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花嫁をさらった男(エッセイ×ショートショート)

これは本当にあった話である。

30年ほど前のことだ。大阪の探偵社TNSのもとに、風変りな調査依頼がよせられた。
その内容とは、次のようなものだった。

「某月某日、ウェディングドレス姿の女性を荷台に乗せた自転車が、うちの前の坂道をかけ下りていくのを目撃しました。荷台に横座りになった花嫁が、すぅーっと目の前を通り過ぎていったのです。その表情はベールに遮られて、わかりませんでした。

自転車を運転していたのは20代〜30代くらいの男です。もしかしたら、映画『卒業』のダスティンホフマンさながらに結婚式にのりこんで、花嫁を連れ去ったのかもしれません。
花嫁は、何らかの事情で引き裂かれていた彼が助けにきてくれたのを幸いと、一緒に逃げたとも考えられます。しかし悪くすると、かねてからしつこく言い寄ってきていた男に、脅されて連れ去られた可能性もあります。
いったい何があったのでしょう。花嫁はどこへ連れていかれ、その後どうなったのか、気がかりでなりません。

私はその自転車が坂道をおりてくるのを2階の窓から見つけて大急ぎでカメラを手にとり自宅の外へと飛び出しました。そのとき撮影した写真を同封します。捜査の手掛かりになるといいのですが…。探偵さん、どうかよろしくお願いします」

同封写真を、ためつすがめつ眺めるTNS所属の探偵S氏。きぃぶち眼鏡の奥の、つぶらな瞳がギラリと光る。

TNS社の局長は、依頼内容が風変りであればあるほど喜んで依頼を引き受けたがる人物だ。というよりむしろ、「オモロイ調査は無いかいな」と、一文の得にもならない依頼ばかりをとってくる。ほかに本職があるが、趣味が高じて探偵集団を集めてしまったほどなのだ。
探偵Sにしてもおんなじで、局長から頼まれて本業の片手間にはじめたが、いまとなっては報酬度外視。問題解決に向けいかにアプローチしていくか。それが彼のプライドだといっていい。


花嫁を乗せた自転車がかけ下りたのは、依頼をよせた依頼者の住所により、京都市〇京区にある長く緩やかな坂道だということがすでにわかっている。

探偵Sは写真を手に、ある占い師のもとを訪ねて訊いた。
「自転車に乗ってる男性と花嫁さんは、このあといったい、どうなったんでっしゃろ…?」

占い師は写真に視線を落とし、そして、おもむろに口を開いた。
「そうですねぇ…。ひらけてますねぇ…」

「ひ、ひらけてる…? ひらけてるて、いったい何が、何がひらけてるんでっかっ!?」
探偵Sの、胸の鼓動は速まるばかり。

「未来が、ですねぇ… 二人のまえに未来が」

「みっ、みっ、未来!? 未来がこの二人の前にひらけてる、言ぅんでんな? どこにそれが見えますのん?」

(二人の前に未来があるぅいうことは、無理やり連れ去ったんやない、いうことか? 望まへん結婚を強いられてた花嫁を、元カレが? いや、今カレが? 連れて逃げてもぅた、いうことなんやろか…?)

「この自転車がねぇ、写真の左端に寄って写ってますでしょ。進行方向の道が、広ぅ空いてますやん?」


探偵Sは、くだんの長く緩やかな坂を上っていくことにした。坂を上りつめたところに、中高一貫のミッションスクールがあるという。そこに何かしら…きっと何かしら手掛かりがあるにちがいない。

(占い師は、「二人の行く手に未来が」言ぅとったな。ちゅうことは、やっぱりストーカーや無うて、元カレか今カレが花嫁をさらって駆け落ちしたぁいうことになるんやろか?)

学校の門を入ると、すぐ正面に教会があった。
神父によれば、某月某日、ともかくここで一組の挙式があったらしい。

「…… というわけで伺いますけど、誓いの言葉のあとに花嫁が連れ去られたとかなんとか、あったんとちゃいますかねぇ?」

神父は、何のことだか理解できないといった様子で聞いている。
「結婚トハァ 病メル トキモォ 健ヤカナル トキモォ、(ゴホン!) 富メル トキモォ 貧シキ トキモォ (…ゴホン!ゴホゴホゴホッ!) …えーと? Ah, yes! 愛シ敬ウコト 誓イマァス。偽リ ノォ 結婚 ナドォ アリエー、アリエー、アリエー …… ル?  ちがう! アリエーナァァイ!」

(そうかぁ。神父さんもそうカンタンに、花嫁の連れ去り事件について口を割れへんかぁ…)
「ふぅ。そやけどね神父はん。この世の中、もっともらしぃ聞こえることが、実のところ、もっともやなかったりしまんねんて。それとは逆に『え~そんなことホンマにあんのぉ~!? 』っちゅう有り得へんことのほうが、真実だったりしまんねやって…」

そのときだ。よくとおる女性の声が、いきなり教会内に響きわたった。
「私その結婚式、参加してぜんぶ見てましたよ。よろしければお話しします!」

探偵Sは、神父のほうへ向きなおった。きぃぶち眼鏡の奥の、つぶらな瞳がギラりと光る。
「な? ありえへんこと、ホンマに起こったやろ?」


「はじめまして。突然にお声がけして失礼しました。私A子と申します。その花嫁さんの、大学のサークルで後輩だった者です。私、J航空の客室乗務員に内定しているんですけど、じつは結婚も決まったところで…。すこし勤めたら退職するつもりです。仕事に未練ですか? うーん、不思議ですけどありませんね。ええ、プロポーズされて幸せです。
いま式場をどこにするか探して回っているんですが、今日はY美先輩…その花嫁さんのことですけど、挙式された教会をあらためて見に来たところだったんです。

