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加害の歴史と対峙する【ハイダグワイ移住週報#21】

この記事はカナダ太平洋岸の孤島、ハイダグワイに移住した上村幸平の記録です。一月前半の生活レポートをダイジェストでお届けします。

1/2(火)

気持ちよく目が覚める。元日はニューイヤーパーティの二日酔いと筋肉痛で何も出来なかったので、本日が実質的な新年である。めでたい。外はあくまで曇り。ベッドで少し読書をし、一階に降りる。

昨晩茹でたカニを剥き、カニ・オムレツのブランチをつくる。たくさん卵を割り、コリアンダーをちぎったものと玉ねぎのみじん切り、数種類のスパイス、そして夏に海で獲ったカニの身を贅沢に混ぜ込む。バターを落としたスキレットであくまで軽く火を入れ、ふんわりと仕上げる。付け合わせにじゃがいもをダイスに切り、オーブンで焼く。カニ・オムレツとハッシュド・ブラウンのブランチだ。

カニをオムレツにしたりコロッケにするのは、カニが高価な日本では信じられない(きっとカナダ本土でも)。豊富に獲れる島生活ならではだなあ、と舌鼓を打つ。溶かしたチーズをかければ至福の味。

今日から仕事が本格的に始まる。週3.5日、15:00-22:00のシフトだ。午前中を効果的に使えるライフスタイルにしていきたい2024年である。朝ごはんを食べた後は日記を書き、しばらく読書をする。

1月に入ったというのに気温は5〜10度前後。穏やかな天気だ。「いつもだったらすべてが凍結してるんだけどね」と近所のみんなが言っていた。今年のエルニーニョはなかなか大規模のようで、全世界で記録的な暖冬が続いている。

午前中のうちに軽く筋トレをし、下半身を十分にストレッチさせ、ビーチを走りにいく。今日は久しぶりに一人でラン。犬と走らないのはいつぶりだろう。去年の3月に買ってから履き込んでいたHokaのトレイルランニングシューズに小さな穴が開いていた。トレイルから飛行機機内までずっと履いていたもんなあ。ソールもだいぶ疲れてきたし替え時かもしれない。

川に飛び込み、シャワーを浴びてすっきり。バナナを頬張って村に向かう。

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前のシフトのセレーナと今日のクライアントのようすを伺う。ひとりはずっと昼寝しており、もう一人はiPadで動画を見ている。静かな午後のスタートだ。過去の日報などに目を通していると、マネージャーのダニエルがくる。質問はないか、問題はないか、と確認してくれる。指示も的確で、オフィスや書類も整然としている。さすがドイツ人。

午後になると若い住人が起きてくる。一緒に夕飯を作り、入浴の手伝いをする。じわじわとなれてくれればいいな、と思う。22時前に次のシフトのJJがやってくる。あけましておめでとう、とハグを交わす。

「これ作りすぎたから、持って帰って」とJJが渡してきたのは赤ちゃんくらいのサイズのでかいハム。こんなものをどうして一人暮らしで作ろうと思ったのだろう。数週間はサンドウィッチの具に困らなそうな量である。

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帰り着くと同居人もヒラリーも床についてるようだった。毎年年末恒例になっていた「一年を振り返る10の質問」をできていなかったのをふと思い出し、ノートを開く。「来年辞めたいこと」や「楽しかった思い出」などの質問に順番に答えていくもの。その年の日記帳の最後に、毎年同じ質問に答えていく。去年の答えを見返したりすると、当時の感情や現在地との違いが見えて面白い。

「うまくいかなかったことから学んだこと」の質問に、去年は「はじめから100%で出そうとしないこと」「本当に伝えたいことは手紙にすること」と書いていた。2022年は多くのことをプロトタイプ的に学び、作っていた

今年、上手くいかなかったことから学んだのは「当初の目標やアイデアに固執しなくてもいいこと」。カナダの島に移住するなんて、もちろん2022年末の自分には思いもしなかったことだ。当時の自分には当時の「今年の目標」があり、それにしたがって年間の行動プランを考えていたものだ。当初のプランとは全く違う道を進んでいこうと決めた際に、少なくない人々に無理を聞いてもらったのはあまり誇れないことかもしれない。それでも、そんな初期計画からかくも離れた場所にいるのにも関わらず、今は自分のやっていることにとても満足しているし、これからのことにとてもワクワクしている。

