴムボートとサーフボード、大量の水夫袋を投げ込む。カナダ人のキャンプは豪快だ。地図?自分の頭の中。雪?立ち往生しても気にしない。食料?鹿を狩ってホタテを採る。そんな具合である。
いいなあ。車の状態が良ければ参加できたのに…。とはいえ、今の状態でロギング・ロード(林業用道路)を二時間も走る勇気はない。ちょっと無気力を感じつつも同居人を送り出す。
「二週間くらいで帰ってくるつもり。ちょっと自然のなかでゆっくりしてくるよ」このところ仕事での人間関係、手術、家のものがいろいろ壊れるなどの多くのストレスを抱え込んでいた同居人である。ちょっとこちらも見ていて辛かったところもあり、こうして意欲的になっているのを見るのは嬉しい。
車を修理してもらっている間、村の図書館で時間を潰す。週四日しか空いていない図書館だが、古き良きログハウス建築とハイダグワイ資料の豊富さから島内のお気に入りスポットのひとつ。
最新号のナショナル・ジオグラフィックをぱらぱらとめくる。やはり自分のゴールのひとつはここにある。毎回あっと驚かされる企画、息を呑むようなグラフィックと写真。全てのページがアートワークだ。
この雑誌に寄稿したいというよりは、このようなメディアを作ってみたいという思いがある。ナショジオ・フォトグラファーのように記事をアサインされて世界中を飛び回って撮影するのも大変心ひかれるが、自分は自分の興味あるものしか撮れないし、書けない。いまのところは、という留保事項付きではあるが。
電話を受け取って整備工場に向かう。「釘が刺さってたから修復したよ。でも位置が悪く、疑問が残るね。とりあえずは走れるけど、全タイヤ交換と大規模メンテナンスまでの時間は稼いだって感じだよ」
タイヤは取り寄せ、交換含めて$1,300(14万円弱)は下回らない。その他のメンテナンスも決して安くはないだろう。胃が痛くなる。
そう塞ぎ込んでもいられないので、その足で村のパブとスーパーの求人情報をとりに行く。元々はヘルスケアや先住民施設などでしっかり働き、労働ビザ取得につなげたいという思いもあったが、今更そんな悠長なことも言ってられない。「ハイダグワイに来年秋まで滞在する」が最大の目標。労働ビザや永住権のことはあとからでもきっとどうにかなるだろう。今は仕事を選ばずにドルを手に入れるしかない。
***
キャベツとにんじん、玉ねぎ。パンケーキミックスにバター、ベーコン、パスタ。あとは猫砂。同居人がいないので自分の買い出しをする。これで$60(7000円弱)なのでため息が出る。生きていくにはお金がかかるとはいえ、この島の物価の高さにはいつも鳥肌が立つ。
ちょっと気が落ちそうな時こそ、きちんと生きることが大事だというのが僕の人生哲学のひとつである。キムチ・チャーハンと卵スープをつくり、たらふく食べる。キッチンを掃除した後はたっぷりのブラウン・シュガーとバターでクッキーを焼く。家中に甘い香りが広がる。
11/30(木)
朝まどろんでいると、電話がかかってくる。こんな朝早くに誰だよ、と思いつつも画面を見ると、もりるりからだった。もりるり、こころ、ゆうかは大学時代からの親友である。高円寺で三人で会っているらしく、ビデオ電話を繋いでくれた。
三ヶ月ぶりくらいに話す。みな人生を前に進めていた。それぞれ各々の営みをしっかりと繋いでいっているのと同時に、それでも近況を話し合って集まれるということは本当に幸せなことだと思う。
大学を卒業してから一年半、東京を出てさまざまな場所を転々としてきた。行く先々で心躍るような出会いがあり、これまでの考えが覆される経験もあった。それらは自分が身軽に動いているからこそ手に入れられたものである。
しかし同時に、東京や大阪にたくさんいる友人たちと離れてしまうのは、なんとも耐え難いことでもある。僕が新たな場所を通過し、新たなコミュニティに出会う間、彼らは彼ら同士での間柄を深め合っている。そう思うとやるせなくなることもある。
少なくない数の友人は疎遠になり、SNSでフォローしあっていても近況を聞くような勇気もない。ただ、定期的に安否確認をし、お互いの人生の現在地を確かめ合える友人が数は少なくともいるということ。それを思うだけで、僕の心はふわっと軽くなるのである。彼らとまた再開できるのがそう遠くない未来のことであることを祈る。
