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短編・二人称ホラー小説『あなた』       ~人撹者~




着信


 ♫♬♪♩♫♬♪♩♫♬♪♩♫・・・・・・

 スマホから着信が鳴っている。『あなた』は非通知からの着信は絶対に取ることはない。
 が・・・・・・
 なぜかこの着信は取らなきゃいけない気がする。何らかの脅迫概念のように差し迫られながら、恐るおそる画面をスライドした。

「・・・はい」

 電話口の相手は三秒ほど無言を返してくる。

「・・・殺す・・・殺す・・・殺させて」

 あなたは気持ち悪くなり、急いで通話を切った。しかし、また直ぐに着信が入る。また非通知だ。

「・・・はい」

「早くそこから逃げて!電話は絶対に取らなきゃいけない!僕が協力できなくなっちゃうから。『あいつ』からも着信が入ると思うけど、『あいつ』の話は聞かないで。お願い」

「『あなた』は誰?あいつって?」

 あなたにはずっと以前から、間違い電話やイタズラ電話が相次いでいた。番号を変えてもその状況は変わらない。しかし、最近になってその内容が自分の身の回りに起こる出来事とリンクするようになっていた。

「・・・はっ、『あいつ』だ・・・とにかく、また電話するから、待ってて」

 プツッ・・・・・・

 『僕』・・・少年と思われる子からの電話は初めてで、なんだか安心できる声だった。


変更


「・・・でしたら『番号指定』なんかが出来まして、下四桁をお客様のお好きな数字を指定して頂き、空きがあればその番号をご案内できます。しかしイタズラ電話などが再度ない、という保証は御座いません。ただ、多くの犯罪に関わる着信というのもランダムで手あたり次第に”生きている”番号を自動で探していますので、機械にお任せするよりかはマシになるかも、程度ですが。かといって、誕生日などの分かり易い、例えば0101~1231までの数字は似た数字にて逆に間違いやイタズラが多く、そして詐欺のような犯罪グループも予測されていて変な着信が多くなると思いますので、そういった指定は避けた方がいいですが。・・・どうされます?」

 あなたは自身が使っている携帯キャリアの店舗で、番号の変更をお願いしに来ていました。

「では、〇〇〇〇でお願いします」

「かしこまりました。ではスマホ本体と本人確認書類のご提示をお願いします」

 あなたはこれで三度目の番号変更をしたにも関わらず、迷惑電話がなくなることはありませんでした。番号変更の手数料も安くはない金額なのにと、ずっとストレスを感じ「これは携帯会社の策略では」とすら考える程に苛立ちを隠せません。


 しかし、番号変更をしたその夜にもまた

 ♫♬♪♩♫♬♪♩♫♬♪♩♫・・・・・・

「・・・はい」

「・・・お前はそれで満足か・・・・・・」
 プツッ・・・プー・・・プー・・・プー・・・・・・

 通信のみのSIMにしようとこの時に決意しました。


 ネットからMNPの手続きをしようとして、意味が無いことに気が付く。通常電話が無いのに何をしているんだ、と。また無駄に手数料を取られる所だった。
 新規で通信専用SIM手続きを済ませて、後はカードが届くのを待つのみ。やっとこのストレスから解放されるんだと、安堵から安らかな眠りについた。


悪夢


 非通知からの着信なんてフル無視していればいい。しかし、取らずにいたその夜には必ず、嫌な夢をあなたは見ます。

 あなた自身が何度も、殺される『夢』を・・・・・・

 様々な殺され方をします。絞殺、毒殺、刺殺、溺死、撲殺、焼殺、酸殺、ショック死、大量出血死、事故死、転落死etc…

 煩わしさから、取るだけ取って後は無視をし受話口まで耳を付けずにいても、それは取らなかったと同じ扱いをされて、また『夢』で殺される。

 夢を見ないと言う人がたまにいますが、本当にそんな人がいれば羨ましい。覚えていないだけであり、そんな人にあなたが見る『悪夢』を見せてやりたい程に妬ましかった。
 なぜそう思うのか。電話と悪夢のこの関連性がなぜあるかという根拠は、睡眠中に電話が掛かってきたことがあり、その後に悪夢は見なくなった。それと、夢の中でも電話が掛かってくることもあり、それに出ると殺されなくなったという、まるで暗示と兆しを示すように現象がリンクしてくるからだ。

 これが何度も続くと、嫌でも電話に出なきゃいけないと洗脳されているかのようになってしまっていた。

 夢占いで殺される夢は「吉兆」と言われている記事を読んだこともあるが、そんな気休めでこのストレスと、取らなければ寝不足になるほどの現状の救いになることもなかった。

 夢の中での犯人の顔は、まるであの有名な名探偵アニメに出てくるように真っ黒な顔をしていてフードを被り、判明が出来ない。身長も中肉中背、男女もハッキリしない。霊媒などの映画やドラマによくあるように、予知夢だとか予兆のような夢であればまだマシなのだが、そんなこともなくずっとただの嫌がらせのように迷惑電話と悪夢を見せてくる。