毎年いろんなところに頭を強く打ち付けながらも、なんとか学びを得ているのが見えて面白い。本を読んで猫と寝る。いいルーティンが築けそうな予感がする。

1/5(金)

朝には海岸の方から大きな波の音が聞こえてくる。慣れると波の音だけでサーフの良し悪しがわかるらしい。同居人のウェットスーツと車がないことから、きっといい波が立っているんだろうな、と推測する。そういう日は経験上、初心者には大きすぎるので今朝は遠慮しておく。

パンケーキを平らげて日記をnoteに書く。コーヒーを啜りながらINTO THE WILDを読み進める。不得意な英語での読書にもかかわらず、ページを捲る手が止まらない。ノンフィクション文学における章の構成、エピソードの差し込み方ががため息をつくほど滑らかで、とても勉強になる。

そうこうしているうちに同居人がウェットのまま帰宅。シーズン最高の波だったよ、とのこと。やっぱり。午前中のうちに部屋と家の掃除を手早く終わらせる。広い家でも、毎日簡単にでも手入れをしておくだけで相当な負担の軽減になる。自分の部屋の模様替えもそろそろ進めたい。もっとこの家には住むことになりそうなので、デスク、チェア、モニターもあればいいな。

スモークサーモンをネギとにんにくを刻み、マヨネーズとあえてサーモンペーストをつくる。あつあつの白ごはんの上にペーストといくらの醤油漬けをたっぷりと乗せ、簡単な海鮮丼を昼ごはんに。銀鮭のいくらは小粒だけれど、丁寧にした処理すればとても美味しく仕上がる。

2時半に村に向かう。三連勤の最終日。コミュニティハウスの入居者はふたり。老人の住人は買い物のルーティン以外は一日中動画を見ている。僕の仕事はもうひとりの若い住人のサポートが主だ。

今日のクライアントはとても気分がよさそう。夜にタコスを作ろう、と提案すると嬉しそうに友達に電話し、夕食に招く。特に大きな問題もなくシフトを交代する。週報を書き進める時間も、読書する時間もたっぷりとある。これなら続けられる気がする。

帰宅後、読み終わるまで待てずにINTO THE WILDの映画版を見る。日本で見ようと思うとDVDを買わないといけない作品だが、カナダではYouTubeでレンタルできる。今時配信されてない名作というのもめずらしい。

主人公は大学を卒業したあとに旅を始め、二年間かけてアラスカに辿り着き、厳しい自然のなかで力尽きた。原作もまだ読み終わってはいないが、原作と映画はどちらも素晴らしい。映画は主人公の一人称視点、そして妹の第三者視点で描かれ、原作は筆者と主人公の家族の視点で描かれており、相互補完的だ。早く読み切ってしまおう。

1/7(日)

「起きろ!いいサーフだ」同居人の声で目が覚める。昨日走った時にはだいぶ荒れていた海だが、夜通し吹いていたオフショアの風でいい波が立っているのだという。家からウェットスーツとブーツを履いていつものビーチへ。朝の時間帯なのにすでにサーファーたちは海に繰り出していた。タモもニコニコでボードにワックスをかけている。

沖には綺麗なサーフが立っているが、僕が練習する岸に近い白波は崩れ気味。長いビーチを十分に観察し、気持ちよく練習ができそうなスポットを探す。

こちらにきて、自然を見る目が着実に培われてきた、と思う。どんなスポーツもアクティビティも、周りの環境の観察にはじまる。よく耳を澄ませ、目を見開き、肌を撫でる風に神経を集中させる。なんども同じビーチを走り、サーフィンをすることでその土地の特性が分かってきたりする。この時間帯、この潮の大きさだと波はこちらがわに向かってくる、などを身体を通して学ぶ。

何度も大きく崩れた波に押し流されつつも、数回白波をキャッチして乗ることができた。うれしい。いい1日のスタート。朝ごはんにベーコンエッグとハッシュドブラウンを大量に作ろう、と話し、タモを招く。

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シャワーを浴びて朝ごはんにしよう、としていると隣のレイチェルがエレーナをつれてやってくる。今日の午後まで子供の面倒をみてくれないか、ということだ。看護師である父親のルークは南部の村に出産の手伝いで数日出ていて、レイチェルはオンラインスクールがある。今日エレーナを遊ぶのは僕の役目だ。こうして信頼して子供を任せてもらえるのはうれしい。