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8時過ぎに目が覚める。静かな天気だ。さっとパンケーキを焼き、コーヒーを淹れて朝食にする。
メールを確認すると、一ヶ月前にアプライした仕事の返信が来ていた。「来週月曜日、面接に来られますか?」やった。思わずガッツポーズをする。テンションの上がる曲をスポティファイで流す。
ちょっと気分が下がり気味だったので、久々に心が躍る。外国での仕事のジョブ・インタビューは何年ぶりだろう。どんな受け答えをすれば良いのだろうか。その仕事をお薦めしてくれた現職の友人、JJにアドヴァイスを乞う。
「あんた自身を最大限知ってもらうんや。ちゃんといろんなイベントに顔出して、エルダーたちに気に入られてるやろ?そういうことアピールすんねんで」彼女もクロアチアからハイダグワイにワーキング・ホリデーでやってきた後に移民した経緯を持つ。親身になって相談に乗ってくれる姉御分だ。
朝焼いたパンケーキの残りとバナナを食べ、カヤックの支度をする。本来今日は太平洋岸を漕いでいたはずなのに、車のトラブルでここにいる。今の車の状態ではオフロードはあまり走りたくはない。だったら家の裏の川を漕げば良いじゃないか。
モンベルに支援してもらった新しいパドリング・ジャケットに袖を通す。ちょうど良い。Tシャツの上から羽織れば、防水防風。静かな冬の日のパドリング時はこれでいい。フィッシング・ウェーダーの上にパドリング・ジャケット、というのが現状での最適解かもしれない。
数日まえが大潮ということもあり、満潮時には川がひたひたに満ちている。鏡のように平かな川面にカヤックを滑らせる。荷物を何も積んでいないので乗る時に少し不安定だが、漕ぎ出せばなかなか良いスピードを出してくれるのが我が船「ハピネス巨大銀鮭(Taay Gudangee Iiwan)」号。
家の裏にはチュム川という川が流れており、200メートル下流でサンガン川に合流する。河口まではさらに200メートルほどだ。今日はサンガン川とチュム川を行けるところまで遡る。
サンガン川は3キロほど漕いだ場所で大きな倒木がある。シーカヤックは20cmでも水深があれば進めるが、流石に木は乗り越えられない。潮の流れに乗って今度はチュム川を遡る。チュム川は蛇行しながら奥地に伸びていく川だ。塩害に強いスプルースが岸のきわまで生え、川筋は暗くて狭い。
モンベルのパドリング・ジャケット、なかなかに心地がいい。肩にあるポケットにGRも収納できる。撮影も楽だ。これは重宝しそう。
***
ハイダ語の授業。いつものルイズおばあちゃん、先生のジェサルジュスの三人。先週はZoomで受けたけど、やはり言語は先生と対面で話せる方が疑問も解消できるし、発音の矯正も楽。ガソリン代はかかるけれど、授業は無料なのだからトントンということにする。
授業後、祈りの言葉に出てくる「ハーワ・サラーナ(創造者よ、感謝します)」の『創造者』の意味を聞く。ルイズおばあちゃん曰く、創造者は神でもあり、主でもあり、大いなる何かでもあるということ。ハイダ族における創造者というより、さまざまな宗教やアニミズムにおける創造主を指すのだろうか。研究が待たれる。
12/1(金)
コーヒーを魔法瓶に入れ、猫の餌を多めに残して南部のスキディゲート村へ。毎週恒例となってきた通勤ドライブ。120キロ、一時間半の道のりである。
なかなかの長距離ドライブ通勤だが、わりに気に入っている。渋滞も信号もない一本道をひたすら飛ばして走るのは気持ちがいい。
「フライド・チキン・フライデー」と称し、フライド・チキンのバーガーのセールを行う金曜日。店に来てくれる村の人々も少しずつ顔見知りが増えてきた。名前を覚えてくれている人も。嬉しい。
今日は特に忙しくて、12時から二時間ずっとラッシュ状態。チキン・バーガーは合計で58食も売れた。僕もお昼に賄いでいただく。シェフのアーモンドはフライドポテト(彼に言わせるなら「フレンチ・フライズ」)に凝っている。前日の一度揚げと提供前の高温二度揚げで中はホクホクで水っぽくなく、外は心地よいクランチーさが残る。絶品である。
