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エッセイ|闘いの前夜

絶対に失敗できない仕事というものがある。
というか、どんな仕事だって失敗はよくないのだけど、全プライドをかけて闘わねばならない時がある。


本心を言ってしまえば、勤めている会社を愛せない。いつ辞めようか、辞めてもいいやと思いながらやってきた。それでも辞めずにいるのは、平たく言えば一人でやっていく力がないから……である。


昨年の秋、外人社長に対して希望をひとつ願いでて、勢いのまま苦情を述べた。述べても、述べ足りないほどの苦情があった。
結局うまい具合にはぐらかされて、(それじゃあこちらは自分の好きなようにするまでのこと)と、心に決めていたところだったのである。

ところが、ここにきて或るミッションが言い渡された。間違いなく昨年のあの行いが招いたことだ。

もしかしたら、気をつかわれたのかもしれない。あるいは、試されているとも考えられる。

そんなに言うくらいなら、おまえ出来るか? やってみろ。

そんな挑戦状をつきつけられているような気にもなる。


こうなったら、あとに引くわけにはいかない。


それに、単なる力試しで課されるにしては、あまりに荷が重すぎる。いままで誰もやったことがない仕事であるうえに、やりきれなければ早速来年あたりから、会社が決算を迎えられなくなってくる。

だから、どんな事情があったとしても、とにかく任された以上は「できませんでした」では済まされない。

さらにいうと……失敗を期待する人々が、一部にいることだって推測できる。どうせできっこないだろう、そう見くびっている者たちも。

だからこそ、屈するわけにはいかないんだ。
これからは、意地とプライドをかけた闘いが待っている。


***


連休前の2月22日、仕事を終えて帰宅する直前に、ふっと衝動が頭をよぎった。

今日うちに帰ったら、ケーキと果物をまとめ食いしたい、ってこと。

帰宅してすぐ、スーパーで買ったモンブラン、苺、紅茶をテーブルに準備する。大きめの柑橘類にはナイフを入れた。

なにも、帰宅後はご飯を食べなければならないと決まっているわけではない。こんな予定不調和な夜があったっていいんだ。(でもデザート後に、ご飯だって食べることは食べるんだけど)

先に果物を食べてからケーキへという流れを頭に描く。その順序でなければ、果物は存分に楽しめないからだ。

生クリームとお砂糖たっぷりの、まさに体に悪そうなケーキ。いつもは録画で楽しむ俳句番組を、放映時間に視聴しながら、嬉々として口に運んでいくこの至福。

あれ? うっかりケーキを先にしちゃったな。


お風呂あがりは朝ドラの録画を見たかったのに、「ブギウギ音楽祭」というのをやっている。やっているからには、見ないわけにいかないだろう? その後もドラマの番組予告が目白押しだ。目を離してなどいられない。おっと、大河か。そういえば前回の録画をまだ見てなかったな。でもここいらで朝ドラの録画を見ておかないと。それが終わってから大河といこう。

こうして闘いの前夜は、NHKの沼にズブズブになって更けていく。こんな予定不調和というか、予定調和な夜があったっていい。


ふっと、百合の香りがした。
そういえば、さっきから百合の香りが何度か気になっていた。

うちに百合は置いてない。何だろうと見回すと、「幸福の木」に、驚くべき変化が起こっていた。(幸福の木については、以前の「『幸福の木』に花が咲いて」というエッセイに記録している)

「幸福の木」ことドラセナという観葉植物に、花茎が出始めたのはこの2月の初旬。初めはカリフラワーっぽい粒々つぶつぶが出て、それが花なのだろうと思っていた。
ところが、その粒の一つひとつが近ごろでは長さ2cmほどの筒状になって伸びてきて、ちょっとだけ気味が悪いと思っていたところ……なんと今その筒が開いて、一目で花だとわかる形をしているのだ。

開いているのはわずか5輪ほどなので、よく見なければ気づかない。一輪の花びらは6枚。真ん中にしべが1本、その周りにしべが6本。

それにしても最終的に花開くまで、長い準備時期をかけて少しずつ形を変えながら楽しませてくれるものである。そしてたった5輪でも、こうやって咲いてしまえば、まるで百合かというような甘い香りを辺りに放つ。

そういえばこの花、一つひとつがミニチュアの百合のように見えなくもない。筒状をしているだけに、まさにミニ鉄砲ユリといったところか?(ちなみに、花は翌朝には萎んでしまった)。

こんなにかぐわしい香りがするだけで、幸せだと思えてしまう。もしかしたら、それで「幸福の木」というのかもしれないな、とも。

この花は、予定調和なのか、それとも予定不調和というべきなのか。


1年後か2年後か、与えられたミッションに一区切りつけることができたとき、一人でやっていける自分になっていたらいいなと思う。

そのときこそ、自分の小さな花を、咲かせることができるのかもしれない。そう信じてやっていくだけだ。



闘いの前夜には、予定調和やら予定不調和やらが、押し寄せるようにやってくる。


(了)

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