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月桂冠の魔法少女 総集編Ⅱ#5~7 秩序と渾沌 ordo et chaos
注意点
・以下に登場する人名、地名、団体などは実在のものと一切関係がありません。
・作者の経験不足により、魔法少女よりも特撮のノリになる恐れがあります。
・歴史上の人物をモチーフにしたようなキャラクターが出てきますが、独自解釈や作者の意図などで性格が歪められている可能性があります。
・作者がラテン語初学者のため、正確な訳は保証できかねます。
今回は#5~7を再編集した総集編となります。
#7終了後に変更点をまとめてあります。
創作のウラ話もぜひ。
前回までのあらすじ
阿具里晴人は、上院セナから「秩序の力」を得て魔法使いに変身。旧友、和也を「渾沌の力」から救い出した。一件落着かに思えたが、かつてウィアナからもらった薬の代金70万円を借金することになった…。晴人とウィアナの「淡い記憶の続き」はもうちょっと続くことになるのであった。というわけで第5話スタート!
#5 3人の皇帝 tres imperatores
「フ、フフフフ。」
晴人は学校帰り、不気味な笑みを浮かべる。
「どうした晴人?最近元気ないと思ってたが…、何かあったら相談に乗るぞ…。」
「大丈夫。きっとどうにかなるさ。ハハハ…。」
「こんな投げやりな晴人君、初めて見たわ…。でも、いつもより感情豊かね。」
「良い…意味なのか?」
「ハハハハハハハ!」
急に地味に高めの借金を背負い、晴人は笑うしかなくなっていた。
「じゃあな、晴人」「またね。アイジン。」
「明日会えるといいな!」
「「・・・。」」
ブラックなジョークを交えつつ、友人と別れる。
「ヤッホー!待ってたよ晴人くん!」
高めの女声が聞こえる。
女性の声。妹の由利亜はこんな高い声じゃない。瀬宇くんとはさっき別れたばかり。母親はこんな話し方をしない。
改めて女子(+男の娘)との接点が少ないなと思いながら、残る可能性は…
「ウィ、ウィアナさん!?」
似ているところと言えばセミロングの赤髪くらいで、着崩したパーカーに、明るい笑顔。高めの声も相まって、以前と同じ人とは思えない。
「あ、変身前だから…、百合原葉月(ゆりはらはずき)、葉月って呼んで。」
「葉月さん…まさか、取り立てに…」
「あれはセナさんが債権者だから、私は取り立てるつもりないよ。」
ニコニコ笑顔が晴人にとっては逆に怖い。
「に、逃げろ!」
晴人は走り出す。
「待ってよー!晴人くん!」
「つかまえた!」
あっさりと葉月に追いつかれ、腕をつかまれる。
「どうかお許しください!」
「だーかーら、取り立てに来たわけじゃないって!あ、でも、仕事の紹介はするんだった。」
「・・・漁船なら、イカよりマグロがいいかな…」
「そんな怪しい仕事じゃないから。はい、これ。」
葉月は一枚の紙を手渡す。
「翻訳するの大変だったんだよー。セナさんラテン語でしか書かないから。」
堅苦しい文章が並んでいる。きっと変身中のウィアナが訳したのだろう。晴人は文書のタイトルに目をやる。
「これは…魔法使い見習いバイト?」
「そ。魔法使いの見習いとして、魔法少女、主に私のサポートをしてもらう。自給2000円で月25時間、ちょうど一か月の返済額とぴったりだね。緊急出動手当もあるよ。」
(魔法少女とかの世界観の割に、金額とかがリアルなんだよな…)
ツッコむとバイトごと消し飛びそうなので、晴人は黙っている。
「どう?悪い条件じゃないと思うんだけど。」
「…確かに、給与は悪くないと思います。」
「でしょ。あ、敬語はいいよ。」
「でも、心の『秩序』を賭けてる割にこの時給は…」
「そこは大丈夫。魔法使いとしての訓練もあるし(時給出る)、何かあったら私が守るから。」
「・・・。わかった。」
ここで断れば借金返済がより困難になってしまう。晴人の中で迷いは断ち切られた。ただ、
「じゃあ、サインお願い。」
「うん。」
笑顔の葉月と無表情なウィアナを頭の中で比べたとき、本当に守られるべきは自分じゃなくてウィアナなのではないかと、少しばかり考えていた。
「よし!じゃあ今からみんなで懇親会をやるよ!」
「え…」
「この後何かあるの?」
「・・・。いや、ない…かな。」
「じゃあ行こう!」
(同年代と飯に行くのは、初めてかもしれない。)
晴人は急な誘いに戸惑いつつも、同年代の友人(?) との外食にあこがれていたのだ。
「何名様ですか?」
「2名。連れが2名既にいます。」
明るい雰囲気のファミレスに着く。
「お、ホントに来やがった。」
長いボサボサの髪の女の子。
「珍しくティアラさんの負けっスね。」
こっちは短髪の小柄な少女。
「と、いうわけで私の勝ち。今日はティアラちゃんのおごりだね。」
「たく…、あんまり食い過ぎんなよ。」
「あの、これは一体?」
晴人が口をはさむ。
