誰がなんと言おうと希望の書~「なぜ銅の剣までしか売らないんですか?」~

 勇者が魔王を倒しに行くRPGを思い浮かべてみてほしい。ステレオタイプのもので構わない。否、出来るだけステレオタイプのものが望ましい。
 貴方は、こんな疑問を抱いたことは無いだろうか。
 どうして、序盤の街から強い武器や防具を販売しないんだろう。
 どうして、敵を倒したらお金が手に入るんだろう。
 どうして、勇者と奉り上げておきながら、国王は大した金銭も装備も寄越さないんだろう。
 今はこんな定型通りのゲームは存在しないかもしれないが、「序盤から強い装備は買えない」という「お約束」は今も昔も変わらないだろう。
 疑問を抱いたことがあるにしろ無いにしろ、これらはゲームの「お約束」だ。序盤からそんな強い装備があればゲームバランスが壊れてしまうし、敵が金策手段とならなければゲームが本筋から逸れかねない。最初から所持金が多すぎても難易度が易しくなってしまう。
「お約束」とはいわば、そういうバランス調整を兼ねている。現実世界では違和感しかなくとも、ゲームであればそういうものだと飲み込むことができる。
 ……では、もし貴方が、そういうゲームの世界の住人だったら?
 ゲームをプレイしているときと同じように「そういうものだ」と受け入れ、何の疑問も抱かず過ごすだろうか。それとも、疑問を抱いて世界を改革してやろうと行動を起こすだろうか。
 今日は、後者のスタンスの人間が主人公の小説を紹介する。


「なぜ銅の剣までしか売らないんですか?」(著:エフ、実業之日本社文庫GLOW)

この本を読もうと思ったきっかけ


 本よりも前にまず、著者を知ったのがきっかけだった。
 例によって例の如くMBTIについての記事を漂っていたところにこの記事を見つけた。

 元々名前自体は聞いたことがあったのだが、動画をきちんと見始めたのはこの記事に行き当ってからである。
 興味深く記事を読んで、エフさんの作品の集大成であると称された動画を見てみることにした。第一話だけを見て、すぐ小説を購入した。
 それくらい面白かった。

 ちなみにエフさんはニコニコ動画とYoutubeに動画を投稿しており、Youtubeでは「Fラン大学就職チャンネル」という名前で活動されている。
 文字通りFラン大学生=偏差値ボーダーフリーの大学の生徒に向けて発信を続けている。と言いつつ、大学生であれば誰でも参考になる有益な情報だらけであるし、エンターテインメントとしても完成度が高い。以下に私の好きな動画を三つ掲載させてもらおう。

 ちなみに、どの動画も痛烈な風刺や皮肉や厳しい正論が盛りだくさんなので、精神が疲弊しているときの視聴は推奨しない。精神的に余裕があるときや、こんな世界があるのかと別世界を体験してみたいときにはオススメである。
 ちなみに私は人間に希望を感じたいのでこのチャンネルを視聴している。


あらすじ


 今回は小説なので簡単なあらすじを。
 主人公は商人見習いの「マル」。冒頭で掲げたような、所謂ゲーム世界のお約束に対し常々疑問を抱き、いずれ世界を変えてやろうと目論んでいた。そんなある日、弟である「バツ」が勇者に選出されてしまう。「マル」の野心は、武芸に秀でた弟がいずれ勇者に選ばれた際、彼が旅の中で困らぬような世界にしたいという兄心由来のものだった。
 しかし「マル」が思っていたよりも選定の時は早かった。どうすべきかと悩みながら町を歩いていると、近隣の町の噂話を聞く。商売の匂いを嗅ぎつけた「マル」は、弟そっちのけで、親代わりの「店主」を仮病を使って騙し、近隣の町へと出発する。
 以上が動画でいう第一話にあたる。小説だと丁度第一章が終わるくらいだろうか。