 あなたはとくに誰からも恨まれるようなことをする人でもなければ、身に覚えもない。そもそも普通の電話番号なんて誰にも教えていない。今どきはビデオチャットだとかSNSの通信を使ったインターネット通話が一般的で、普通電話なんて仕事や親ですら使わない。役所だとか電気やガスといった必要最低限の手続き上に書いた連絡先からぐらいのはずなのに、こんなことになぜなるのかと自分の人生を疎むようにもなってしまう。

 といっても、迷惑電話は一日に一回だけで日常やスマホの使用に困窮するというほどでもなく、ただしかし気持ち悪いし、ジワジワとしたストレスを感じることがまるで取り知れない”ささくれ”のように気になってしまうのが嫌だった。
 言っている内容も支離滅裂。「お前は誰だ」「私はここに居る」「ずっと待っている」など、急にこっちも何かを知っている体で語りかけてくる。あなたは毎回「なに?」「だれ?」「なんなの?!」と言うと向こうから切られて拍子抜けさせられるだけ。声も男女バラバラ。年齢は不詳。ただ、恐らく声は一定の人数がローテーションのように三、四人で声が一致している気がする。

 目的が何なのか。それが分からないことがまた苛立ちを抑えられない。誰かの呪いかなにかだろうか。

 ♫♬♪♩♫♬♪♩♫♬♪♩♫・・・・・・

「・・・はい・・・なんだ、お母さんか。なぁに?」


新着


 やっとSIMが届き、あなたは不毛な喜びを露わにした。
 日中は通常SIMを使い、プライベートのゆっくり時間では通信専用SIMへと切り替えて使おうと言う算段である。

 この時点ではもう迷惑電話にも慣れてきて、相手の意味も分からない言葉を聞いては切る。これがルーティン化しつつあり、もういちいち苛立つことも無くなっていた。
 細かな設定が一通り終わった途端

 ♫♬♪♩♫♬♪♩♫♬♪♩♫・・・・・・

 目の前で、あなたの手元でスマホが鳴り響く。表示は「非通知設定」。そして着信は通所電話では無く、あなたが普段使っているSNSからだった。

「・・・はい」

 あなたは少し青ざめながら、恐るおそる着信を出た。

「・・・楽しいか?今の人生」
 プツッ・・・・・・

 不毛だった心の野原は雑草すら枯れた気分だった・・・・・・・


 ネットの記事やニュース、裏社会をテーマにした映画やドラマでしか見た事はなかったが、投資詐欺やロマンス詐欺と言った迷惑電話は目的がハッキリしている。金という浅ましい目的だが、目的が分からないという不気味で釈然としないあなたの心境よりかはマシだろうと、今の自分の状況を嘆く。下手な希望を抱いた分、ギャップで落ち込みが激しい。

 ♫♬♪♩♫♬♪♩♫♬♪♩♫・・・・・・「!?」

 また非通知からの着信。今まで一日に一回しかかかってこなかったのが二回目で、しかも連続・・・・・・

「・・・はい」

 あなたは迷惑電話ではなく普通の着信かも、との可能性も含めて改めて電話に出た。

「・・・助けて・・・お願い」
 女性の声がか細く、今にも死にそうな声色で話し出した。

「え?あなたは誰ですか?」

「私は・・・あなた・・・助けて・・・・・・」
 プツッ・・・・・・

 今までで一番、後味が悪い迷惑電話だった。


開放・解放


 ブーゥ・・・ブーゥ・・・ブーゥ・・・・・・

 今日も飽きずにスマホがポケットの中で鳴っている。電車に乗っているあなたは取るかどうかを悩んだが、夜の悪夢に何度も起こされるのが嫌で返答の声を出さずに電話を取った。

「・・・カイホウしろ。お前に社会性など必要ない。カイホウしろ」

《プシューーー・・・○○駅ー、○○駅ー。お乗り換えはー・・・・・・》

 この街の主要駅へと電車が到着した。ゾロゾロとあなたの前を通りすぎる多くの人が無表情に横切っていく。人の入りが点々とした車内で座席の殆どが空き、あなたは落ち着く端っこの座席へと座ると途端に、一瞬で眠りに落ちていった。


 気が付くと、いつの間にか家に着いていた。お酒を飲んできた帰りだったが、記憶を無くすほど飲んだつもりもない。

 あなたは同窓会に呼ばれて参加していた。何度も誘われてはいたがずっと忙しいとの理由で不参加だった。これにウソはない。本当に忙しくて行けなかった。たまたま中学まで同級生で比較的に仲が良かったミカと偶然に街中で出会い、何度目かのお誘いをされていたのと、たまたま時間が出来たので参加してみた。ずっと行けずに申し訳ない気持ちでいたのもあり。