最初に8月に出会ったときに比べて、エレーナは本当にたくさんの言葉を喋るようになった。子供の成長をこんなに間近で見られるのは貴重な体験だ。幼い脳はまるでスポンジのようにあらゆることを吸収していくのだなあ、と純粋に驚かされる。一緒に猫と遊び、川とビーチを散歩し、タモやミドリの家を覗きにいく。

8月に1日面倒を見た時は相当泣き散らかしていたけれど、今日はママがいなくなって数分泣いたあとはご機嫌に過ごしてくれた。歌を歌うのが好きなようで、エレーナの名前の歌を作ってあげると喜んでいた。かわいい。

レイチェルが引き取りに来たときにはすでに4時過ぎで、空はもう暗くなりつつあった。ほぼ一日中外にいてすっかり体も冷え込んだので、サウナに火を入れてじっくり温まる。来週はマイナス五度まで落ち込みそうだ。

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夜ご飯は昨日のクリームスープにパン。温まる。ここ一週間ほど読んでいたINTO THE WILDを読み終える。徹底した取材と巧みな展開構成が読者をずんと引き込む、すごい本だった。主人公が実際に撮った餓死する前の自撮りの写真をネットで見つけて、その清々しい笑顔に心が締め付けられた。

読み終わった頃にちょうど友達からメッセージがあった。「死ぬことって怖いと思う?」この本には過去のさまざまな若者たちの旅と死が取り上げられていて、ちょうど死というものについて考えていたからびっくりした。

僕は死ぬのが怖いというよりは、人生の短さが怖いと思う。あと何回季節のサイクルを目にできて、あと何回この場所を訪れることができて、あと何回素晴らしい旅ができるのか。美しい景色を目にしたり、久しぶりに友人と会って心が昂ったとき、ふとそう思う。そして、人間の一生の短さを恨む。

死という究極の時間制限がくるまで、やはり僕は周りの大切な人と一緒に時間を過ごし、自分のからだでめいいっぱいに地球を感じ、創作欲を撮ること・書くこと・描くことで発散させたい。今年も激しく生きよう、と思いを新たにする。

1/8(月)

朝からしとしとと雨が降り続いている。じっとりとした寒さを感じる。日の出はまだ9時過ぎなので起きる時間もゆっくりだ。同居人は今日から仕事に復帰したようで、すでに出払っていた。いつも通りにパンケーキを焼き、コーヒーを温め直して保温マグに注ぐ。

今週末にかけて寒波が来るようだ。このところ気温は5度前後で安定していたが、マイナス7度ほどまで落ち込む予報だ。寒くなるのに備えて水道管や薪の支度をする。アウトドアシャワーと井戸に断熱材を入れ、簡易ヒーターを設置する。家の中に薪をたくさん積み上げておく。熱く燃える乾いた広葉樹の薪も運び入れる。薪や焚き付け材がずらりと並んだ光景を見ると、豊かさを感じる。

流石に外を走れそうにはないので、室内でじっくりトレーニングをする。今日は腹筋と脚のトレーニングを30分ほど、あとは下半身のストレッチ。今年の夏のマラソンに向けて、ちゃんと哲学を持ってトレーニングしていきたい。メニューもそろそろ考え始めよう。

今日は家の掃除と薪仕事だけでほとんどの明るい時間が潰れてしまった。暗くなる前に川で冷水浴をし、シャワーを浴びる。同居人がムースのカレーを作っている。いい香りだ。

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5時からキーランの家でパドル作りを進める予定だったので、カレーは帰宅後にいただくことにする。作りかけの二本のカヤックパドルを車に乗せ、村までの道中のキーランのところへ向かう。

彼の家はマセットの中でも最も開拓地らしい場所にある。元々は製材場があった場所が更地にされ、そこに小さな小屋が点々と建てられている。キーランも今は家の2階を増築中で、やっと1階と穴を開けてはしごで繋がっていた。

彼のガールフレンドは日本人のハーフらしく、ホリデー中に遊びに来ていたという彼女が置いて行ったインスタントヌードルがたくさんあった。日本っぽいパッケージに入ったスパイシー・うどんなるものを二人で食べる。このところ会えていなかったので近況を話す。来週から数週間グアテマラに遊びにいくのだとか。いいなあ。「1、2月にできるだけ休暇を集中させて暖かいところに逃げる。ここで生き抜くコツだよ」なるほどな。