私のつたないあらすじよりも


 私が語るよりも動画を見てもらった方が早い。もしくは小説を読んでもらった方が早い。
「こんだけの情報で押し売りするな」と言われそうなので。私がまず最初に本書を気に入ったポイントをば。
 目次に並ぶ章タイトルを見たときのことだ。「あ、この本買って良かった」と思った。それくらい章タイトル(動画のサムネイルにもある)が秀逸だったのだ。
 私のお気に入りは「負け犬ってなんで負け犬なの?」「おまえ死ぬときまで他人任せなの?」の二つだ。もう一つ同じくらい好きな章タイトルがあるのだが、それは是非本書を購入して当ててみて欲しい。

感想


 ここ最近、私は小説を読めていなかった。今まで読んだことの無いジャンルの本や教養に夢中になっていたからだ。
 だから小説を読むのは久しぶりだった。
 久しぶりに読んだ小説が、この本でよかった。

 エフさんの紹介の項でも言及したが、エフさんの作品にはとにかく風刺と皮肉が多い。
 本書も例外ではなく、ゲームのお約束を通り越し、現実社会の「お約束」にまで踏み込んでいる。具体的にどこにというのはネタバレになるのであまり言及出来ないのが辛いところではあるが……。
 本書、あるいは動画の一つでも見ればエフさんの哲学が理解いただけると思う。貧する者、困窮する者、所謂下層の世界の住人と見なされる者たちには、それ相応の理由がある。その中で一番大きい原因は、本人の怠惰である。という思想がエフさんの作品の随所から見て取れる。それは恐らく、エフさん自身が並々ならぬ研鑽を積んで今の地位を得たという過去と自信からくるものなのだろう。
 ここだけ聞くと、弱者に優しくない人のように感じるかもしれない。
 しかし誤解しないで頂きたい。エフさんはとてつもなく優しい。少なくとも、「努力しないのはお前の責任なんだしいいんじゃない? その後どうなろうが私に関係ないし」などと考えがちな私よりは遥かに優しい。

 人それぞれ、何をもって優しさとするかは違うだろう。転んだ人を助け起こすのも、立ち上がるところを黙って見守るのも、原因を調査し対策を考えるのも、それぞれ優しさだ。「優しい」と言うと何故か気持ちに寄り添うことに焦点がいきがちだが、明らかに当人に原因があるのに指摘せず上辺だけ辛かったね大変だったねなどと慰めるのは、私には違和感しかない。
 反対に、どれだけ厳しい言葉であっても、現実を突きつけ解決策を提示し、「めちゃめちゃ大変だけれど自分はこの方法でどうにかできたし、どうにかした人達も知ってるよ。やり直したいならお前も努力しろ」と示してくれる人の方が、私は好感を抱く。優しいと思う。
 本書からもそうした優しさと溢れる愛を感じることができた。「お前このままだとこの登場人物みたいな末路になるけれどいいの?」「なんで義務も果たさず被害者面してんの? そんな人間でいいの?」と目前で訊ねられているような気分である。精神的に苦しく思う人も居るかもしれないが、私はそういう甘えた考えを一刀両断してくれる人の方が好きである。危機感求ム。
 本の話とは少しずれるが、エフさんの恐ろしいところはこうした主張を手を変え品を変え長年発信し続けているということにある。発想力という意味でも継続力という意味でも、本当に恐ろしい。
 同時に、尊敬の念を抱く。
 ずっと同じスタンスで同じメッセージを伝え続けているということは、人間を諦めていないのだ。
 自分と似た思想を抱えている人が、諦めずに同じメッセージを伝え続けているということが、どれだけ救いになるだろうか。
 そしていつでも読み返せる形で、そのメッセージの集大成が手元にある。これを幸福と言わず、なんと言おうか?
 私は幸せ者である。立て続けに人生の支えとなる本に出合うことが出来たのだから。

 本書を購入される際には、動画を何本か見て、自分に合うかどうかを判断してからの方が良いかもしれない。と言いつつ、私の記事を読んでいる方(特にINTJ)はきっと無条件で気に入ると思っている。
 実はもう一冊、エフさんの小説を入手してある。今すぐにでも読みたいが、私は楽しみはあとにとっておくタイプである。最適なタイミングで読ませてもらうとしよう。
 本そのものよりもエフさんについて語る記事になってしまったが、貴方も是非、本書を読み、エフさんの動画を見て頂きたい。そして、努力は誰にでも与えられた最強のツールなのだということを、存分に理解してほしい。


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