「あ、実は晴人くんが来てくれるか賭けてたんだ。」
「・・・。」
「気にしないでほしいっス。葉月さんは賭け事が好きなだけっスから。」
(だけって・・・)
自分が賭けの対象となっていたことに、嫌悪を覚えなくもなかったが、晴人は黙っていた。
「紹介が遅れたね。こちら神暮聖姫(かみくれてぃあら)ちゃん。私たちより少しお姉さんだよ。」
「よろしくな。」
(名前のわりに姉御気質だ…)
「こっちは会田杏奈(あいだあんな)ちゃん。ちっちゃくてかわいい。」
「ふっふっふ。」
杏奈は不敵な笑みを浮かべる。
「『ちっちゃい』というのはすべて相対的なもの。つまり自分がそう思わなければ、小さくもないし、気にすることもないっス。」
「ね。ちっちゃいのにかわいいよね。」
「だからちっちゃくないっス!」
(小さい子が怒ってる…かわいい。)
「ふぅー。つい取り乱してしまったっス。これからよろしくっス。」
杏奈はお辞儀をする。
(この二人、どこかで見たような…)
「晴人くん」
ウィアナがひじでつく。
「あ、阿具里晴人です。よろしくお願い…します。」
「そんな堅くならなくていいんだよ。これから一緒に戦う仲間なんだから。」
「あ、昨日の!」
昨日の公園での戦い、そこに二人の少女もいた。
「昨日のお前、なかなかやるじゃねぇか。」
「かっこよかったっスよ。」
「いや、そんな…。」
「まぁまぁ、戦いの話はそれくらいにして、何頼む?」
(フォローありがとう…。)
人に、さらには女子に褒められ慣れていない晴人にとっては救いであった。
「じゃあドリンクバー4つと、じゃこチーズパン付きで、あとイチジクゼリー1つお願いします。」
「このサラダ追加よろしくっス。」
「こちらのドリアでお願いします。」
「ティアラちゃんは?」
「以上で。」
店員が去ってゆく。
「何も頼まなくていいの?おごってもらうのに悪いよ。」
「大丈夫だよ。これはアタシの信条だ。」
ティアラは語り始める。
「アタシは自分の決めた『最高価格』でしか物を買わねぇ。それだけだ。ドリンクバーは、お得だからな。」
「やっぱり変わらないっスね。」
「そんなことより、ドリンクバー取りに行ってくる。」
ティアラは立ち、すぐに戻ってきた。ジョッキを4つ自分の前に置く。
「あ、俺は自分で取りに行くので…」
「これは全部アタシのだが?」
「4本も!?」
晴人が思わず声に出す。
「あったりめーだろ。絶対に元取ってやる。」
ストローを差さずに飲む。
「ちょっとケチなところがあるんだ…」
ウィアナが小声でささやく。
「それでねー。先週トモダチと歩いてたとき、自転車にびっくりしたトモダチが、私のこと突き飛ばしちゃってー。」
(・・・。)
葉月を中心に話が盛り上がる中、黙り込む男が一人。晴人だ。
(イツメンの中に俺一人は…キツイ…。)
ほぼ初対面の人の輪に入るんじゃんかった…そう後悔し…
「晴人くん。」
「あ、はい。」
「ドリア来たよ。」
「ありがとう。」
チーズのにおいがテーブルに漂う。
「おいしそうだね!ドリア好きなの?」
「まぁ、そうかな。」
本当は高いメニューをおごってもらうのに気が引けただけである。
「私もチーズ好きなんだー。ねね、どんなチーズが好き?」
「・・・カマンベール、かな…」
とっさに思い浮かんだものがそれであった。
「へー。今度私も食べてみよっと。ねぇ、ティアラちゃんは何かオススメあったりする?」
「アタシは…思いつかねぇ。キャベツなら冬に限るがな。」
「今はキャベツの話してないっスよ。この人キャベツ農家やってるんっス。」
(すごい…俺を巻き込んで話を盛り上げた…)
「じゃあまた明日。」
「またな。」「さよならっス。」
各自食べ終え(1名は元を取れてないとゴネていたが)、帰路につく。空はすっかり赤くなっている。
「どう?仲良くやれそう?」
「はい。ありがとうございます。」
「だからタメでいいって。」
「あ、うん。ありがとう。」
「えへへ。」
葉月がほほ笑む。晴人にとってはまだ慣れない。
「あ、忘れてた!晴人くんも私たちのグルチャに入れなきゃ!lineaやってる?」
「あ、うん。」
歩きながらQRコードを差し出す。
「登録完了ッと今から送るね。」
(よろしく)軽快なスタンプが送られる。
(よろしくお願いします。)
晴人は文字で返す。
「じゃ、後でグループに入れておくね。あ、おっと!」
葉月が段差につまづく。歩きスマホの罪は軽くない。転びはしなかったが、スマホを落とした。
晴人が拾う。
「これは…。」
葉月のロック画が見えた。髪で目が隠れた少女と、黒髪のイケメンが前に並んで、後ろに一人。顔は、時計表示で見えない、いや、顔が…ない…。
「あ、それ、見つけちゃったか…。」
「!?」
晴人は戦慄する。
「ただの昔の写真だから大丈夫だよ。私と、昔の友だちと、カエサ。」
「カエサさん!どうして顔がないの。」
「…記録が、消えちゃったから。詳しくは後で話すよ。」