基本メンバーはアーモンド(モントリオール出身、35歳、シェフ)、エリン(ハイダ族、四十代くらい?、パン焼き)、ソフィーン(バンクーバー出身、21歳の学生)、そして僕である。心持ちのいい人々だ。
「今日の夜はバーに集合ね!」エリンはヘアトリートメント後でつやつやの髪をなびかせて上がっていった。最近彼と別れたらしくて旺盛なのよ、とソフィーンが耳打ちしてくる。なんやそれ。
ちょうど16時に掃除も終わり、退勤。アーモンドの家に向かう。金土の二日間働いているのだが、続けて120キロ往復ドライブはしんどいのでシェフの家の空いているベッドルームを使わせてもらっている。とてもありがたい。
なんとも美しい夕方だったので、村の海岸沿いを走る。最南部のダージン・ギーツ村を目指す。
すぐに暗くなるし、街灯もないのでささっと村に戻ってくる。「どこまで走ったんだ!」家から顔を出したおっちゃんが聞いてくる。隣村までだよ、というとガハハと笑って褒めてくれる。本当にガハハと笑う人間っているんだな、と思う。
家に戻ると、アーモンドの友人であるジェームズが遊びに来ていた。すでにだいぶ酔っ払っている模様。「アイシテルヨ〜!」開口一言目がこれである。
ソフィーンがくると四人で夕食にする。スパイシーに味付けしたベイクド・カリフラワー、ムースのミートボール。シェフが作ってくれるご飯はいつも天才的だ。泊めてくれてご飯も出してくれる。至れり尽くせりである。ちなみに学生スタッフであるソフィーンは先月からシェフと付き合っている。なんで??
ソフィーンの運転で隣村のバーに向かう。そこまで狭くはないバーだが、先住民らしき村人からソフィーンの友達の大学生たちで賑わっている。今日はフライデー・ナイト、生演奏のバンドも入っている。
バンクーバーからひと学期間やってくる学生たちはピンボールに夢中で、ノリのいい曲がかかるとダンスホールで踊る。田舎のバーのこの感じ、エドシーランのPVっぽい。久しぶりに同世代の女の子がたくさんいるので僕も緊張する。単純である。
最近レストランの売り上げがいいアーモンドは気前よく学生たちと僕たちスタッフにテキーラ・ショットをご馳走してくれる。しかも5ラウンド。
音楽に体を任せて辺りを見回すと、ソフィーンは友人たちと飛び跳ね、来る前から出来上がっていたジェームズはおばちゃんたちにハグしようとして叩かれ、アーモンドは壁に顔を打ち付けてヘラヘラしている。ある程度の量のお酒を飲んでも気を保てるというのは僕の数少ない資質(?)である。これは撤退どきだ。
またまたソフィーンの運転で家に戻る。助手席ではアーモンドが昏睡、後部座席では僕とジェームズの謎のカラオケ大会である。
帰宅後はそのまま皆ベッドへ直行。こんな夜遊びもお酒の量も久しぶりだった。いつもとは言わないけれど、時には羽目を外すような日も必要なのだろう。水をたくさん飲んで、歯を丁寧に磨いて、ちょっと重い頭をゆっくりストレッチしてブランケットに潜り込む。
12/2(土)
昨晩は村のバーでなかなか飲んだのにも関わらず、朝起きた時にはあまりお酒が残っていなくて安心。お酒の量と同じだけ水を飲むのがコツである。
起きてリビングに行くと、昨夜暴れまくっていたジェームズが頭をもたげている。「バーとか行ったっけ?」そういえば行く前からかなり出来上がっていた男だったな。アーモントもソフィーンも爆睡している。今日はお店を開けないことになる。なんやそれ。
というわけで仕事もなくなったのでコーヒーを淹れ、ジェームズと眠気醒ましにビーチを散歩する。ビーチ・コーミングが趣味だという彼は浜辺に転がっている石についてたくさん教えてくれる。
「向こうに小さな島があるだろ?あそこの浜で大きなアメシストを見つけたんだ。掘りこすのに四時間もかかったよ」
大部分が安定陸塊で占められているカナダの国土において、ハイダグワイの位置する太平洋岸は活発な地殻変動が見られるレアな領域だ。「これが火山活動のしるしだ」とジェームズが見せてくれたのは石英とライムストーン。
