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ゲームに非対称性を生むために動物が使う、コイン以外のもの。
ジョン・メイナード・スミス氏は、進化的安定戦略(Evolutionarily Stable Strategy = ESS)の提唱者だ。
進化的安定戦略(ESS)が発表された1973年よりも前には、コンラート・ローレンツ氏の理論が主流だった。
ローレンツ氏の学説は「生物は、それぞれの種を保存するために生きている」というものであった。
2人の理論は大違いというわけでもない。
しかし。ローレンツ氏とメイナード氏のそれには、絶対的に異なる点が一つあり、それが重要なポイントなのである。
その話に入る前に。ESSの具体的な話をする。
① 行動形態について
・ある行動形態(戦略)をとる個体が増えても、安定していられる。
・他の行動形態(戦略)をとる個体が、それを上回れない。
この場合、この行動形態は進化的安定戦略である。
要は、集団のほとんどの個体があるSをとっている時、他のSがその集団に侵入できないようなS。それがESSである。※S=strategy(戦略)
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② タカハト・ゲームについて
・好戦的なタカ
・非好戦的なハト
タカが生存競争に勝つ。タカが増える。
↓
争いばかりが発生する。互いに傷つけ合う。
↓
安定した繁栄が望めない。
ハトは、大勢になっても、タカと同じ問題は発生しないが……
ハトは戦いが苦手。
↓
タカに食べ物や場所を占拠される。
↓
安定した繁栄が望めない。
タカもハトも、進化的安定戦略をとれていない。そんなタカ派とハト派が、混在した状態で、世界は推移している。
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それらの中間的な行動形態。これには進化的安定戦略がある。
③ ナワバリ派について
・ナワバリの内側では、タカとしてふるまう。(他の個体の進入は戦って防ぐ)
・ナワバリの外側では、ハトとしてふるまう。
(他の個体に資源 = 食べ物や住み処をゆずったりもする)
ナワバリ派は、タカとハトに比べて、安定した繁栄を望める。進化的に優位なのである。
強さは駆逐しない。これが自然界の事実なのだ。
生物シュミュレーションのペイオフは体力で、経済でいうところのお金に相当するか。
「重要なポイント」の話に戻る。
メイナード氏はこう主張した。
世界は秩序を保っているが、それは、生物たちが利己的に生きた結果である。生物たちは、種の保存のために生きていない。
動物は必要以上に争わない。
→ 種が滅びないため(ローレンツ氏)
→ 自分が死なないため(メイナード氏)
ざっくり言うと、こういう違いなのだ。
前者を介するならば、世界の成り立ちとは、より原因的なものであると言えよう。後者を介するならば、それは、より結果的なものであると言えよう。
ローレンツ氏の学説だと、一部の動物たちに見られる「子殺し」という行為が説明できない。
ラングールという種類のサルは、一夫多妻のシステムをもつ。つまり、メスに関われないオスが複数存在する。
ハーレムを保有するオスが年老いたり弱ったりした時が、別のオスのチャンスである。挑戦して勝つ。ハーレムを乗っとる。
その直後に行われるのが、子殺しだ。
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種全体の利益の観点(群淘汰と呼ぶ)から見ると、これは不可解きわまりない行動である。
以前は、イレギュラー的な異常行動として片付けられていた。現在では、進化の原理として群淘汰を想定することは誤りである、とされている。
メイナード氏はこれを解明した。
個体の観点から考えたのだ。
ラングールのオスの、唯一の繁殖機会は、ハーレムを乗っとれた「直後」なのである。理由は、すぐにまた、他のオスに乗っとられるかもしれないからである。
ゆうちょうに待っていられないのだ。
前のオスの子を育てている間、メスたちは発情しない。だが。子を失えば、発情を再開する。
このような子殺しは、ライオンなど同じような社会構造の、複数の動物に見られる。
非常に利己的だ。
それでも世界は推移する。
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王子様が王様になってしまうだけだからね。
そもそも。ダーウィンが提唱した自然淘汰とは、シンプルに、以下のような話であった。
よりうまく “ふるまえた” 個体が、より多くの子孫を残す。そういう個体のふるまいが拡がる(人類で言うと、流行のように)。
このような変化を通じて、いずれ、いわゆる進化が起きる。
ある個体にとって、どんな行動が有利/不利か。それは、その個体単体からは決まらない。
どんなライバルが、どういう行動をとるか(あるいは、環境がどう移り変わるか)。それによって決まるのだ。
言いかえると。ある個体の挙動は、他の個体の挙動によって変化する。
何かに似ていると思わないか。
ゲーム理論だ。メイナード氏はゲーム理論を応用したのだ。
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コインを投げる入れることの意味。それは、ゲームに非対象性を生み出すこと。
コインをあつかえない動物たちは、代わりに何で、ゲームに非対称性を生み出しているのか。
たとえばナワバリ争い。先着と降着というような差だ。
ナワバリを守る側は、タカ派(好戦的)になりがち。うばおうとする側は、ハト派(非好戦的)になりがち。
具体的に言うと。前者に激しく抵抗されると、後者は引き下がりがち。
ペイオフの例
勝者+50・傷害-100・敗者0・エンカウント-10
タカとハトからなる集団(あるいはタカとハトの戦略を交互に行う混合戦略をとる個体)は
、タカ58.3%・ハト41.7%の時、進化的安定戦略。
あるいは、全ての個体がランダムにタカと遭遇すること58.3%・ハトと遭遇すること41.7%の時。
この割合(均衡点)は、コストと利益、または利益からコストを差し引いたペイオフに、依存する。
メイナード氏は、ケンブリッジ大学で航空工学を学んだ。そして、飛行機設計のエンジニアとして実際に働いた。
しかし、再度大学に通った。次は、生物学を学んだ。氏は、エンジニアとしての経験が、生物学を研究する上で非常に役に立ったと語る。
「生物学において私が最初にとり組んだのは、生物の飛ぶという動作の、メカニズムについてだった。昆虫や鳥がどのようにして飛ぶのかについて、多くの論文を発表した。とても楽しかった」
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“ 利己的 ”
動物に子殺しが確認されるのは、たしかなこと。その傍らで、異なる種を助ける動物の事例が大量に報告されている。
彼ら彼女らは、案外、“好きにやっている” のかもしれない。私は、時々、そんな空想をする。
生物たちは、種の保存など考えずに生きている。全力で、自分だけの命を生きている。
結果、動植物の世界の均衡は保たれている。
環境とは変化し続けるものだ。その変化に適じて、“進化” があり得る。
総ての生命は常に、進化の過程にある。
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連続ものなので、続きはこちらから。
ジョン・メイナード・スミス氏の主な著書と論文
Evolution and the Theory of Games, Cambridge University Press
Evolutionary Genetics, Oxford University Press
The Major Transitions in Evolution, W. H. Freeman
Group selection and kin selection. Nature, 200
Evolution in sexual and asexual populations. The American Naturalist, 102
The logic of animal conflict. Nature, 246
Parental investment: a prospective analysis. Animal Behaviour, 25