「わかった。」
今のはウィアナの方の葉月なのだろうか。そんなことを考えていた。
(ん、待てよ…今の葉月の言葉を信じるなら、メカクレの地味な少女は…)
「葉月!」
「え、どうしたの?」
「今日は本当にありがとう!これからもよろしく!」
「よ、よろしく。急に元気になったね。」
地味で陰気な晴人にとって、陽気な葉月は違う世界の人間のような気がして、付き合いにくさを感じていた。しかし、葉月もかつては地味であったと知ったことにより、一気に親近感が湧いたのだ。
少しだけ、これからうまくやっていけそうな気がした。
#6 渾沌の森 chaos silva(前編)
「日曜日 服装:私服可 場所:中央公園 集合:午前10時 何卒よろしくお願いします。」
(何回読んでも慣れないな…。)
日曜日の朝、晴人は葉月とのチャットを確認する。バイトの説明が堅苦しく書かれていた。
(まぁ…きっとウィアナには何かあるんだろ。)
快活な葉月と、堅苦しいウィアナ。その違いは、触れてはいけないような気もすれば、自分が何か助けなければならないような気もした。
(「助ける」と言ってもな…アイツにはアイツなりの「正しさ」があるんだろうし…。)
そんなことを考えているうちに、朝の支度が整う。もう9時を回った。
「行ってきます。」
「どこへ行くの?」
居間でテレビを観ていた妹の由利亜が問う。日曜の朝らしく、画面の中は怪人が暴れまわっている。
「まだ…観てたのか。」
「まぁね。そろそろ私も卒業かな…って思うけど、日曜の朝になればわかる。特撮からしか得られない栄養があるんだなって。シリアスな雰囲気に陽気な返信音。この対比が心に染みるね。」
顔はテレビを向いていても、ご満悦なのが晴人にはわかる。
「よくわからない。」
「・・・。それよりどこに行くのさ。」
「バイ…ちょっと散歩にな。」
魔法使い見習いバイトを由利亜に説明すれば、それこそ子供じみていると思われるだろう。
「珍しい。某氏が武道会で一回戦を突破するくらい珍しいね(ここまで早口)。夕飯までには帰ってきてね。」
「・・・わかった。」
晴人はドアを開け、外に出る。
(まぁ、逆にいつも通りで安心するな…。)
「早かったね。」
「ウィアナこそ。」
9時45分。先に着いていたのはウィアナだった。月桂樹の冠に天使の羽。既に変身していた。
「じゃあ、ちょっと早いけど始めようか。スマホを開いて。」
「了解。何をするの?」
「変身、拠点への移動、その他いろいろ便利なアプリを入れてもらう。」
「…。」
「晴人くんの言いたいことはわかるよ。魔法使いなら、もっと可愛かったり、かっこよかったりする変身アイテムがあると思ったんだよね。」
「ないの?」
晴人も由利亜ほどではないにせよ、そういうアイテムに憧れていた。
「一昔前はあったらしいんだけど…、セナさんがスマホを気に入ってしまって。『これぞ秩序の集大成!』って喜んでた。」
(会ったことないけど、あの人いつも秩序、秩序って言ってたしな…)
魔法少女の存在に比べればおかしいことではない。晴人は自分を納得させた。
「でも、魔法使いの武器、『オルガヌム』って言うんだけど、それはさすがにスマホにはできなかったから…、きっといいのが手に入るよ。」
ウィアナは弓矢を少し持ち上げる。
「わかった。じゃあ、そのアプリはどこでダウンロードできる?」
「待ってて。私から送信するね。」
Lineaにダウンロードリンクがアップされる。
タップするとホーム画面にアイコンが追加された。下にはMagica Romanicusと書いてある。ダウンロードが完了した。
「ちょうど10時近いし、私たちの拠点に行こうか。セナさんもそこにいるよ。マギカ・ロマニクス、略してマギロマを開いて。statioっていうボタン…、『基地』っていう意味。そのボタンを押して。…早く日本語対応してほしいね。」
「…わかった。」
以前、セナさんはラテン語でしか文字を書かないと葉月から聞いた。一体どんな人なのだろうか。いや、そもそも人なのだろうか。
「教科書で見たような景色だ。」
思わず嘆息が漏れる。魔法少女たちの拠点は、凱旋門や古代式の柱が立ち並ぶ、遺跡のような場所であった。
「どうして拠点も古代ローマ風なの?」
「私もさっぱり。セナさんは『全ての道はローマに通ず』とだけ言ってた。」
「そういうものなのかな…。」
二人は凱旋門をくぐり抜け、門と柱廊に囲まれた場所に着いた。
そこにはもう二人の魔法少女に加え、白い髪を後ろで束ねた、長身の女性がいた。ぶかぶかの布を羽織っている。
「晴人くんを連れてきました。」
「時間ピッタリだな。よくぞ来てくれた。」
「おはようございます。」
晴人はとりあえず挨拶をする。
「うむ。すばらしい挨拶だ。申し遅れた、とは言っても、もう知っているかもしれないが、私が上院セナだ。以後よろしく。」
「阿具里晴人です。改めましてよろしくお願いします。」