お昼前にマセットまで戻ることにする。みんなにまた来週ね、と挨拶をしてガソリンを入れる。
「今日はクランベリー摘みにいくわ。来る?」
給油中にデラヴィーナおばちゃんからメッセージがくる。スキディゲートから向かうから二時間後に合流するよ、と返信し、北へ急ぐ。
近場のBog(湿地)にいくと、すでにデラヴィーナとロバータが熱心にベリーを摘みまくっている。出遅れた分、僕も集中して摘み続ける。
4時を過ぎると一気に暗くなる。「帰りどきが難しいよね」とデラヴィーナ。そこらじゅうにクランベリーが散らばっている。サイズもなかなかいい。帰ろうと思っても何度も立ち止まってしまう。
夜には椎茸の炊き込みご飯とキャベツたっぷりの味噌汁をつくる。サーモンは解凍したけれど調理する気力がなく明日にとっておくことにする。
12/3(日)
朝から不安定な天気。大きな低気圧が近づいている。昨晩は週報の執筆→公開とニュースレターの設定なのでだいぶ夜更かしをしてしまった。ゆっくり9時過ぎに起きる。
このところ週報や日記、外部連載などの文字書きばかりに追われている。書きたいものが多過ぎる。
箇条書き形式に日記を残しておくのは週報記事にも今後の振り返りにも役立つだろう。外部連載は毎月本腰を入れて一つのテーマについて書いているが、テーマの策定からどんなエピソードを添えるかまで考えることが多過ぎる。カナダワーホリの事務的なことや車の買い方とかの記事も残しておきたいし、ハイダ語の試験にむけてハイダ語の記事も書き残しておきたい。
でもやはり一冊の本として世に出すための原稿・アイデアも練っていきたい。しっかりと読み応えのあるものを書いて、ちゃっかり何かのノンフィクション賞を取りたいという下心もある。
どっちにしろ昨晩からパソコンと睨めっこしていたので、サウナに火をつける。今日は燃えやすいレッドシダーだけでなく、熱く燃えるよく乾いた広葉樹の薪もぶち込む。サウナ用ストーブは火がいい感じに焚き着くまでちょっと時間がかかる。
カンカンにあつくなった。体感百度近くはある。薪ストーブサウナでここまで室温を上げられたのは初めてだ。しっかり3セットキメる。
シャワーで汗を流して手元にあった数冊の本を乱読する。旅エッセイ、ポテチに関する新書、ハイダの絵本。不思議なもので、本に触れるとやはり本のアイデアが浮かぶ。
はっと思い付いたのは、ハイダグワイと日本の北方文化・縄文文化をつなぐような壮大なストーリー。同じ血をわけたモンゴロイドたちは、日本列島に渡って縄文人やアイヌになり、ベーリング海を渡ってハイダ族や太平洋岸ファーストネーションになった。
ハイダグワイに住んでいる人々(先住民か移住者を問わず)にとって、日本は身近な存在と捉えられているような感覚がある。これまで十人弱のひとびとが来年日本に遊びに行くんだ、と語って日本語で挨拶してくれた。エルダーたちに日本から来たんです、というとハイダ族と日本人の不思議な話をたくさん教えてくれる。
太平洋を跨いでいるとはいえ、日本列島→千島列島→アリューシャン列島→アラスカ→ハイダグワイという形で日本とハイダグワイは島繋ぎに繋がっている。どかんと太平洋が居座るメルカトル図法で世界を考えてしまうから僕たちはカナダ太平洋岸と日本は遠い存在と考えてしまうが、島々を線で繋げばそんなに遠く離れたものではない。
自分のハイダグワイでの生活や文化活動、カヤック、東北や北海道での取材も加えて壮大な太平洋極北文化圏をまたぐストーリーを紡げたら…。夢がある。ちょっと滞っていた読書にも気合が入りそうだ。日本やカナダの大学教授とかもしらべてアポを取ってみよう。
***
夜には昨日突然DMをくれたシアトルの学生さんとオンラインで話す。自然を通した教育について勉強しているとのこと。小笠原にいた頃の友人を通して僕のことを知ってくれたのだとか。
「上村さんが『自然との関わりの中での人間らしい営み』というテーマを掲げているのはなんでですか?」と聞かれる。確かに何がきっかけなんだろう。大きなライフイベントとしてはやはりスウェーデン留学だろうが、それに至るまでも、それ以降もさまざまな出会いなり偶然なり必然なりがあって今に繋がっている。
