駅そばが美味しくなった
半世紀前と比べて、美味しくなった食べ物はと言えば、一番は駅そばである。
昔の駅そばは、玉そばという半生のそばで、ツルツル感のないものだった。家庭でも、商店に売っている袋入りの玉そばを買って来て、茹でて食べたが、それと駅そばはほとんど変わらなかった。蕎麦屋の本格的なそばと比べたら、その違いは、雲泥の差だった。
最近は、駅そばが、すごく美味しくなったと思う。JRや東京メトロの構内には、駅そばの店をよく見かけるようになったが、暖簾をくぐって入る街の蕎麦屋と同じように美味しい。東京駅から地下鉄大手町に行く所には、いろり庵がある。地下鉄大手町駅には、めとろ庵がある。めとろ庵の文字を見ると、ととろを連想させるのか、余計に美味しく感じる。
半世紀の間に製麺技術の向上があったと考えられるが、市中に安くて美味しいそばを提供する進化系立ち食いそば店の誕生が大きい。ゆでたろうや小諸そばは、今では、サラリーマンの昼食には欠かせない。立ち食いそばという言葉ももはや死語で、急ぐ人には立ち席もあるが、座る席もある。高齢者には、ちょっと座れる席があるとうれしい。セルフなのだが、食べ終わると、「そのままでいいですよ」と小諸そばの店員さんが声かけしてくれた。
記憶の中にある駅そばと立ち食いそばの歴史を辿ると、市中のチェーンそば店の普及以後、駅そばが美味しい店に生まれ変わったと思われる。
先日、大手町駅のめとろ庵で温かいかき揚げそばを注文した。どんぶりに茹でたそばを入れて、温かい汁をかけて、細かく刻んだネギをトングで取ってやさしく置くこと2回、その仕草が優雅に感じられた。
最後にかき揚げをどんぶりの口縁に沿って、立て掛けるように置いてくれた。食べながら、次第に天ぷらの衣に汁がしみて行くように配慮したものだ。どかっと真ん中においたら、直ぐに衣がぐちゃぐちゃになり、天ぷらのカリッとした感触を味わえなくなる。天つゆにつけて食べるときの食感を味わえるように斜めに置いてくれている。味だけでなく、こんなところまで駅そばは進化しているのだ。
立ち食いそばや駅そばが美味しくなったのに比例して、市中の蕎麦屋のそばも、研究を重ね、美味しくなっている。そばの実を削り、内層の芯だけを使ったそば粉で打った更科や、柚子を入れた香りのある季節そばなど、手間をかけて高級化している。そば粉だけの太めの十割そばも美味しい。立ち食いそばや駅そばとの差別化なのだろう。創意工夫と経済競争がそば業界にもあるようだ。