「この地から見守っていたが、やはりなかなかの好青年だな。そういう心掛けが、世界に『秩序』をもたらしてくれる。期待しているぞ。」
「はい。」
(意識高い系の怪しい人だ…。)
それだけはわかったような気がした。
「何か怪訝そうに見ているな。あ、私の身なりか?これは『トガ』と言ってだな、ローマ市民に最もふさわしい…」
「セナさん、本題に移りましょう。」
語り口をウィアナが止めた。
「オッホン、すまない。仲間が増えてつい嬉しくなってしまった。これじゃあ『秩序の番人』の面汚しだな。」
(俺も仲間…)
「さて、本題に入るが、君はオクタウィアナ始め、魔法少女たちのことはどれだけ知っているかな。」
「変身して、『渾沌の力』で暴れている人と戦ったりする…」
「雑だな。」
姉御気質の少女がはさむ。
「ごめんなさい。でもまだこれくらいしかわかりません。」
「まぁ、まだウィアナたちに出会って1週間と経っていないからな。無理もないだろう。私から説明する。」
「ありがとうございます。」
その後、だいたい次のようなことが語られた。ウィアナたち魔法少女は、セナから与えられた秩序の力『オーディニス』を使って、渾沌の力『カオス』を操る者たちと戦っている。今のところ敵の目的も正体もよくわかっておらず、以前戦った和也のように、渾沌の力を与えられた者『バルバリア』を退治しているに過ぎない。
また、オーディニスはセナを通じて代々少女たちに受け継がれており、かなり昔から魔法少女はいたようだ。今戦っている敵もそんなに古いものではなく、今まで殲滅した敵組織も少なくないとのこと。
「そして、まずは君の魔法使いとしての名前を付けなくてはな。」
(ああ、葉月とオクタウィアナみたいなものか。)
「阿具里晴人(あぐりはると)か。そうだ、アグリップスはどうだろうか。アウグストゥスの盟友、アグリッパから取ってみたぞ。」
「何か呼びにくいですね。」
ウィアナは言う。
「確かにそうっスね…略すにしても、プスは変っス…」
「アグリだと、農家みたいになっちまうからな…そのポジは譲らねぇ。」
「「「「うーん」」」」
(俺は置いてけぼりか…)
(もう、本名でいいや)
しばらくして晴人は感じる。
「あのー…もう、あぐりはる…」
「それだ。」
「!?」
ウィアナが何かに気づいたようだ。
「アグリハルス、略称ハル。これでどうですか。」
「うむ。よいだろう。」
「決まったっスね。」
「う、うん…」
(まぁ、悪くはないか。)
「それではこれで決定だな。では…今日は…」
「あ、ちょっと待ってくれ。」
「どうした、ティアナ。」
「アタシの略称、『ティアナ』だけど、『ウィアナ』と混ざるんだよな。『ディオクレティアーナ』から少し取って、『ディア』に変えてくれねぇか?」
(そういえばあの二人にも魔法少女名があるのか。)
「いいだろう。」
セナがディオクレティアーナの要求を承諾した。
「申し遅れたっスが、私、『マルカ・アウレリア』っス。『アウレリア』って呼んで欲しいっス。」
小柄な少女がひそひそ話す。
「わかった。よろしく、アウレリアちゃん」
「『ちゃん』付けやめるっス!」
大きな声で一瞬、場が凍る。
「これくらいの歳の子は、子供扱いがこたえるんだよ。」
ウィアナが小声で話す。
「す、すまない。」
「わかればいいっス。」
口は膨らませたままである。
「オッホン。」
セナが本日二度目の咳ばらいをする。
「今日のことだが…、ディアとアウレリアには晴人の訓練を指導してもらいたい。ウィアナは…少し話がある。」
「了解っス。」「おう。」
「じゃ、あそこに行くか。」
「あそこっスね。」
二人がにやけている。
「お、お手柔らかに…お願いします。」
これも借金返済のため。晴人は不安を抑え込む。
「話って何ですか。」
「カエサについてだ。」
「やっぱり、カエサのこと、まだ何か隠してたんですか…?」
「いや、これは新しい情報だ。ある少女…オッホン。彼から、カエサの目撃情報をもらった。」
「どこにですか?」
ウィアナが食いつく。
「最近、この拠点の各所に森が現れては消えているのを知っているだろう。」
「はい。『トイトブルク』ですね。以前調査しましたが、『カオス』によって作られた古代風兵士や蛮族が若干見られただけで、特に大きな問題はなかったので放置していたと思いますが…」
「彼が、トイトブルクに入っていく長髪のシルエットを目撃したらしい。」
「それって…!」
「まだ確証は取れていないが…もしかしたら、な。」
「すぐに向かいます。」
「まぁ…落ち着きなさい。トイトブルクは先日消滅してからしばらく出現していない。また出てくるまで気長に待とう。もっとも、目撃証言が正しかったとしても、既に移動している可能性もあるがな。」
「わかりました…。」
「話は以上だ。ハルの特訓に合流してやってくれ。」
「了解…です。」
「ここは…」
ハルが連れてこられたのは、典型的な、と言っても写真でしか見たことないが、円形闘技場であった。