 合計約十五名ほどが集まっていて、懐かしい面々が顔を合わせる。各々が当時も仲が良かった者同士バラバラで飲みながら話をしていて、あなたは当然のようにミカの隣に座り飲みながら昔話をする。

 そこで、話が食い違う話題が出てきた。これも良くある話です。記憶違いや勘違い、勝手な妄想や噂話が飛び交う思春期時代。そんな誤解が解消されながらもその様な会話が楽しいものですが、あなたが知っている友人の何名か、間違いなく同級生、同い年の子が居たのですが、ミカを含め他数名にその子たちの特徴や出来事を話すが誰も覚えていない。

「名前はなんていう子?」

 そう聞かれて、確かに名前まではあなたも覚えていなかった。その後、転校していった子なのか、小学生か保育所の子なんじゃないか?と言われ、あなたはそうなのかも・・・と腑に落ちてはいないが、何となく自分を納得させていった。


記憶


 あなたの記憶では、実家のあなたの部屋で人生ゲームやカードゲームをやった記憶が鮮明にありました。女子が一名、男子が二名、そして女子の弟だった小学校低学年の子。しかし、名前と顔が思い出せない・・・・・・

 小学生時代、そこにはミカと一緒にその子たちと遊んだ記憶もあります。川沿いの高架下にその辺で拾った木材やプレハブ版の廃材で作った秘密基地。そこでお菓子をみんなで持ちより、そして子猫を親には黙って飼っていた。子猫の名前は「ルナ」。当時、流行ったアニメに出てくる猫と同じ白猫だったのもあっての名づけであり、ミカとあなたの二人がその名前を付けた。猫の名前は憶えているのに、なぜか友達たちの名前が思い出せない。そして、ミカも知らないってどういうことなのか。

 そう言えばその後、子猫のルナもどうなったのだろう?・・・・・・

 ♫♬♪♩♫♬♪♩♫♬♪♩♫・・・・・・
「・・・はい」

「ミャー・・・ニャー、ミャー・・・・・・」
 プツッ・・・・・・

 電話口の子猫の泣き声が、なんだか遠い記憶のルナの泣き声に似ていた。


両親


 あなたの母親は高校の時、不慮の事故で亡くしていました。
 自宅が火事になり、あなただけが玄関で佇んでいた所を消防隊に救助され、親戚も居ない為にそれからは孤児となり、国からの支援を受け取りながら早めの一人暮らしを開始しています。

 父親はあなたの物心が付く前に亡くなったと母からは聞かされていましたが、そのお墓参りや父方の親戚一人も会いに行ったこともなく、亡くなったことがウソだったとしても、現状でも行方や連絡先も全く分からない状態です。

 そうして一人暮らしが長いあなたですが、寂しいという気持ちは今も感じています。同窓会へ行ったのも、今では疎遠になってしまった昔の友人だった人たちとの交流が欲しくて行ったのが本心です。ミカとの出会いと会話は有意義なものでした。少しでもこの寂しさを紛らわせるのならと、勇気を出して良かったと今では思っています。

 ♫♬♪♩♫♬♪♩♫♬♪♩♫・・・・・・
「・・・はい」

「・・・クッキー・・・食べる?」

「・・・お母さん・・・・・・」
 プツッ・・・・・・

 あなたは涙を抑えきれませんでした。


誕生日


「お母さん、今日はお友達が遊びに来たよ。紹介するね」

 それはあなたの母ではありませんよ。

「ミカっていうの。覚えてる?小学校から中学校まで一緒だった」

 ミカは押し入れの中からを出しているだけで、動かない。

「あ、お父さん!足臭いよぉ、洗ってきて」

 お父さんと呼んでいるモノは大半が腐って来ていた。

 ♫♬♪♩♫♬♪♩♫♬♪♩♫・・・・・・
「・・・はい?」

「ダメだよ、早く逃げなきゃ!警察に捕まっちゃうよ!」
 プツッ・・・・・・

 ♫♬♪♩♫♬♪♩♫♬♪♩♫・・・・・・
「・・・はい」

「もっと・・・友達を呼ぼうか」
 プツッ・・・・・・

「・・・そう、だね。今日は誕生日・・・なんだから」

 ♫♬♪♩♫♬♪♩♫♬♪♩♫・・・・・・
「・・・はい」

「プレゼント・・・あるよ・・・玄関の下駄箱」
 プツッ・・・・・・
 あなたは嬉しそうに玄関へ行く。
「・・・あ!ルナ?!ルナー!会いたかったよー」

 それは子猫の形をした肉だよ。


 プルルルルル・・・プルルルルル・・・・・・

「あ、ヒロシ?今から家にこない?ミカも居るんだけど。うん・・・あ、時間は何時でもいいよ、今日は朝まで飲んでるから。・・・うん、OK、じゃ待ってる。うん、はいはーい」

 あなたはお父さん役の死体をお風呂場まで運んでいった。

 夢の中で何度もあなたを殺していた人物の顔が、明確になっていった。

 それはあなた自身です。


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