Josh Bersinによる最新HRテックトレンド!ーHR Technology Conference 2021(その2)
シリコンバレー人事のTimTamです。前回のエントリーに続き、今回はDay1の続きより書きたいと思います。
Day1の続き
前回最初に出たMega Sessionの後に、Opening Keynoteがありました。Opening Keynoteに招聘されたのは、女子サッカー界のレジェンド、アビーワンバック(Abby Wambach)。私は女子サッカーとか詳しくないので、お恥ずかしながら全然知らなかったのですが、オリンピックで金メダルを取ったり、FIFAのWorld Cup Championという輝かしい経歴を持つ人物。彼女自身同性愛者で、女性の地位向上に大変な熱意を持ってさまざまな活動を行っているようです。HR Techという切り口よりも、HRのリーダーが集まるこの会場に向けて、ジェンダーやマイノリティのpay gapがある事実についてHRが果たす役割の大切さなどについて熱く語っていました。
この後はEXPOの展示会場に移動。いくつかのベンダーと話をしたりデモを見せてもらったりしたので、その辺は別途まとめてEXPOのエントリを作りたいとおもいます。
Day2の目玉はJosh Bersinのキーノートスピーチ
昨日は朝早起き+移動もあってかなり疲れたので、早々に寝てしまい、今日はラスベガスらしくない健康的な目覚め方をしました(笑)。
2日目は一番楽しみにしていた、Josh Bersins氏によるKeynote。Josh Bersin氏は、HR業界ではかなり有名な人物で、これまでも何度もHR Tech Conferenceに招聘されていますが、今回はリモートでの講演となりました。
Josh Bersin(ジョシュ・バーシン)氏は、もともとHR業界で有名なリサーチアナリストであり、とりわけHRテクノロジーエリアへの造詣が深い人物。現在では自身が2001年に創業した会社(2012年にデロイトに買収されて、現在はBersin by Deloitteとなっている)を通じて各種リサーチ、コンサルティング業務を行っているようです。
Keynote講演のタイトルは、HR Technology Reinvented: The Big Shift Towards Work Tech。正直言って、全HRテックカンファレンスの中で、一番有益なセッションだったと思いますので、少し時間をかけて丁寧にサマリーしていきたいと思います。
内容をざっとまとめると、2021年現在の業界のランドスケープ、現在のトレンド、それから今後どこへ向かうのか、という話です。要所要所に知っておいた方がよいトレンドが混ざっていましたのでそこはハイライトしていきます。
トレンド1:HRテックとWorkテックの融合
HRテックの大きなトレンドとしては、もともとコアなHRシステムだった領域が引き続き広がりつつあり、パンデミックをきっかけにWorkテックの領域が更に発展し、そしてHRテックの領域と合流し、重なり、そこにEmployee Experienceを軸としたさまざまなテクノロジーが生まれてきている、という点。
コアなHRシステムの領域とは、社員の情報、誰がどのジョブレベルで、タイトルは何か、誰にレポートしているのか、彼らの報酬はいくらか、といったような「システムオブレコード」の領域。ここだけで100社以上の競合会社があり、まさにレッドオーシャンとなっています。
Workテックとは、仕事を終えるために必要なテクノロジーで、コミュニケーション、コラボレーション、ケースマネジメント、チャットボット、等が含まれます。
これに伴い、これまでHRのための側面が強かったところから、社員が使うためのマストなツールの要素が強くなり、再度強調されてきているのが、Employee Experienceです。
なお、いきなりコアなHRテックと、Workテックとの間にあるのは、リクルーティングやラーニングといったタレントマネジメントのツールですが、いずれにせよそれらも含め、ここまではHRが使うツールという要素が強かった。
そしてこのWorkテックの領域には、従来のHRテックのプレーヤーであるWorkday、SAP、Oracleが機能を追加して対応しようとしている事に加えて、ServiceNow、Microsoft、Workplace by Facebookなどが含まれているのが特徴。
そして、ここまでの話は、以下の図でいうと赤のレイヤーの話でした。