「よし、じゃあまずは、変身して、お前の力を見せてくれ。」
「わかりました。」
ウィアナが言っていたように、変身はあのアプリでできるのだろう。Transabeoと書いてあるボタンを押す。
「トランサベオ!」
「変身は問題ないようっスね。」
ハルはいつか見た、長い白Tシャツを腰のベルトで巻いた、古代ローマで言うトゥニカスタイルに変身した。頭には月桂冠が乗っている。
「よし、じゃあ、あの時の魔法を出してみろ。」
「わかりました。トーメントゥム・オードゥム(秩序の火砲)!」
ハルは手のひらを前に出し、唱えた。
ボッ、と火が出る。
「あれ…」
といっても、ライター一本分の火だった。
「ハッハッハ!ろうそくに火つけんのには便利かもな!」
「うちの教会でつけてほしいっスね。」
「しょ、しょうがないじゃないですか!まだよくわかってないんだし。」
散々な言われように自然と抗議してしまった。
「いや、ここからはマジな話だが…」
ディアから笑いが消える。
「お前は前の戦いで、デッケー火だるまを作んのに成功した。あんなモン、初心者に作れるシロモンじゃねぇ。」
「私としたことが、ちょっと嫉妬したくらいっス。つまりハルさんは、何かコツを掴んでるはずっス。」
「何かなかったか?すべてぶっ壊してぇ、とか、アイツを絶対ぶっ〇してやる、とか、そういうやつ。」
「だいぶ…物騒ですね…」
「アタシん時はそうだったからな。」
「・・・。」
和也との戦いを思い出す。あの時、考えていたことと言えば、アイツと思いをぶつけ合いたい、自分の力を出しきって、アイツの思いに応えたい、そういうことばかりだった。
「自分の力を、アイツにぶつけたい…そう思ってました。」
「つまり、強い相手と思いっきし戦いてぇ、そういうことだな。」
(何か…違うような気がする…)
「そういうことなら、まさにうってつけっス。」
「待ってください!何をするんですか?」
「「エーウォコームス(召喚)!!」」
二人同時に唱えた。
闘技場の地面の一部がパカっと開く。
「まさか…これと?」
下から茶色のたてがみをまとった、一頭のライオンが出てきた。4本の足でゆっくりと近づく姿は、まさに「百獣の王」の貫録を醸し出す。
「まぁ、獅子は子を崖から落とす、って言うしな。これくらい、男なら耐えてみせろ。」
「それ…本当…なんですか?」
ハルは目の前の獅子に訊いた。獅子は不機嫌そうにそっぽを向く。
「それは私達がオーディニスで生み出したものなんで、訊いても意味ないっスよ。」
「ま、攻撃力はそんな変わんねぇだろ。」
(つまり結局…)
「ガウーン!!」
ライオンが急に距離をつめる。
「トーメントゥム・オードゥム!」
咄嗟に唱える。
(ライターから点火棒(いわゆるチャッ〇マン)くらいにはなったかな…あはは…)
「に、逃げろー!」
追いかけてくるライオンから必死で逃げる。ライオンはまだ余裕を残しているようだ。
「お、まずはランニングか!いい心がけだな!」
「見てないで助けてください!」
二人は観覧席から高見の見物をしていた。
「大丈夫っスよ!ハルさん!」
アウレリアが大声で伝える。
(さすがに…ピンチの時くらいは助けてくれるのか?)
「『怖い』という感情は主観的なものに過ぎないっスから、『怖い』と思わなければ怖くないっスよ。」
(何のフォローにもなってない!)
結局、魔法は一回も成功せず、小一時間逃げ回ったのだった。
「いい、アウグル。私のスマホを持ってコロッセウムに行ってきて。」
ウィアナは占卜鳥(せんぼくちょう)のアウグルと話している。
「ポー?」
アウグルは首を傾げた。
「私はコロッセウムに行って、ハルの特訓に合流した。だってスマホの位置情報もそうなってるから。カエサを探しになんて絶対に行ってないの。」
「ポー!ポー!」
羽をバタバタはばたかせ、怒ったように鳴いている。
「エサのミルワーム3倍。」
「ポー!(キラキラした目)」
ウィアナのスマホを咥えて、アウグルは飛び立つ。
「カエサ、今行くよ。」
拠点の空は常に青い。そんな空を神殿の柱ごしに見て、ウィアナは決意した。
#7 渾沌の森 chaos silva(後編)
「ポー…」
占卜鳥のアウグルは後悔していた。エサを増やすというウィアナからの提案に喜び、ハルたちが特訓中のコロッセウムへとノリノリでウィアナのスマホを運んできたわけだが…、あとでセナにばれるとエサどころか命が危ないかもしれない…。
しかし今さらどうにもならないので、コロッセウムの端、観覧席より少し高いそこで、静かにたたずんでいた。
「ポー!」
突然、アウグルは何かを察知する。スマホを足元に置き、飛び立った。
「よし、一旦休憩にするか。」
ハルがライオンに追い回され早1時間、ディアが呼びかける。
「レディス(戻れ)!お疲れ様っス。」
アウレリアが唱えると、ライオンは消えた。
ハルは息を切らし、その場に倒れこむ。