今年は一緒に海苔をつくろう、と話す。ハイダグワイで獲れた魚と海苔で寿司が作れたらなんて素敵だろう。「海藻は特別なものだから、ハイダ族の誰かと一緒に獲りに行かないとね」

土地と先住民へのリスペクトを掲げつつ、村の人々といろいろなプロジェクトを走らせている彼。春からは新しく青少年向けのハイダダンスチームを組織する仕事をするらしい。先日のポットラッチで村のチーフ・マシューズ小学校のダンスグループの演技があったが、その力強さに圧倒された。学校で先住民のダンスや歌を教えることは長年禁止されており、今の親世代・祖父母世代は自分たちの文化を教わることはできなかったのだという。今こうして文化復興を遂げていく環境にいられることは貴重だ。

食事を終え、パドル作りを進めることにする。2階に続くはしごはとても不安定で、慎重にツールとパドルを2階に運び入れる。今のパドルは角材から肩をくり抜き、水をつかむブレードの部分を大まかにマシンで削り取った状態だ。あとは手作業でブレードをダイヤモンド型に彫り、手持ち部分を軽くしていく。密度の高いイエローシダー、まだまだパドリングするには重たい。

丁寧に中央線を引き、目印にする。彫刻の難しいのはやり直しの効かないことだ。迷ったら手を出さないというのが鉄則。2種類のカンナと大きなカッターのようなツールでじわじわとブレードに傾斜をかけていく。木にも彫りやすい方向と彫りにくい方向があり、面ごとに見極めて削っていく。

無心になれる作業だ。モメンタムをつかむと彫りすぎてしまう、というキーランの過去の弟子たちの傾向から、百点満足するまえに他の面に移行することにする。ある程度の進歩が見え、あとは自分で進めそうなところで今日の作業は打ち切る。使わせてもらった2階部分を掃除し、またすぐ村の工房で会おう、と約束して別れる。

帰宅してタロンが残してくれていたカレーライスを食べる。スパイスが効いていて米が進む。本当に料理のうまい同居人がいるのは幸運なことだ。

1/9(火)

パンケーキを焼き、コーヒーを入れ、ストーブと猫砂の掃除をし、簡単に箒がけをする。気持ちよく1日を始めるルーティンだ。今日はオンラインでの研修がある。11時からなので、それまでに今日の分のトレーニングをこなしておく。

サルサを借りていつものトレイルへ。風が強く、潮も満ちていてビーチは走れない。ちょっとした荒野を走ることにする。いつもよりペースに意識を向けて飛ばしていく。フォームも少し変えてみる。つま先で着地し、その跳ね返りを生かして推進力を得るというものだ。キプチョゲ選手などのトップランナーの走り姿などを見ていると、彼らは美しくつま先を地面に向けて着地している。真似してみるけどなかなかふくらはぎに負担がかかる。

ちゃんと意識を持ってランの練習をするのは久しぶりで、清々しい気分だ。満ち満ちた裏の川に飛び込み、サクッとシャワーを浴びる。昨日の残りのカレーライスをタッパーに詰めて村に向かう。

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職場のオンライントレーニング用の部屋を使わせてもらう。今日は「FASD(胎児性アルコール症候群)」と「トラウマ・インフォームド・ケア」について。全くの未経験の職種を、特殊な地域で行うのだから、インプットすべき量は本当に多い。こんなことをお金ももらいながら勉強させてもらえるのはなんて幸運なことなんだろう、と思う。

構造的な植民地主義政策のもたらした世代間トラウマは現在もファースト・ネーション(先住民)のコミュニティには根強く影を落としている。アルコール依存・ドラッグ依存の割合が先住民コミュニティでは著しく高く、それゆえに平均寿命もカナダ平均よりも大幅に下がる。「FASD(胎児性アルコール症候群)」とは、母親が妊娠期にアルコールを摂取したことに由来する先天的な神経発達障害だ。飲酒問題が根強い先住民の間では特に発症率が高い。

悲惨なのは、その発症者には何の罪もないことだ。彼らは母親の飲酒が原因で脳に大きなダメージを持って生まれ、その治療法はまだない。程度にもよるが、多くのFASDを持つ人々は見た目にほとんど異常を持たないため、FASDをよく理解していない人々からの誤解を生むことも多々あるのだとか。

