意味不明。
かあちゃんの喉仏を握り、三つの傘を広げた。
病室の一角に、異様な空間が作られた。
それは、売店で売っていた、
小さめなビニール傘で包まっている。
周りの雑音が響いて聞こえたり、こもったり。
両手で耳を塞ぐと、グオーと遮るのだ。
なんだか…落ち着くなぁ…。
耳を澄ましてると、不思議な世界がある。
ビニール傘から見える病室は、神秘的だ。
はぁ…と見惚れてました。
それは、小学校の私である。
耳の聞こえない、かあちゃんの気持ち。
どんなのかな…と思い立ち始めたのだ。
その時は、傘はかあちゃんのお気に入り。
ピンクの花柄がキレイだった。
ビニール傘の様に響かなかったな…。
それでも、
骨組みに耳を近づけると振動が、響いていた。
かあちゃんが帰ってきて、怒号が響きわたった。
傘で遊ぶなんて、お前は何考えてんだ!
これは、かあちゃんのお気に入りの傘なんだ!
お前…ふざけて遊ぶ物じゃないんだよ!
ったく、お前は、物の大切さを知れ!
とゲンコツをくらったんだよ。
あきらめの悪い私。
次にお風呂で潜ってみました。
独特の水の揺れる音がコポコポと鳴っていた。
息が続かなくて何度も潜ったけど、
バカらしくなってもうやめた。
はぁ…かあちゃんの気持ちがわからない。
どんな気持ちなんだろう…わかってやれない…。
かあちゃんの苦労なんて、わかりっこない。
ごめんよ…かあちゃん。
あれから、
私はかあちゃんに近づいてますか?
かあちゃんの苦難を乗り越えてますか?
そう、ビニール傘の中で呟いて、
喉仏に話しかけてみても、声が大きくこもり、
自分に突き刺さり、いや…まだまだですよと、
自分に跳ね返ってきた様に感じた。
嗚咽しながら、泣いて泣いて、
ビニール傘ごしの景色は、雨で濡れた様に、
歪んでは、キラキラと光が差し込んでいた。
オレは、何にも変わってないな…。
バカだな…いつまで経っても…。
涙のせいで目を閉じる。
熱い目元を手で拭うと、我にかえり、
いつもの現実の世界に戻った。
その先には、ピンクの花柄でもなく、
ビニール傘越しの病室がうつしだされている。
なーんだ、殺風景だな…。
温かみもなければ、カラフルでもない。
なーんにもない、くすんだ白い天井。
もう見飽きたさ。
傘から出たくない。
このまま閉じこもっていたい。
ちょっと駄々をこねてみたのだが…。
ゆっくり傘を閉じて、深いため息をつく。
喉仏を大事そうに、抱きしめて、
幼少期、かあちゃんがやっていた、
指鉄砲をこめかみに突きつける。
絶望の弾丸を詰め込んだ指鉄砲、
バーンと呟いて、ややしばらくうずくまる。
薄っぺらくて、アイロン臭くて、
パリパリのカバーのついた、
静電気だらけの布団にもぐりこんだ。
また…声を殺して泣いた。
指鉄砲の弾丸は、声しか殺してくれなかった。
私の生きる現実を、突きつけただけだった。
私の中で、脱走計画を企てていた。
雨の日がいいな、傘が3本あるもん。
このご時世で、脱走は困難だけど…。
なんだか、ワクワクしてきた。
なーんだ、生きるって楽しいな。