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別世界の人手不足

第一章

都会の朝はいつも忙しない。高層ビルの谷間を縫うように、ゴミ収集車がゆっくりと通り過ぎていく。その車両の後部ステップに立ち、今日も黙々とゴミ袋を回収していたのが俺、日野 高太(ひの こうた)。

大型免許を取ってまではいないけれど、相棒の運転する車両に同乗し、住宅街やオフィス街のゴミ集積所を回っては袋を積み込む。誰もが嫌がる仕事だけど、俺は誇りを持っていた。街から出る廃棄物を黙々と処理することは、生活の根本を支える大切な仕事だと思っていたからだ。

「はい次、プラゴミ!気をつけろよ、ビンが混ざってるぞ」

相棒の声に反応し、俺は濡れたアスファルトを踏みしめながら素早く回収していく。慣れた動作ではあるが、油断すると怪我をする。とくに梅雨の時期は滑りやすいし、割れ物が混在していることも多い。

ただ、そんな日常は思いがけない形で終わりを告げた。急な坂道で車両がスリップし、車体が傾いた瞬間、俺はバランスを崩して道路脇へ転倒してしまったのだ。

あれほど注意していたのに、ほんの一瞬のミス。頭を強打し、意識が急速に遠のいていく……
……
……

「キミ、残念だったね。まだやることはあったんだろうに」

まどろみの中、どこか他人事のような声が耳を打つ。薄目を開けると、俺はどこか白く透き通った空間に浮かんでいた。足元もなければ天井もない。ただ広大な余白と、虹色の輝きがかすかに揺らいでいる。

先ほど聞こえた声の主は、白いローブのような衣なのか、それとも身体そのものが発光しているのか定かではない。男女どちらともつかない中性的な雰囲気で、輪郭が淡く溶け込むように見える。人間の姿をしているようで、その実、どこかこの世界の住人じゃない雰囲気を漂わせていた。

「え、ここは……?まさか俺、死んだのか?」

自分が生きているのか死んでいるのかもわからない。さっきの事故の痛みが頭の奥に残るような気もするが、こうして意識ははっきりしている。ただ現実味のない景色に、何度も瞬きを繰り返してしまう。

「あまり混乱させたくはないんだけどね。キミの身体はもう維持できない状態なんだ。だけど、魂にはまだ消耗しきっていない“余白”が残っている。だから、こうやって話すことが可能になっているんだよ」

「……つまり、俺はやっぱり死んだのか?」

その問いに、その存在は静かにうなずく。どこか慈悲深そうな笑みを浮かべているように見えた。

「残念だけど、そういうことになる。だけど、本当に“死にっぱなし”というわけでもない。実は“別世界”が深刻な人手不足でね。とある仕事を引き受けてもらえるなら、そちらで生き延びることができる。どうかな、やってみる気はないかい?」

まるで、人材派遣会社が募集をかけているかのような口ぶりだった。俺は信じられないまま、必死に理屈を組み立てようとする。

「別の世界……?何をさせようっていうんだ?」

「キミは前の世界でゴミ処理、つまり廃棄物の扱いに慣れ親しんでいたね。そのスキルが、ある世界でとても重宝される。
魔力や呪いがかかっているゴミ――ワタシたちは“呪詛”と呼んでるんだけど――それらを処理する仕事に携わってほしいのさ」

どうにも突拍子もない話だ。けれど、俺には選択肢がほとんどないように思えた。死にたくない。もう少し、何かできるなら、やってみたい。

「……わかった。だけど、本当にそれで俺は助かるのか?」

「もちろん。キミの魂はまだ十分に力を残している。あちらの世界で安全に身体を得て、生き直すことだって不可能じゃない。ただ、その代わりに困っている人々を手助けしてほしいんだよ」

承諾するかしないか、一瞬迷ったが、俺は小さく息を飲んでからうなずいた。よくわからないが、こうでもしなければ俺の行き場はどこにもなさそうだ。それに、人助けというなら、これまでの仕事だって同じような気持ちでやってきた。

「ありがとう。じゃあ、ちょっと眩しいかもしれないけど、目を閉じていてね」

言われた通りに目を閉じると、瞬間、全身を包むような強い光が溢れ、身体がふわりと浮かび上がった。酸素のない真空に放り込まれたような、不思議な浮遊感とともに意識が遠のいていく。

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