「ライオンが手加減していたとはいえ、よく逃げ切ったな。」
(やっぱり本気じゃなかったのか…)
だからこそ助かったような、なめられて悔しいような、いろんなことを考えていたが、
「でも、魔法は成功しなかったっスね。」
「うん…。」
ハルは魔法使いとしての無力感を覚えていた。変身して格好が変わったからといって、すぐにいろんな魔法を使いこなせるわけではないのだ。
「ま、ドンマイだ。続けてればいつかできるようになんだろ。」
「そうっス。初日にしては上出来っスよ。」
二人は笑顔で語りかける。
「ありがとう…ございます。」
(よかった…。職場の先輩が優しい…。俺、このバイトやっていけそうだよ…)
安堵して、心の中で語りかけたのも束の間…。ピン…とスマホの着信音が鳴った。
「「!!」」
ディアとアウレリアが何かに気づく。
「どうしたんですか…。」
「バルバリアだ。アウグルが見つけた。」
「渾沌の力で、街を襲ってるっス!」
「すぐに出動だな。」
「…!」
咄嗟に、ハルはリゲル通りで出会った暴漢を思い出す。自分に襲い掛かってきたあの男、ウィアナの攻撃で心の「秩序」を失い、無気力になったあの男…
自分自身も経験があるため、ハルの心残りとなっていた。
「俺も行きます!」
「ダメだ。」
ディアにあっさりと断られる。
「俺は…カエサさんのように…」
「話はウィアナさんから聞いてるっス。ハルさんは…どんな悪人でも、心の秩序を壊して無力化するより、その人に向き合って、渾沌の力から救ってあげたいんスよね。」
「そう…です。」
「アタシたちもセナも、同じ気持ちだ。でも、相手がダチならともかく、見ず知らずのヤツらに、そうするのは簡単じゃねぇ…、かといって放置してたら、街の人たちが、世界の秩序が壊れかねねぇ…。バルバリア一人と社会の秩序、お前ならどっちを選ぶ。」
「俺はどっちも選ぶ!」
ハルは身を乗り出し、ディアに主張する。
「ハルさん…むっ…」
アウレリアが口を膨らませる。何か言いたい様子だ。
「まぁ待てアウレリア。」
ディアがアウレリアを押さえつけた。
「アタシたちの前で大見得を切るその気概、嫌いじゃねぇ。ただよ…今のままじゃただの自分勝手だ。」
「だから何ですか。」
「…自分勝手が悪いわけじゃねぇ。けど、それを突き通すには、相応の力が要る。」
「何が言いたい…」
「今のお前じゃ、足手まとい、ってことだ。夢は強くなった時に取っとけ。」
「…はい。」
「ま、落ち込むな。そんじゃ。行くぞ、アウレリア!」
「ハイっス!」
二人はマギロマ(アプリ)を使い、現実世界へと戻る。
(そっか…俺、まだ何もできないのか…)
空っぽになった闘技場の中、魔法使いの世界はそんなに甘くないと、ハルは思った。
「ここ…どこだ?」
ハルは道に迷っていた。あたり一面柱廊や、偉人や神(と思わしき)像ばかりで、自分がどこにいるのかよくわからない。
ディアとアウレリアの二人が出た後、スマホの時計を確認したところ、4時間のシフトのうちまだ半分しか終わっていなかった。途中でバックレるのは気が引けたので、セナに仕事を聞くために電話しようとした。しかしマギロマの言語設定はラテン語のみで、どのボタンを押せばよいかわからない。ウィアナに送ったlineaも未読のまま…。とりあえず、朝に集合した場所に戻ろうと思ったらこの通りだ。
(訓練内容への不安で、道覚えてなかった…。)
コロッセウムから出てきてしまったことを強く後悔した。
(とりあえず、マギロマで一旦現世に戻るか…)
そう思ったとき、
「おいで…」
「!?」
何者かの声が聞こえる。太めの女声。セナの声に似ている。
「セナさん!そこにいるんですか!」
声のする方向を向くと、深い森があった。
「あれ、さっきまでこんな森ありましたっけ?」
「うふふ…。」
声は不気味に笑う。
(まさか、これも何かの特訓かな…。)
数分前にライオンを見たハルにとって、あまり不自然なことではなかったのだ。
(やるしか…ないか。)
いち早く魔法を身につけ、強くなりたい。そんな気持ちでハルは森へと駆け出す。
(この森…どこかで見覚えがあるような…)
森の中をしばらく歩いて、ハルはあたりを見回す。前後左右、あるものといえば樹木。下を見ても木の根っこと、少しコケがむしている。何の変哲もない、絵に描いたような森だが、晴人には不思議と見覚えがあった。
(昔、ユリとこんな森を歩いたっけ。)
昔のことを思い出す。といっても、もうかなりぼやけた記憶だが。
(これは一体どこに続いているんだ?)
森に入ってからしばらく、まだ訓練らしいことは何もない。スマホもなぜか起動せず、マギロマも使えない。来た道を引き返しても出られなかったので、とにかく前へと進んだ。不安もあったが、それよりもこの森に惹かれていたのだ。言いようのない期待と昂揚感をハルは感じていた。
「!」
もうしばらくして、ハルは木々の間に光が見た。薄暗い森の中の強い光。
(行こう…!)