「トラウマ」というものも、カナダの先住民コミュニティで暮らす上では避けては通れない。特にカナダ政府のレジデンシャルスクール政策による文化的ジェノサイドは、先住民コミュニティ全体と、個々の家庭に強いトラウマを埋め込んだ。幼い頃からの身体的・性的虐待はトラウマとして脳に大きなダメージを与え、それらが彼らをまたアルコールやドラッグに走らせてしまう。

僕はこの土地に来てまだ半年程度だし、この土地の人々が通り抜けてきた歴史を簡単に理解できるなんて傲慢も甚だしい。ひとつのコミュニティにおける加害の歴史を語ること。それらを第三者として学び、文章にすること。ひとつひとつ誠実に学び、貢献しつつ、答えを見つけていきたいと思う。

トレーニングが終わると、オンコールの依頼が来る。今日の午後のシフトが抜けてしまい、代わりに入ってくれるサポートワーカーが必要とのこと。予定していたパドルづくりは間に合いそうになかったので、受け入れることにする。今日のコミュニティハウスはとても静か。食事を作ってあげた後は住人たちはすぐ寝てしまったので、僕はずっと読書。

帰宅して今年やりたいことリストを書いていく。こういうものを考えている時間が一番楽しい。

1/12(金)

川が凍結していた。凍った池は見たことあるけれど、川が凍っているのを見るのは初めてだ。しんしんと寒い。北米太平洋岸の全域を寒波が襲っているようで、SNSを見るとバンクーバー、シアトル、ヴィクトリアの友達も積雪の様子を投稿していた。

とはいってもやることは変わらない。今日も仕事(!)。まともな就職なんてしたことなかったしするとも思わなかったから、週何回も同じ場所に働きにいくのは不思議なような嬉しいような感覚だ。いつも通りコーヒーとパンケーキで朝食にし、箒をかけて猫のトイレとストーブの手入れをし、温まったところで少し読書する。世の中には読みたい本が多すぎる。図書館にいたら新しい本ばかり探してしまうので、集中して読みたい時はストーブの前のソファに限る。

昨日は走らなかったので、今日は気合を入れて外をランニングしにいくことにする。下半身を十分にほぐしてウォームアップし、トレランシューズを履く。

ビーチに出ると、アラスカ方面にいつもは見えなかった白い山々が光って見えた。美しい。これまでは見えなかったのに、雪化粧をして輝いている。心が躍る。ハイダグワイとアラスカを隔てるディクソン海峡は大荒れで、白波がそこらじゅうに立っている。こんな海をカヌーで渡って行った先祖たちがいるというのだから、人間の移動への熱量というのはすごいものだ。サルサと固く締まったトレイルを快調に走る。大きな水たまりは完全に凍り、木の棒を投げると変な反響音がした。

帰宅し、躊躇の余地なく水着に着替えて裏の川へ。朝に凍っていた部分は満潮に伴って動き出し、氷たちはゆらゆらと上流に動き始めている。その隙間を縫って飛び込む。外気温の低下に比べれば水温はあまり変わっていないよう。30秒全身で浸かり、シャワーにダッシュする。昨晩に同居人が作ってくれた鹿肉のミートボール・パスタを食べる。絶品。

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時間に余裕を持って村に向かう。乾燥している分、道はそこまで凍結はしていない。職場で前のシフトのスタッフと共有し、また来週ね、と別れる。

トラウマを抱えた人々のケアというのは、色々な面で挑戦的だ。しかもそれが先住民コミュニティにおけるものなら尚更だと思う。僕は彼らの通り過ぎてきた過去を完全には理解できないし、その当事者にもなりえない。つくづく、自分とは全く違うバックグラウンドを持った人々と理解し合うのは大変な作業だな、と思わされる日々だ。さまざまな葛藤を抱えつつ、目の前のクライアントが世代間トラウマから脱出できる為のできる限りのことをしていきたい。

帰宅するとタロンがまだ起きていた。そうか、今日は金曜夜。ポップコーンを作って一緒に映画を観る。「クリフハンガー」というアメリカ映画。90年代のアクション映画で、わかりやすい正義と悪が肉体で戦いあうインディ・ジョーンズ的世界線。わかりやすすぎる。ナンセンスなシーンに笑い合う。久しぶりにゆっくりした夜を過ごせて満足。明日朝は友人と電話する用事があるので早めに寝る。

1/15(月)

なかなか疲れが溜まっていたのか、9時過ぎまで寝ていた。ストーブに薪を足し、パンケーキを焼いて食べる。10時からはロンドンの里歩さんとミーツを繋ぐ。日本の先住民についてのペーパーを書いているという投稿を見て、ぜひ話したいとメッセージしたのだ。