いろんな大人に話を聞かせてください!と言ってきた人間なので話を聞かせてください!と言われるのはとても嬉しい。そういうのはできるだけ僕も還元できたらな、と思っている。与えられたものは与えて返す。
12/4(月)
今日はジョブインタビュー。村にあるグループホームのケアワーカーの求人だった。友人のJJはクロアチア人としてワーホリで来て、その仕事で労働ビザ、そして永住権申請まで行ったという。
グループホームを運営するのはBC州認定の慈善組織。ビザを取るのはだいぶ簡単。普通の仕事なら職歴や学歴、そしてなぜカナダ人ではなく外国人を雇う必要があるのかを証明しなければならないが、慈善団体で働く場合にはそれらの手続きはカットされるとのこと。ハイダグワイにもう少し長く留まりたくなった際のひとつのオプションになりうる。
就活もしたことないしこれまでろくな面接というものを受けたこともないのでもろに緊張する。「ダニエル(面接してくれるマネージャー)はめっちゃええやつやから大丈夫やで」とJJ。
村の図書館のまえにある団体の施設に10時きっかりに入る。ひろめのミーティング室に通され、しばらくするとダニエルが入ってくる。握手して席に着く。彼はドイツのボンからカナダに移民し、ハイダグワイに流れ着いたのだという。
「仕事において倫理的なジレンマを抱えた時はどうする?」
「ちいさなコミュニティで働くにあたって、いかに仕事とパーソナルの境界を作るか?」
「外部からハイダ族の地にやってきて、彼らの土地でサービスを提供する上で、どんなデコロナイゼーション(脱植民地主義化)的な視点を持つべきか?」
など、サポートの仕事や人間中心主義的な職場環境、そしてハイダグワイにおいて仕事をする上での質問を投げかけられる。どれもいい質問だ。
思ったよりすらすら応えられて安心する。もちろん自分の英語力もじわじわと改善されてきているのだろうが、この場所に住んで生きて感じてそれをいつも文章にしていることが大きな助けになっている気がする。いつもちゃんと考えているというのは本当に大きい。
CVにドイツ語を少し話せることも書いておいたので、ドイツ人である彼と最後に少しドイツ語で話す。久々に話した。ちゃんと語彙が残っていて安心する。
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午後にはストームは過ぎ去る予報だったので、村の工房に先週ペン入れをした木材を持っていく。今日はキーランとカヤックパドルを切り出す。
バンド・ソーという機械の使い方を教えてもらう。のこぎりの刃がついたベルトが上下にぐるぐる回って木材を切り出してくれる。彼も子供たちに彫刻を教えているひとり。教え方は手慣れたものだ。
彼の見本に従って角材からパドルを切り出す。まだだいぶ分厚いが、パドルらしき形をなしてきて嬉しい。これからは手作業フェーズだ。
切り出しが終わって工房の外に出ると嵐が去っていた。澄んだ空気、湿った道路と芝、ななめに差し込む陽光が美しい。窓を全開にして車を飛ばす。
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隣の家には誰もいなかったで、サルサを連れてビーチランニングに。コットンキャンディのような雲が浮かぶディクソン海峡。カモメたちも嵐の後で一息ついているようだ。
サルサを返しに隣の家にいく。「夜にポテト・ニョッキを作るの。あとでおいでね」と。お言葉に甘えさせてもらう。
二十ヶ月のエレーナはもうがんがん喋るし踊るしはしゃぐ。とても感情豊かだ。地面の虫も、ブロッコリーも、僕の焼いたクッキーも顔をずんと近づけて凝視し、触り、香りを嗅ぐ。僕たちはいつこんな感覚を忘れてしまったのだろう?
わんぱくシーズンに突入したエレーナの相手をしつつ、日本のテーブルマナーや子育てについてレイチェルと話す。子供にどんな文化や作法を教えるかって本当に大事かつ難しい選択だと思う。いつでもベビーシッターするからね、と伝えて彼らの家を後にする。こんな素敵な隣人がいるなんてなんて幸運なことなのだろう。
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