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国境越えの廃棄指令
危険な武具を鎮めた功績が認められ、俺はついに正式な“呪詛廃棄士”としての登録を果たした。きっと人員不足もあるのだろうが、それでも実力を認められたのは素直に嬉しい。
そんな余韻に浸る暇もなく、王宮や廃棄管理局の上層部から次なる指令が下ってきた。
「隣国バスシオン公国から、大量の呪詛品が流入している。国境を越えて回収と封印の任務を担ってほしい」
隣国バスシオンは小国とはいえ、闇商人が暗躍する危険な土地だと噂される。最近では、この国から流入する呪詛品が王都をはじめ各地で見つかっている。
「どうする、コウタ?正直、危険度はかなり高い。断っても罰は当たらんぞ」
王室付の大導師シャーレンが、いつになく真剣な表情で問いかける。いくら俺が前の世界で危険物処理をやっていたとはいえ、呪詛の暴走を完全に防げる保障はない。
だが、ここまで来て逃げ出すわけにはいかない。転生先で得た新しい命だ。少しでも人々の役に立ちたいと思うのは、本心からの願いだった。
「やります。俺に任せてください」
その答えを聞いて、シャーレンは小さくうなずいた。正式登録された俺にとって、初の“越境任務”が始まる。
数日後、剣や魔法を駆使できる護衛部隊とともに、馬車で国境を目指すことに。魔力切断器、封印札、そして各種の防具。どれも一度は使い方を学んだが、それでも慣れない道具ばかりだ。
「もし暴走系の呪詛武具が出たら、前にやったのと同じ要領で核を断つ。そうすれば何とかなる……はず」
自分に言い聞かせるように独り言をつぶやく。護衛の兵士の一人が気遣うように声をかけてきた。
「緊張しているようだが、大丈夫か?俺たちも全力でサポートする。国境に着くまでに作戦の打ち合わせをしておこう」
彼らの頼もしさに救われる思いだ。この世界でまだ経験の浅い俺は、やはり戦闘面での不安が尽きない。しかし、廃棄士ならではの専門技術が求められる局面も多いはず。そう考えると、互いに役割を補い合うことで道が開けるかもしれない。
国境近くに着く頃には、荒れ果てた景色が視界に広がっていた。往来は少なく、整備が行き届いていない細い道が続く。砦のような古びた関所を抜け、ついにバスシオン公国の領内に踏み込む。
「ここが……隣国か」
俺が思わず呟いたその先には、廃屋が延々と連なる貧困地区があった。壊れかけの壁や崩れた屋根が目立ち、通りを歩く人々の目には生気が薄い。街角には魔術廃液のような液体が放置され、紫色にどろりと濁った水たまりを避けるように人々が歩いていく。
「おい、あそこ。魔力を帯びたガラクタが転がってるぞ」
護衛兵の一人が指差す先には、呪詛の気配を帯びた石や壊れた魔道具らしき物が散乱していた。あまりに数が多くて、一度ですべてを片付けられるとは思えない。しかも、そんな“ゴミ”を物色している怪しげな集団も見受けられた。
「あれ……まさか“呪詛廃棄士”が来たのか?物好きな連中だね」
近づくと、現地の住民らしき男が苦い顔をしてこちらを見ている。驚くでもなく、むしろ呆れ半分、諦め半分のような態度だ。
それでも俺は、作業マニュアルで学んだ通り、周囲の安全を確認しながら呪詛品の回収に取り掛かろうとする。だが、その瞬間、男の背後に立つひとりの商人風の人物と目が合った。
「……」
商人は不気味な笑みを浮かべると、そそくさと裏路地へ消えていく。明らかに“見られたくない事情”を抱えている顔だった。バスシオン公国には闇商人が多いと聞いていたが、どうやらそれは真実のようだ。
「わざわざ廃棄なんかするより、高値で売った方が儲かるってのがここの常識だろうな……厄介だ」
護衛の兵士が小声でそう呟く。呪詛品がどれだけ危険だろうと、自分には直接被害が及ばないと思えば、平気で売り捌いてしまう。そんな歪な経済と欲望が、この公国を蝕んでいるのかもしれない。
馬車を降りた俺たちは、地元の役人にあたる人物を探すため、比較的まだ治安がマシと言われるエリアへ向かった。だが、そこも治安が良いとは言いがたく、警備兵の姿も少なく、闇商人の影響力の強さを嫌でも感じさせられる。