上記の資料の中にある、青の部分は、従来のコアHRテックの領域ですが、ここも同時に進化を続けているという話がありました。たとえば、Learningについてはmicro-learningツールの進化や、VRやARを使ったトレーニングなどです。最近はやりのメタバースの世界ですね。採用領域においても、従来の応募者トラッキングのみならず、マーケティングツール、ビデオインタビューツール、評価のためのツールなどが発展してきています。
従来のコアHRテック領域にイノベーションがおきている理由は2つあり、1つは、これまでのようにあらかじめ定められた組織単位で仕事をおこなうのではなく、プロジェクトや、チーム、クロスファンクションの仕事などの需要が高まっていること、2つ目は、前述のとおりHRテックとWorkテックの融合により、仕事の実態に即した使いやすいツールになるように後押しされてきていること。これらはチャットやスマホからアクセスできるツールも多くなってきています。
これらツールの発展により、仕事がどんどんしやすくなり、生産性があがっていくのは明らかでしょう。
HRマネジャーのためのツールから、社員のためのツールへ
先に述べた通り、社員のためのツール、Employee Experienceがこれまで以上に重要になってきています。なぜならば、直感的に使いやすくなければ役に立たず、使用されることがないから。じゃあ使いやすければそれでいいかというとそうではなく、仕事のフロー全体を鑑みた、トータルでのツール・システム設計が必要になってきます。
この分野で先頭を走るのが、ServiceNowで、もともとのITサービスマネジメントのツールから、社員向けのツールやアプリを開発して、「スイスアーミーナイフ(万能ナイフ)」みたいになってきているとのこと。ところで、ServiceNowは今やWorkdayよりも規模が大きくなったという風にJoshが言っていたので、あとで調べてみたら、確かに2020の年間売上は、ServiceNowが$4.52bil(約500億円)、Workdayが$4.32bil (約470億円)でした。
HR Techにおいて、いま一番破壊的な、タレント・マーケットプレイスとは何か?#Talent Marketplace
会社の仕事は、もはや従来のヒエラルキーに基づく組織で決まるのではなく、人材の需要と、それに対するキャリア・スキル・経験といった供給がマッチしたところでプロジェクトやチームが組まれて、仕事が進んでいくトレンドが進んでいるとのこと。これをタレント・マーケットプレイスという。いわゆる、労働市場の考え方が社内に持ち込まれると考えるとよいと思います。これを聞いて、はて、自分の身の回りでそんなことが起きたっけな?と考えてみて、思い当たる事が確かにありましたね。今年の初め、コロナがましになったあと、RTO (Return to Office)のポリシーや、それに向けた準備、リモートワークの時の税金の取扱い、給与の取り扱い、オフィスのレイアウトの事、ワクチンの証明書はどうするのか、などなど、前例がない事に取り組むにあたり、社内から横断的にプロジェクトが組まれました。プロジェクトマネジメントの部署からマネジャーが選ばれ、彼女が全体のプロジェクトマネジメントを行い、各サイトの責任者、ファシリティ(総務)やセキュリティ、税務の専門家、HRの処遇担当、ベネフィット担当、さらにはコミュニケーションの担当、マーケティングの責任者など、必要なスキルを持つ専門家が特定されて、プロジェクトになったわけです。
上記の事例では、全部マニュアルで各部署から選出されたわけですが、確かにここにHRテクノロジーのシステムの需要があるのは分かる。登録されたスキルや経験、そして社員が自ら入れたCareer of interest(興味)やCareer Aspiration(キャリア上目指したいこと)、これと実際の社内のポジションをマッチングさせるシステムですね。そしてそれだけにとどまらず、キャリアやLearningアドバイス、メンターの推薦など、社員の学習と成長をサポートすることでキャリア形成を助けていくようなそんなソリューションが実際に出てきています。具体的には、EXPOでいくつか実際のベンダーと話をしたので、詳しくはそちらをまた参照ください。
こう考えてくると、社外から必要なスキル経験を持った人を採ってくるという事と同じような事を社内でやればいい、という事になってきませんか? そうすると、Talent Acquisition(リクルーティング部)は社内の人材だけの採用を考えるのではなく、Internal Mobility(社内における人のモビリティ)も考える必要がでてきます。
'Buy Talent'が主流の欧米でも高まる、internal mobility(社内モビリティ)の重要性
