受け売りのイメージで批判する前に〜アンチ・アンチ巨人の独り言〜
「今回のナベツネに一番迷惑してんのは、俺達ジャイアンツファンだよ」
ジャイアンツファン歴60数年という行きつけの居酒屋の大将がそう言った。
2011年の春、札幌でのこと。
2011年3月11日に発生した東日本大震災。その影響により、様々なイベントやスポーツが延期や開催自粛となっていた。
震災当日にオープン戦が開始されていたプロ野球界では、本拠地が被災したパ・リーグの東北楽天ゴールデンイーグルスはもちろんのこと、関東を本拠地とする千葉ロッテマリーンズ、埼玉西武ライオンズ、東京ヤクルトスワローズがその日以降に予定されていた本拠地でのオープン戦を中止した。
さらに、パ・リーグは、開幕を4月12日に延期することが発表された。
一方、セ・リーグは、日程を変更することなく予定通り開幕することが当初は発表されていた。
自粛は復興につながらない。
こんな時だからこそ、野球の力で元気を。
予定通りの開催を決めた方々には、そんな思いがあったのだろう。
また、当時は東日本大震災の翌日3月12日に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故により放射線への不安が大きく報じられていたが、セ・リーグの試合を開催する各本拠地における放射線量には何ら問題はないとの判断は、冷静かつ科学的に正しいものでもあった。
しかし。
電力不足の中で、予定通りナイターで試合を開催しようとしたこと、さらに当時の読売ジャイアンツの球団会長だった渡邉恒雄氏が開幕延期を決めたパ・リーグに対して「勝手にしろ」と侮辱とも取れる発言をしたことが大きく報じられたことにより、世論はセ・リーグならびに読売ジャイアンツへの批判に大きく傾いていった。
報道だけではない。
本拠地が被災しそもそも試合ができる状況ではなかった東北楽天ゴールデンイーグルスや、本拠地周辺地域が液状化により大きな被害を受けていた千葉ロッテマリーンズがいるパ・リーグ側だけではなく、直接は被災していないセ・リーグの各球団監督からも、3月25日の開幕について疑問の声が上がるようになった。
世論に反するのでは?と。
さらに、選手会はセ・リーグだけが予定通り開幕するのであればボイコットも辞さないとの姿勢を表明した。
多くの批判を受けた末、セ・パ両リーグ同時開幕とすることが発表されたのは、震災発生から一週間以上経ってからだったと記憶している。
冒頭の居酒屋の大将の言葉は、4月12日の両リーグ同時開幕から少し経った頃、久しぶりに店を訪れた際の会話の中でのものだった。
「今回のナベツネに一番迷惑してんのは、俺達ジャイアンツファンだよ」
いつも元気な大将だったが、その言葉を口にした時は、どこか寂しそうに見えた。
大将は、当時すでに還暦を超えていた。子供の頃からジャイアンツ一筋。北海道にファイターズがやって来て周囲が大いに盛り上がっても、決してぶれることなくジャイアンツ愛を貫いていた人だった。
2004年の球界再編問題の時にも、アンチ巨人の声は大きかった。けれど、あの当時の批判は渡邉恒雄氏の「たかが選手」発言だけでなく合併をすすめた側の球団にも向けられていたし、何より、あの時の選手会によるストライキには読売ジャイアンツを含む12球団すべての選手が参加していた。
しかし、2011年の開幕をめぐっての騒動は、そうではなかった。
愛するチームが、野球ファンのみならず日本中からバッシングを受けたようなもの。
その辛さは、察して余りある。
「ですよねぇ。選手は何も悪くないのにねぇ。」
大将の言葉に同意しながら、実は私自身、反省していた。
正直なところ、私もまた、それまではナベツネ イコール ジャイアンツ、だと勝手に思い込んでいたことに気付かされたのだ。
野球は好きだ。見たい。でも、そもそも開幕出来ない状況のイーグルスやマリーンズに「勝手にしろ」って、いったい何様?テレビの向こうのナベツネ氏にそんな怒りを覚えていた私は、ニュースでは取り上げられることの無いジャイアンツの選手達の思いを想像することも、ジャイアンツファンの人達の気持ちを想像することも無かった。
そもそも、渡邉恒雄氏の問題発言にしても、会話の前後の文脈はもちろん、マイクを向けられた状況すらも分からないよう切り取られた報道だったかもしれないのに。
テレビや新聞の言葉だけを鵜呑みにしてバッシングに興じていた自分自身を恥ずかしく、そして申し訳なく思った。
当時、読売ジャイアンツに所属していた星孝典選手(現 東北学院大学硬式野球部監督)が宮城県名取市出身だったこと、実家が津波で全壊し祖父母が犠牲となったことを私が知ったのは、そんなやりとりからずいぶん時間が経った後の事だった。
あれから、13年が過ぎた。
紆余曲折を経て宮城で暮らすようになった私は、読売ジャイアンツの選手たちがこれまで続けてきた復興支援の様々な活動を知る機会も増えた。
特に、福島県相馬市出身の選手がいたこともあってか、読売ジャイアンツによる福島県への継続的な支援は、(地元である東北楽天ゴールデンイーグルス以外の)他の球団の様々な復興支援と比べても、特筆すべきものだと思う。
あの日の経験と、その後のコロナ禍を経て、今の私は野球はもちろんのこと他のスポーツ観戦の際も、自分の好きな選手やチームを応援はするけれど、相手チームへのヤジや侮辱には賛同しないよう心掛けるようになった。
つぶせ。
やっつけろ。
叩きのめせ。
時にはそんな言葉が勢い余ってつい口に出てしまうのは、感情として分からなくもない。
けれど、好きなものを応援するのではなく、嫌いなものにそんな言葉をぶつけるだけの人や場からは、私は、距離を置くようになった。
スポーツだけではない。
音楽も、社会運動も、そして政治批判も。
批判は、大切だ。
けれど、批判する根拠が本当にあるのか。
受け売りの情報をもとに、一方的に批判してはいないか。
正義感に酔っていないか。
批判のつもりで、理不尽な攻撃をしてはいないか。
誤情報すら拡散されてしまう今の時代だからこそ、立ち止まって確かめることを私は大切にしたいと思う。
自分自身を省みるきっかけをくれたあの日の大将に感謝したい。