現在はロンドン大学ゴールドスミス校でエコロジーに関する修士課程に在籍している彼女。2年前に幼馴染が東京で開催していた食事イベントで偶然知り合ったんだっけ。数回しか会ったことはなかったけれど、環境の分野でさまざまなクリエイティブな活動をしているのをずっと追っていた。

なかなか面白い話ができた。お互い共感したのは、「日本の植民地主義」を外国に来て再認識できたということ。特に北海道や沖縄の歴史は「併合」「開拓」などという大義名分的な言葉で学ぶことが多いけれど、それは加害側の物言いに過ぎない。数週間前の沖縄県に対する政府の代執行手続きは最たる例だ。

僕はハイダグワイに住んでいて、ずっと「ハイダ族の土地にお邪魔させてもらっている」という認識をずっと持っている。しかし、僕たち日本人が北海道や沖縄を訪れる際、「他の人々の土地に足を踏み入れらせてもらっている」という感覚を持つことはない。この違いはどこからくるものなのだろう。世界中各国の先住民を取り巻く環境は千差万別すぎて単純には語れないものではあるが。

大きなトラウマを抱えたコミュニティや地域で、全く違う文化的土壌を持つ人間として生活するのは簡単なことではない。彼らが通り過ぎてきた歴史や悲しみを想像することも難しい。できるだけ自分自身に教養をつけ、彼らと同じ時間を過ごすことでゆっくりと理解していくことしかできないのではないか、とも思う。

僕はこうして今フィールドで活動できることも最高に意義深いものだと考えているが、大学でまた勉強し直すのも相当魅力的だ。いいなあ、と思う。

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ちょっとばかしストレッチと筋トレをした後に日課のランニングに。だいぶ乳酸が溜まっているようで、下半身が重い。明日は軽めのトレーニングにしよう。15時ごろには同居人が帰ってきて、夕飯にはグラウス(雷鳥)のローストを作ることにする。昨日彼が家の裏の川で撃った鳥だ。野生のチキンのような肉である。

にんじんをイラクサのペーストをかけてローストし、バターを思いっきり使ったマッシュポテトを炊く。グラウスは塩胡椒、ディルで味付けをし、鹿の心臓と一緒にオーブンへ。ふっくらジューシーに焼き上がったグラウスは絶品。鹿のハツも弾力があっておいしい。

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大満足のディナーのあと、タモの家でサウナに入ることにする。同居人は疲れているようで19時には就寝。洗濯物をした後にタモの家に行く。ケーキをいただいた後、ふたりでサウナに入る。

日系ラテン人であるタモも、僕のように先住民居住区でドキュメンタリーづくりをしてきたひとりだ。イスクートというBC州北部の先住民が川の源流の自然を守る活動を10年にわたって置い続け、一昨年ドキュメンタリー作品として公開した。5月にはイスクートの長老たちをつれてアラスカに上映会に向かうらしい。

「同じ経験をしていないからといって、その悲しみを共有できないわけではないと思う」
トラウマを抱えたコミュニティにおいて、第三者としてどう立ち振る舞うべきか、と問いかけた時、タモはこう答えた。イスクートにあったレジデンシャルスクール跡からたくさんの子供の遺骨が発掘されたタイミングで初めてその場所を訪れた彼は、何ヶ月にもわたって毎日続いた慰霊の儀式のサポートをし続けたのだという。

「シェアグループに参加したりはしなかったけれど、会場の手入れや食事の準備などの手伝いをしたんだ。ダンス、ジャズみたいなものだね。コミュニティにどう入り込むかは、入り込みながら掴んでいくものさ」

もし受け入れられ、ストーリーを受け取った際には、僕たちはそれを伝える責任がある、とも彼は言った。本当にそうだと思う。授けられたストーリーを、しっかりと文字に残し、伝えていく。できることからやっていくしかない。3セットのいいサウナセッションができた。タモに彼の撮った映画を借り、おやすみをいって別れる。

タモの最新作「クラボナ・キーパーズ」は1時間に及ぶ長編ドキュメンタリー。僕はそれを撮った人間を知っているからこそ、撮影者と被写体の親密さ、誠実さが伝わってくる、力強いドキュメンタリーだった。心地よい眠気と疲れに誘われ、少し感想をメモしてベッドに潜り込んだ。

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上村幸平|kohei uemura
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