ハルの昂揚は最高潮に達する。無我夢中で光へと駆けた。
「ここは…」
周りを見ても樹木は一本もない。ここは…カエサと出会った、そしてウィアナと話した、あの河川敷だ。
「いらっしゃい。」
ハルは後ろに振り返る。長い黒髪、月桂樹の冠をかぶった女性…
「カエサさん…!」
ハルは恩人との再会を喜んだ。
(そうか、森の奥に心惹かれたのは、そういうことだったのか!)
彼女にゆっくり近づく。
「お久し…」
「ねぇ。」
ハルの言葉を遮る。
「何…ですか…」
「世界はもっと、渾沌であるべきだと、思わない?」
「!?」
突然の問いかけに、ハルはあっけにとられた。
「大変よねぇ…世界の『秩序』を守るのは。」
(俺の知ってるカエサさんじゃない…。)
出会ってから数年が経っているとはいえ、明らかに様子がおかしい。
「でも秩序って、そんなにいいものかしら。」
「どういう、意味ですか。」
「人間は、今まで多くの渾沌を経験してきたわ。小さな喧嘩から、略奪、紛争、革命まで。挙げたらきりがないわね。でも、それはどれも人間同士の不和と言える。そうよね。」
(いろんな原因があったとはいえ、結局は人間同士の不和なのかもしれない…)
ハルは黙っている。
「そうした不和を解決するには何が必要だと思う?」
「力…ですか。」
自分勝手を突き通すには力が要る。ハルはディアから聞いた言葉を思い出す。
「確かに、力も必要ね。でもそれだけでは、力に負けた側の恨みで、また不和が生まれるだけね。」
「じゃあ、何が必要なんですか…」
「それはね…『秩序』よ。規則、道徳、常識、優劣。どれも圧倒的な力で人々をその枠組みの中に取り込み、不和を押さえつける『秩序』ね。」
「…セナさんみたいなことを言いますね。」
「アイツと一緒にしないで。」
強く否定され、ハルはたじろぐ。
「…本題に戻るわね。『秩序』は世界中に広まり、不完全とはいえ、平和と安寧をもたらした。でもその秩序に苦しんでいる人もいる。和也くん…だったっけ。彼もそうだったみたいじゃない。」
「どういうこと…ですか。」
「あなたはかつて、宿題をやってこなかった彼を糾弾したわね。なぜそうしたの?」
「それは…アイツの事情を知らなかったから…」
当時和也は両親が離婚して、精神的に宿題どころではなかったのだ。
「もっと根源的な話。どうして、『宿題をやってこなかった』彼を糾弾したの?」
「それは、宿題をやってくる自分が、偉いと思ってて、和也にもそうなってほしかったから…。」
「それよ。」
強い言い方に、再びたじろぐ。
「宿題をやる、つまり、学校という枠組みの中で、『規則』を守る。それが当然の『常識』であって、それを満たすものは、『優れた』者になれる。そう思っていたのね。」
(確かに、心の底ではそんなことを考えていたのかもしれない…)
「はい。」
「でも、あなたはそれで和也君を傷つけた。そうよね。」
「・・・。」
数日前の一件で和解したといえど、まだあまり思い出したくない記憶であった。
「うふふ。」
カエサに似た女性は不気味に微笑む。
「社会も学校と同じよ。『秩序』は例外を許さない。規則を守れない人、常識を知らない人、『劣って』いるとされる者、そういった人たちは、秩序の枠組みから外れて不和を起こす『悪』とみなされ、傷つけられる。あなたは言っていたわよね。どんな悪人にもその人の『正しさ』がある以上、だれも傷つけたくないって。でも、セナや魔法少女たちと『秩序』を守っても、結局彼らは救えない。和也君みたいに救えても、また新しい『悪人』が生まれるだけなんじゃないかしら。」
「!?」
ハルは愕然とした。秩序が彼らを悪人にした。すると秩序を守ることは、自分の望みと相反するのではないか…。
「じゃあ、どうすれば…。」
「簡単よ。世界をもっと、渾沌にすればいいの。規則も、道徳も、常識も、優劣も全部なくして、人々の価値観をリセットするの。そうすれば、社会という枠組みはなくなって、そこから外れる人もいなくなるわ。」
「・・・!」
目から鱗が落ちる。心が恍惚に包まれる。もはや女性がカエサなのか否かはどうでもよくなっていた。
「ねぇ、あなたも私と一緒に来ない?渾沌の力で、世界を変えてみない?」
この人に、ついていきたい…。その憧れが、ハルの心を支配していた。
「はい、行きま…!」
「サジッタ・アングリカエ!」
数日のうちに聞きなれた声。二人の間に一本の矢が飛ぶ。
「黙って聴いてたけど、もう限界よ!」
二人の近くに、ウィアナが降り立つ。
「カエサは、本物のカエサは、街のみんなが楽しく平和に暮らせるように、秩序を守ってきた!その苦労も知らずに、何が『世界をもっと渾沌にする』よ!カエサの姿で秩序を語るな!」
涙声で叫んだ。
(ウィアナ、じゃなくて、葉月…!)
