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ジングルベルの鈴の音

数年前のこの時期、単身赴任先から帰省したときの出来事です。
自宅近くの最寄りの駅。改札を通り過ぎ、地上へ出ようとして飛び乗ったエレベーターの中で、ひとりの若いイケメンの男性に声をかけられました。


「お久しぶりです」
はて、息子の友人なのか。当時の息子はまだ高校生でしたが、声をかけてきた男性は20代前半くらい。キラキラ輝いている若者。


「ん、どちら様でしたか?」
「僕ですよ、僕。カツノリです」
「カツノリ君、、、あっ、かっちゃんなの?」
「ご無沙汰しています」


かっちゃんというのは簡単にいえばご近所さん。
会うのは10数年ぶりだろうか。あのとき以来だ。


実は、毎年クリスマスの時期になると、近所の小学生の子供たち全員を集めて我が家でクリパをしていたのです。子供会の役員、PTAの役員、自治会の副会長、地区の組長を兼任していた壮絶な暗黒の時期に、少しでも子供たちを楽しませるために考え出した催しでした。


我が家は偶然にも子供たちが遊ぶ公園の前なので集まりやすい。
公園で遊んでいて、そのままやって来る子供たちもいました。


狭い玄関に子供の靴が30足くらい並んでいる。
そんな光景を見ると、あぁ今年も無事にクリスマスを迎えることが出来たんだなと安堵したものです。勿論、子供好きの妻も喜んで全面的に協力してくれましたが、多くのママさんたちの支援を得ていたとはいえ、当日までの準備やオペレーションで相当の負担をかけたのは言うまでもない。


「あの企画、まだやられているのですか?」
「いやいや、まさか、息子が小学校を卒業して以降はやめちゃったんだよ」
「あーそうなんですか、あれ凄く学校でも話題でしたからね、僕は作文のテーマにもしていましたし、違う地区でもやって欲しいって要望書が上がっていたくらいでしたから」


嬉しいなぁ。
あのクリパが少なからず子供たちの記憶に残り、作文のテーマにもなっていたなんて。また、違う地区でも要望が上がり、僕らと同じことをはじめた方もいるのだとか。一方で、クリパをしなければならない環境を作ってしまったことに、今更ながら少し申し訳ない気持ちも感じます。


僕がこの企画をはじめたのは、幼き頃の経験からです。
当時僕が住んでいたのは、東海地方のど田舎。辛うじてローカル電車が走っていましたが、1時間に1本の2両編成。バスだって細々と隣町へのルートを繋ぎ止める程度。そんな町でした。


クリスマスイブの夕方、近所の集会場へ子供を集めてクリパが開催されるのです。そこでは質素ではありましたが、プレゼント企画だったり、出し物の披露があったりで、子供の僕たちは皆、開催当日が待ち遠しかったものです。


会は夕方5時からの2時間。
終会後は配られたプレゼントをかたわらに抱え、各々自宅へ戻り、それぞれ家族でクリスマスイブを楽しむ。そんな過ごし方をしていたのです。


かっちゃんが最後に参加してくれたのは、2008年だという。
当時参加していた子供たちは、既に大学生や社会人になっている。中には有名なアイドルになってしまった娘もいる。兎にも角にも、時間が経過して皆んな立派に羽ばたいて活躍しているんだ。


子供にとってクリスマスってなんだろう。
僕が幼稚園に通う頃、サンタクロースの存在は疑う余地もなく完璧に信じていました。周りの友達と比べ、真実を知ったのは随分遅かったように思います。


当時の僕はベース盤(野球のアナログゲーム)に夢中で、どうしてもサンタさんにお願いするんだと決めていました。ベース盤というのは、今でいう野球ボードゲームのことですが、当時の御袋はそれを全く理解できない。


あるクリスマス直前、御袋は幼かった僕の手を引きオモチャ屋へと向かう。
「サンタさんに何をお願いするの、お母さんにも教えて」
「あれだよ」
そう言ってベース盤を指差して説明したのを記憶している。
その時の御袋の横顔を今でも鮮明に覚えているのです。


ベース盤の正体が分かったからなのか、それとも意外と安価なことが分かったからなのか、なんとなく胸を撫で下ろしている感じを幼い自分でも汲み取った気がします。


「なんでお母さん笑ってるの」
「サンタさんが間違わない様に、しっかりお星様にお願いしようね」


そう言ってその場をはぐらかし、帰宅してから僕を庭先へと誘い出し、星にお祈りまでさせたのです。まぁ、ここまで来ると幼稚園児としては疑う余地もなくなり簡単に洗脳されちゃうんです。


イブの夜はいつもより早く寝るように促される。
早く寝かしつけて、そのタイミングを図りたかったのか。
しかし、促されたところでアドレナリンが出まくっているので、幼児と言えどなかなか眠りにつけない。そうすると、御袋の一言が飛んでくる。


「あ、鈴の音が聞こえる、トナカイがウチの屋根に着いちゃったのかもしれない。寝てないとサンタさんが入って来れないから、、、今年は素通りされちゃうのかなぁ」


そんなことを言われても、、、
なんて考えているうちに記憶が薄れはじめる。
ふと気づくと枕元にベース盤が置いてある。
「やったーーー」真夜中なのに、いてもたっても興奮が抑えられない。今年もサンタさんが僕のところにもやって来た。両親にその喜びを伝えたい!


ふと気づくと、両隣に寝ていたはずの親父と御袋がいない。
あれ?
すると、隣の部屋でガサガサ音がするではないか?
ガサガサガサ、ゴトゴトゴト、、、
サンタさんがまだいるのか?
そう思って恐る恐るドアを開けると、真っ暗の中で両親が裸でうごめいている。


「何してるの?」
不意に余計なことを言い放ってしまった。


ハッとした親父は僕をみてこう言った。
「プロレスごっこだよ!」
暗闇から僕を見つめるオヤジの眼光は、まるで野動物の如く鋭い。こんな目つきで御袋と戦っているのか。と少しだけ後退あとずさりした。
御袋の恰好がどうであったのかよく思い出せませんが、どうやらプロレスごっこは親父が勝ったんだと、その時は理解したのかもしれない。


翌年に妹ができた。


クリスマスになると幼い僕をいつもより早めに寝かしつけようとするのは、サンタさんのタイミングを図るためなのか、プロレスごっこのタイミングを図りたかったのか、今となっては分からない。


ジングルベルの鈴の音だけが僕の頭の中に聴こえていた。


最後まで読み進めて頂きありがとうございました。
素敵な年末をお過ごしください。🎍


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