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自惚れの原因

おはようございます

人を見下してはいけないと
分かってはいるものの
心のどこかで人を見下そうという自分が
いるのは何でだろうと思うことがあります

仏教は
これはという煩悩によるものだと
教えられています

とにかく他人を見下して
他人よりも自分の方が優れていると
自惚れてしまう


そのやり方は7種類あるとされています
七慢と呼ばれていますが

自分が実際には劣っているのに、他人より優れていると思う心
過慢 自分がある程度優れているが、それ以上に誇張して自慢する心
慢過慢 すでに優れているのに、さらに誇り高ぶる心
我慢 自我に執着し、自分の存在を特別視する態度
増上慢 まだ到達していない悟りや境地に達したと思う心
卑下慢 自分が劣っていると感じながらも、それでも他者に対して優越感を持とうとする心
邪慢 間違った見解や邪悪な行為を正しいと信じ、自慢する心


というように、自分と他者がどのような
立ち位置にいたとしても

どこまでも人を見下そうとしたり
自惚れてしまう心を持つのが
人の実態だと教えられています

僕も人と話す時に意識していますが
やはり後で自分の発言の意図を
冷静に振り返ると

自慢じゃね?とか思ったりすることもあり

そういう時は「慢って煩悩マジやん」
って思わされます

慢という煩悩を知るだけで
生きる上での知恵になります

何かを学ぶ時や人に教えてもらう時
「あ〜知ってる知ってる」と自惚れ
しそうな時こそ

初心を思い出し改めて自分で
説明できるのか

確認してみることでさらに
成長につながります


情報発信を始めたての時とかに
自分の発信に多くの批判コメント
来たらどうしようとか妄想してしまい

発信活動をためらう場合とかでも
自意識過剰というか
基本的には自分の発信にそんなに
多くの注目が集まる訳でも無い
のに

自分の情報発信に自惚れているのか
注目されると思い込んでいるというのも
慢という煩悩がある故
かもしれません

とにかく失敗を気にしたり
他人の目を気にする自意識過剰な人
我慢という煩悩に振り回されている
認識してみると良いかもしれません

人はそれほど自分を見ていない
「自分が」「私が」見られていると
自分だけの存在を特別視していると
改めて解釈してみる

煩悩があるからこんな思考になるんだなと
思えば、認知の歪みも解消されて
人の目を気にしないようになり
生きやすくなると僕は思います

仏教の教えを咀嚼すると
心が安らかになり生きやすくなるな

日々思います


自分が日頃
どのような形で自惚れているかを
あらゆる視点で見直していきたい
です


ここまで読んでいただき
ありがとうございました!

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