話し方といい、目に浮かべた涙といい、その少女はウィアナというより葉月に近いように感じた。
「あら、カエサは本当に秩序を守りたいと思っているのかしら。」
「私にはわかる!だって私はカエサの…」
「カエサの、何なの?」
「カエサの…後継者だから!カエサの想いは、まだ私の中に残ってる!」
ウィアナは狙いを定め、もう一本の矢を放つ。しかし女性の手から出る黒いオーラによって、造作なく止められてしまった。
「邪魔が入ったわね。今日のところはこれで失礼するわ。今日の答え、いつでも待ってるわよ。」
女性はハルの方を向き、微笑んだ。
「プリューマ・テンペスタース(翼の暴風)!」
ウィアナが翼をはためかせ、暴風を起こす。しかしそれもむなしく女性は消えていた。
足元の河川敷も消え、柱廊と石像が立ち並ぶ、拠点の風景に戻った。
「ディアとアウレリアが出動した後、私はハルの特訓に付き合っていました。」
シフトの時間を大幅に過ぎ、ウィアナはセナに今日のことを報告する。晴人だけがウィアナの嘘を知っていたが、バラしたらあの女性に賛同しかけたことをセナにバラすと脅されていた。
「そうか…確かに街に現れたバルバリアはあまり強くはなかったからディアとアウレリアで十分対処できたが、どうして出動しなかったのだ?」
「はい。ハルがバルバリアと戦えるように鍛え上げた方が、より有意義だと思ったからです。」
「そういうことは私に相談してから判断するのだ。今回は特別に許してやるが、以後報告を忘れないように。」
「はい。今後気を付けてまいります。」
「まったく…これだと世界秩序の前に、我々の秩序が乱れてしまうぞ。」
「はい。すみません。」
ハルはウィアナから目を逸らし、ディアとアウレリアの方を見る。ニヤニヤ笑っていた。
(たぶん二人も知ってるな…)
「晴人くん!」
「あ、はい!」
セナに不意を突かれた。
「魔法使い見習いの初日、ご苦労であった。これからも世界の『秩序』を守れるよう、日々鍛錬に励むのだぞ。」
「…はい。」
「では解散だ!今日は遅い時間になってしまったからな。残業代も出しておくぞ。」
「お、ありがとな!」
ディアが喜んだ。
「晴人くん、ちょっと待って。」
すっかり空が暗くなった帰り際、ウィアナに引き留められる。変身はまだ解けていない。
「何?」
「カエサの偽物に、色々吹きこまれてたみたいだけど…結局、晴人くんはどうしたいの?」
「…。」
晴人はウィアナを見つめる。涙で赤くなったまぶた。月桂樹の冠。あの時のカエサと、ニセモノのカエサと、ウィアナ…。3人のイメージが頭の中を巡っている。
「今は…俺は…渾沌の力に飲み込まれた人を、バルバリアを、救いたい。俺たちの知ってる、あの時のカエサがそうしたように。」
「そう…。」
少なくともそれだけは本当の願いであった。
「だから、魔法使いとしてもっと強くなりたい。みんなの足手まといにならないように…。」
「…私がそうしてあげるわ。」
ウィアナがほほえむ。
「いいのか?」
「ええ。カエサの後継ぎの私に任せなさい。あのニセモノなんて、一瞬でやつけられるようにしてあげる。改めてよろしくね。」
「…よろしく。」
星空の下、晴人はウィアナの手を握る。
「そうと決まれば明日から特訓だね。」
「え、明日も…。」
「毎日続ければ、ゆっくりと、でも着実に強くなれるよ。」
「う、うん…」
大きな理想を抱いても、実際に特訓するとなると、なかなか気が進まない。
(でも、やるしかないか。)
点き始めた街灯に照らされながら、晴人は固く決心をした。
「どうだった?晴人くん。」
真っ暗な森の中、二人の女性が会話している。
「私についてきてくれそうだったけど、邪魔が入ったわ。あなたの後継者にね。」
「そう…。晴人くんと葉月ちゃん。サイは投げられたね。」
「いつもそれね。」
一人がため息をつく。
「ふふん♪」
もう一人は何やら嬉しそうにしている。
主な変更点
・ディアの一人称を「俺」から「アタシ」に変更。
その方が姉御感が出るのと、「俺」だと晴人とかぶってわかりにくい…
その他表現の削除、修正
創作ウラ話
#5
大学の先輩で髪を染めたチャラそうな人がいた。勝手な苦手意識を持っていたが、先輩の学生証に写っていたのは地味そうな学生。一気に親近感が湧いた。
オクタウィアヌスは生涯病弱だったから、政界に出る前、幼い頃は地味だったんじゃないかなー、という勝手な推定です。
#6
作者は特殊なバイト(怪しくはないですよ)しかしてないので、飲食店とか塾講とか、メジャーなバイトの雰囲気を知らない。だから初バイトのときの心情がうまく表現できてなかったら教えてください。(そもそも魔法使いバイトはメジャーなバイトなのか?)
#7
ニセカエサの思想は結構強めになってしまったね…。秩序と渾沌それから…。この物語の主題にしていこうと思います。よければお付き合いください。
次回 #8 奇妙な集会 conventus inusitatus
サムネイル画像
PAKUTASO 『ローマにある修復中の遺跡(フォロロマーノ)の無料写真素材』