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ちっちゃな出会いとお別れで張り裂けそう
桜が咲き誇る3月の下旬、僕は普段の生活スタイルを少し変更しました。
朝の散歩を少なめにして夜に回す。ふらふらと夜桜を撮影するためのお写んぽといったところです。
5kmくらいを凡そ1時間20分くらいかけてお写んぽ。朝の散歩では知らなかった発見がいくつもあるのです。
えっ、こんな所にこんなお店があったの?
あれ、こんな所に道なんてあったっけ?
こんな感じで、夜のお写んぽに出かける度に発見があるのです。
時刻は21時を少し回ったあたり。ビルにはまだ煌々と明かりが灯り、ビジネスマンらしき人々が動き回っているのが見える。リモートワークをとっくに終えている僕は、何だか少し申し訳なくて仕方がない。
土佐堀通りを進み大きな交差点を越えると途端に人通りが少なくなる。お世辞にも綺麗とは思えない川の水面は、ビルやネオンの光がキラキラと反射して、まるで別の世界にいるかのような演出をしている。
遠くに見えるビルのテッペンには、チカチカと赤いランプが点滅している。その手前の橋を通り過ぎる救急車の赤色灯と重なり合い、何だここは都会なんだなと目が覚める瞬間があるのです。
橋を渡り川沿に少し下ると、更に人気が少なくなる。
そこにある古めかしいアパートの脇には、疲れた自転車が立てかけてあったり、まだ取り込まれていない洗濯物が軒下にぶら下がりしていて、何だか懐かしい時代にタイムリープしたような風情がある。
信号待ちをしていると、何やら鋭い目線を感じる。
ふと周りを見渡しても人っ子ひとりいない。何だろう、この視線は。
しばらく立ち止まり辺りを隈無く調べると、視線を寄せる犯人が分かりました。黒色の猫だ。3台並んだスクーターの隣。少し奥まった狭い場所からこちらをガン見している。オスなのかメスなのかさえ分からない。
少し屈んで手を差し伸ばしてみると、すくっと立ち上がり逃亡の姿勢。「おいで」と声をかけ一歩進むと、奴は2歩退く。ポケットの中を弄っても空っぽで餌になりそうなものはない。
しばらく眺めていましたが、残念ながら僕には奴の警戒心を解くほどのスキルはない。ところが、立ち去ろうとして10mほど進むと、背後から声がした。
「ニヤーッ」
なんと黒猫は先程まで僕がいた場所まで出てきたのです。
「見送りありがとうね、また明日、おやすみ」
僕の姿が見えなくなるまで奴はそこにいた。
次の日も、次の日も奴は奥まった狭い場所に佇んでいた。
手を差し伸べても歩み寄ってこないし、1歩進むと2歩下がる状況も変わらない。でも、無性に愛おしくなっている自分に気づきはじめました。
今夜も僕が見えなくなるまで見送ってくれる。
「また明日ね、おやすみ」今夜もそう声をかけて帰宅した。
ところが、週末は3度目のワクチン接種のために自宅のある街へと帰省することになったのですが、昨夜交わした奴との約束がちょっとだけ気になっていました。「また明日ね」確かにそう言って別れた。
副反応に苦しみ、夜のお写んぽができたのは火曜日。最後に奴に会ってから4日も経過している。早く会いたいなぁ、元気にしているのだろうか。
21時を少し回った時刻。いつもの時間だ。
少しだけドキドキしながらいつもの薄暗い小道に差し掛かる。
あれ、いない。しばらく周りを探してみたものの、奴はどこにも見当たりません。奴がいた狭くて暗い隙間に入ってみても気配すらない。
「おーい」と少し呼んでみた。
アパートの軒には相変わらず洗濯物がぶら下がっている。いつもと変わらない景色なんだけど、とうとう奴は現れなかった。
結局、次の日も奴は姿を見せなかった。
折角、副反応が治まり体調万全だと言うのに、心のどこかにポッカリ穴が開いてしまった。僕が嘘をついたからなのか。僕が約束を守らなかったからだよね。
「また明日ね」なんて言わなければよかった。
土曜日の夜はきっと僕を待っていたに違いない。
「ごめんな」
もしかして僕は失恋をしたのか。
こんな気持ちになるのは中学生ぶりかな。
でも、ちゃんと今度会ったら謝ります。
「約束守れなくてごめん」と。
最後まで読み進めて頂きありがとうございました。🍀
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