タレント・マーケットプレイスの件に加えて、別の観点からも同時に社内モビリティの重要性が高まっているという話があります。(なお、ここでいう社内モビリティというのは、何も社内異動やローテーションの事だけをさすのではなく、社員が機動的に必要なプロジェクトに参加できるという意味でもモビリティも含みます。)
まずは、コロナ禍のせいで離職率がかつてないほど高いというデータの紹介から。
悲しい現実として、よりキャリアアップしよう、より高い処遇を得ようと思ったときに、社外に転職するほうが社内でポジションを見つけるよりも簡単である、という事実があります。これに対して、社内でよりキャリアアップできるチャンスがあれば転職などしなかったという人は、離職者のうち60%にも上ると(データソース不明)。社外に人材が流出すると、また採用もしなくてはならないし、知識も流出するので、であれば、internal mobilityをきちんと整備し、社内にあるオポチュニティと人材を結び付けたほうが、社員としても会社としてもwin-winというわけです。これは面白いなと思いました。社内異動なんて、日本のメンバーシップ型におけるいわゆる定期異動、ジョブローテーションというイメージが強かったからです。
リクルーティングと人材開発部/タレント部がより近くなる
今までの事をまとめると、リクルーティング(採用)チームは社外の人材のもつスキルや経験と、社内のポジションをマッチさせることだけでなく、社内の人材と社内のポジションをマッチさせることを同様に考えていかなければならない、となります。さらに社内のポジション、のみならず、ギグワーク、もっと小単位のプロジェクトなどの事も考えねばならない。そして、そのマッチングに肝要となるスキルや経験や、キャリアパスといった領域は、それを担当しているチーム(通常は、人材開発部やタレントチーム)と密に連携する必要がでてくるわけです。
そしてそのモビリティのタイプによって、どちらがサポートするものなのかも変わってくるというのが以下の図。いわゆる従来型の社内異動、キャリアパスとなってくるとそれは従来通りタレントチームの領域になりますが、以下の図でいうプロジェクトベースなどのAgileなものについてはリクルーティングチーム(Talent Acquisition)のハンドルする領域になってきます。
スキルの分類法は確実にトレンドになる
そこでますます重要になってくるのが、スキルをどう分類していくのかという話。ここはJoshによると、確実に重要になってくる分野。しかしながら、まだまだマーケットは成熟していないとのこと。業界標準のスキルカタログのようなものが出てくるんだろうなと想像します。
なんだ、ただのスキルの分類か、どこかの会社がつくってそれが業界標準になるだけの話では?と思うかもしれませんが、実際には非常に複雑な話なんですよ、というのが次の図。現在さまざまな体系のものが乱立しているのですね。
HRテクノロジー会社の競争は熾烈
以下の図は、競争の激しい状況を示すチャートです。
そこでJoshが言っていたのが、次の言葉:
"HR tools are like kitchen drawers". HRツールの世界は、キッチンの引出しのようだ(通常キッチンの引出しの中は非常に散らかっていていろいろなものが入ってますよね)。
今回のエキスポの会場でも、数百を超えるHRテックの会社がひしめき合っています。すごい数です。
沢山あるけど、殆ど米国発で日本展開はまだまだ
何社か話を聞いていて、これ面白そうだな、と思って話を聞いてみると、やはり殆ど米国発であり、日本でビジネスを展開している会社は大手以外はありません。正確に言うと、欧米の本社と契約をして、彼らの日本法人(いわゆる外資系企業)が使っているというケースはありますが、日本に本社をおく日本企業と直接ビジネスをしているケースは殆どないというのが現状です。
そもそもイノベーションがうまれにくい風土に加えて、日本独特の人事プラクティスや、長年にわたって独自に内部運用され増改築を繰り返した内部システムなどを置き換える事も難しく、伝統的な日本企業にはアプローチするのは難しそうです。このままでは、日本企業はますます取り残されて、ガラパゴス化が進んでしまいそうですね。あのWorkdayですらも、日本で使用されている企業の96%は外資系なのだそうです。LinkedInに至っては、そもそも転職市場が小さく、LinkedInプロフィールを充実させれば、内部から「転職するつもりか」と勘違いされかねない日本という風土がある中でのビジネス展開は容易でないと想像しますが、LinkedIn Learningなどの育成軸でせめていく方法はあるかもしれませんね。
ではまた。