Y美先輩は大学でかなり目立つ存在でしたね。活発で、学祭でも実行委員長としてガンバっていましたし。エンターテインメントとか、注目を浴びることも好きだったんじゃないかな?
ほら、国産車でもドアが翼のように上へ向かって開く車ってありますでしょ? そういう車を運転して学校に通うような、一般的な女子大生とはちょっと違うタイプの人でしたね。
おかっぱ頭のかわいい女性です。顔はちょっと石田ひかりさんに似てたかな。学生のころから日舞のお免状をもっていて。妹さんも女優さんでしたし、きっと芸事の好きなご家庭だったんでしょうね。

ウェディングドレスは、先輩が自分で手作りされたようですよ。ずっと夢だったんですって。自分で作ったウェディングドレスを着て、母校の教会で結婚式を挙げる、っていうのが。理想の結婚式っていうのがあって、それを本当に実行するのって、いかにもY美先輩、って感じですね。

…じつはY美先輩には、大学のときにずっとお付き合いしていた彼がいたんですよ。同じサークルの、同じ学年の人で。スラっと背が高くてカッコイイ方です。

Y先輩が大学を卒業してすぐに結婚するって聞いた時には、てっきりその彼がお相手かと思ったんですけど…それが招待状を見てみると別人だったんですから、もうビックリですよ。見たことも聞いたこともない、知らない人の名前が招待状に書かれていたんですから。
しかも実際に結婚式に出席してみると、彼とはまったく違うタイプの、野性的でお父さんっぽい感じの人が花婿さんじゃないですか…すごく意外な気がしましたね……」


夜も更けたころ、テレビを見ていたわたしは驚いて叫び声をあげそうになった。横で眠っていた祖母を揺り起こそうとしたほどだ。
数か月まえに出席したY美の結婚式。彼女のウェディングドレス姿が、テレビ画面に映っている。

すこし説明させていただくと、Y美とは同じサークルだった。学年はわたしの一つ下だったが、車に乗せてもらって一緒にランチとか比叡山ドライブに出かけたものである。
Y美の部屋には、飛行機の客室乗務員になるための本があった。英会話がうまかったし、おそらくCA志望だったのだろう。

それにしてもあのことは、わたしもいまだに理解できずにいる。

Y美には、学生時代にずっとつき合っていたRという彼がいたのだ。ところが彼女の卒業後すぐに届いた結婚式の招待状に、Rではない人の名前があった。
わたしは卒業したあと郷里に帰って仕事をしていたし、何があったのか聞いてはいない。しかも結婚式で登場した花婿さんは、Rとは雰囲気も容姿も年齢も、何から何まで異なる人で、わたしは狐につままれた気がしてならなかった。

あぁ、説明がすこし長くなってきた。申し訳ない。
深夜のテレビ番組で起こったことを話そうとしていたのだった。

「ウェディングドレスの女性を乗せた自転車が坂道を下りていくのを目撃したのですが、もしかしたら、誰かがダスティンホフマンよろしく花嫁をかっさらったのかもしれません、探偵さん、どうか調べてください」と視聴者が便りを寄せたことで、出演者であるきぃぶち眼鏡の探偵さんが、調査に乗りだしていたのである。
占い師とともに、「未来がひらけてますなぁ」「そうでんな」などと、飄々とした捜索ぶりが観覧席を沸かせていた。

調査結果は、言われなくても知っている。あの挙式のことなのだから。

彼女は結婚してすぐ、研究者のご主人とともにアメリカへと渡った。
つまりあの日は、白いタキシード姿のガッシリした花婿が、自転車の後ろに花嫁を乗っけて、パーティ会場へと仲良く二人乗りしていたのだった。通り道に面したおうちの方が、写真を撮って調査依頼したというわけだ。
「『卒業』のように花嫁を略奪したのかも?」というお便りからは、依頼者がちょっぴりドラマチックを欲しがりすぎていたことがうかがえる。

ひとつ放送されていなかったことをつけ足すと、パーティが終わったあと、紙や風船で「Just married」と飾りたてられた彼女の車に乗って、二人は去った。ウェディングドレス姿の花嫁が運転しているところが、自転車のときとはちがっていたが。
二人は未来へ向けて自転車を漕ぎだし、翼のついた車で飛びたっていったのである。

番組は、アメリカからのビデオレターで締めくくられた。どこかの林の中を、仲良く自転車に乗ってくる二人。普段着で荷台に座っているY美は、笑顔でカメラに向かって手を振っていた。
「わたしたちは元気でやっています!」というメッセージに、ホッと安心したものだ。


すべてが、それはそれで良いことだった。

元カレのRは、挙式にもパーティにも参加していた。

これもこれで、何もかもが良いことだった。

わたしがいまだに理解できないでいるというのは、まったく別のところにある。
それは、Y美の結婚からあまり間をおかずに、Rが結婚したこと。CAをしていたわたしたちの後輩がお相手だった。
けっきょく、わたしはこっちの結婚披露パーティにも、狐につままれた感じで参加した。Y美がCAに憧れていたことと、Rの相手がCAだったことは一切関係ないはずだ…けど、あんまり考えないことにしよう。

それにしても、みんないつの間に? 世の中いったい何がどうなっているんだろう。これはもう、人知の及ぶところのものではないように思われる。

ただ、わかるのは、人にはときにそういう不思議があり、そういう不思議があっていいということだ。

わたしが探偵さんに依頼することは、これから先もきっと無い。

(了)



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