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母にとっての蜘蛛の糸

 母が暴君のように次の住まい探しを強要しては、探してきた物件を蹴飛ばす、無茶ぶりの繰り返しに付き合いきれなくなり、一旦、朝の定期連絡を断線をしたことは、前にも書きました。 

 とはいえ、やはり親、定期連絡は再開すると、母もほっとした様子。いくら無茶を言われても、電話ぐらいはしようと思いました。

 ただ、困ったことには、母は自分が先週末に、弟が苦労して見つけてきた物件を、いとも簡単にダメ出ししてさっさと帰ったことを、覚えていないんですよね。
 
 で、この前、見た物件に住みたいので、あそこに決めたいと思うがどうかとまで、言い出す始末。

 もう、先週末に見にいった物件は、母がその場でダメ出しをしたことで、不動産会社も怒らせてしまい、弟も立つ瀬がなくなり怒り心頭、事実上、その場で話はなかったことになってるんですよね。

 一応、そのことを少し強い口調で伝えたら、そんなことはしていない、印象が悪かったことを僕には話したけど、弟には言っていないので、僕が弟に話したのではないかとまで、言われてしまいました。

 ただ、こうした記憶改変は、最近は日常茶飯事であり、ここで怒っても暖簾に腕押しなので、とにかくその気持ちを弟に伝えるようにせかして、電話を切りました。

 弟にラインを送ってあとで様子を聞いてみると、母の要を得ない電話には、接客中はとても対応できないとのことであり、しかも先週末に見にいったあとも電話で話をしており、そこで物件の話はもう出なかったとのこと。
弟としては、これ以上、母の言動に振り回されたくないので、もうまともに取り合わないという気持ちのようです。

 この状況において、母の住まいを本気で探すことは、無駄骨を折ることになるので、なるべく宥めすかしながら、距離を置きながら、今のところに住み続けてもらうしかないかと、考えてしまいます。

 ただ、ここで少し、自分の立ち位置から引いて見てみると・・・、

 母の住まいに対する要求は、一人暮らし高齢者の住まい探しの難しさからすると、確かに無理筋なんですが、一方で、いまの母にとっては、一人暮らしの寂しい現状を、変えることのできる可能性を秘めた、かけがえのない希望なんですよね。

 なればこそ、現状に妥協して、住まいを選ぶことはできない。自分をこの失意の毎日から救い出してくれる、切れることのない蜘蛛の糸を探しているわけなので、一層かたくなにならざるを得ない。

 実は、住まい探しで無理を言い、周りを怒らせてしまったことは、感じてはいるけれど、そこを認めてしまうと、自分に非があることが明らかになるので、追い込まれてしまう。

 だから、自分の記憶を改変することで、自分が孤独な地底の空間に一人、取り残されてしまい、誰からも助けてもらえなくなる、そうした状況に追い込まれてしまうのを、避けているのではないかと、思うようになりました。

 母に現状への妥協を迫ることは、見方を変えれば自分たちが問題を早く手放そうとして、母にとっての人生最後の選択肢を無理やり選ばせようとしている、そう考えられなくもありません。

 母の掲げている理想の住まいは、

■サ高住は、間取りが狭いし介護状態の年寄りが多いので、病院と同じであり、健康な自分が入る場所ではない。

■一人暮らしの賃貸マンションは、たとえ立地が良くても寂しさは変わらないので、周囲の雰囲気を含めて判断したい。

■かつて住んでいたマンモス団地のように、多くの人で賑わう場所に住みたい。今のマンモス団地が高齢者ばかりで寂しいという現状は関係なく、とにかく昔のように賑わいのあるマンモス団地に、できることなら住みたい。

■部屋は3つはないと、寝室、仏間、リビングと分けられないで困る。

■日当たりは良すぎず悪すぎず、西向きはNGで、南向きにしてほしい。

 といった条件が揃う必要があり、至難の業なのですが、せめて、母の最後の選択ぐらい、期待に添うように物件を探そうと、何とか気持ちを立て直ししました。

 なかなか道のりは遠いですが、振り出しに戻ったところから、母の終の棲家探しを、再開したいと思います。
 

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