「いらっしゃい、旅の方。何か探し物かい?もし呪詛武具を買い取りたいなら、いいブツを紹介できるよ」
露店のような場所で声をかけてきたのは、いかにも裏社会を渡り歩いてきたという風貌の男。まさか堂々と客引きをしているとは。そのあまりの無法ぶりに、一瞬言葉を失ってしまう。
「……悪いが、俺は“廃棄士”だ。呪われた品を回収しに来ただけだよ」
「おぉ、これは失礼。ま、それならそれでいいがね。処分するより金に変えた方がお得だと思うが?」
男は皮肉っぽく笑うと、見えない誰かに合図を送る。背後にいる仲間だろうか、こちらを値踏みするような冷たい視線が突き刺さってくる。どうやら歓迎されていないのは確かなようだ。
「わかりました。とりあえず街の実情を見て回る必要がありそうです。この先で、もっと大きな市場が開かれているって聞きました」
護衛の兵士と短く打ち合わせをし、先を急ぐことにする。どうせこの場で闇商売を取り締まっても、すぐにまた裏でやり取りされるだけだ。問題の根本を探らなければ、いつまでもいたちごっこが続いてしまう。
道を進むにつれ、ボロボロの建物の壁に血のような赤い紋章が描かれているのを見つけた。何かの呪術なのか、あるいは闇組織の目印なのか。それを意識した瞬間、遠くの路地で怪しげにうごめく人影と視線が交差する。
「ここに長居は危険だな。まずは王国から預かった文書を手掛かりに、闇商人の集積拠点を探ろう。それから必要な呪詛品の回収を効率よく進める……って段取りになる」
俺はシャーレンにもらった地図と書簡を再度確認し、この土地で協力してくれるはずの小さな役所を目指す。
しかし、道を聞こうにも住民はみな疲弊しきっているか、警戒して寄りつこうとしない。まるでこの街そのものが、呪詛に覆われているかのような息苦しさがあった。
ようやく辿り着いた粗末な建物が、バスシオン公国の一応の“役所”らしかった。だが、中にいた職員は三人ほどで、やる気があるのかないのか判別できない表情を浮かべている。
「正直、私たちにはどうにもできないんですよ。闇商人が幅を利かせていて、文句を言えばすぐに消される。ここはもう……好き勝手にやられている状態でしてね」
何とも情けない話だが、彼らを責めるわけにもいかない。体制が崩壊しかけた国では、力を持つ者がすべてを牛耳る。そんな現実が、彼らの諦観を生み出したのだろう。
「だからって、このまま放っておくと大変なことになる。俺たちは何としても、呪詛品の流れを断ち切る手がかりを掴まなきゃならないんです」
職員らに現地の情報を聞き取りながら、俺たちは今後の行動方針を固め始める。都市の中心部にある“闇市”と呼ばれる区域が、どうやら大規模な取引の拠点になっているという。
まずはそこへ潜り込み、呪詛品の出どころを探る。それが今回の回収任務の第一歩だ。
「ここまで来てしまったなら、もう腹をくくるしかないな」
シャーレンと護衛兵たちが視線を交わす。近い将来、この国境地帯がさらに混乱する可能性は高い。下手をすれば、王国にとっての外交問題にも発展しかねない。
闇商人はもちろん、彼らと手を組む黒魔術師や悪徳貴族が裏で糸を引いている可能性だってあるのだ。
「廃棄士という看板を背負っている以上、中途半端に引き下がるわけにもいかない。やるからには、徹底的に回収・処理をやり遂げるだけだ」
前の世界でゴミの山を目の当たりにしたとき、決して諦めず、一つひとつ丁寧に回収し続けたあの日々を思い出す。どれだけ膨大で汚れた“ゴミ”でも、見過ごしてしまえば環境は一気に崩壊してしまう。ここでも同じことだ。
「……行くぞ。まずは闇市を探り出して、可能な限り呪詛品を押収する。何か得体の知れない動きを感じるが、そんなものに負けてたまるか」
こうして俺たちの越境回収任務が本格的に動き出した。バスシオン公国という荒れ地の闇を切り拓き、溢れかえる呪詛品を廃棄するために。
そして、この国に巣食う闇商人や黒魔術師との対峙が、俺たちの運命を大きく変えていくことになる。その予感をひしひしと感じながら。