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闇商人との対峙、そして決断
闇市と呼ばれる区域は、想像以上に雑然としていた。屋根の崩れかけた建物が立ち並び、路地には安っぽい灯りがぶら下がっている。
だが、その薄暗がりの下では“呪詛品”を売り買いする者たちが忙しなく行き交い、まるで一般的な市場さながらに盛り上がっていた。あちこちから聞こえる叫び声や笑い声は、どこか狂気じみた熱気を孕んでいる。
「これはすごい。あからさまに闇取引をしてやがる……」
護衛の兵士が低く呟く。バスシオン公国の当局がまるで機能していないのか、それとも闇商人に買収されているのか。いずれにしても、ここでは違法な呪詛品が堂々と並べられ、人々は背徳感よりも“欲望”を優先しているようだった。
「シャーレン、俺たちだけじゃ押さえきれない数だぞ……」
後方で周囲を警戒していたシャーレンに目配せをする。彼は深いため息をつきながら、懐から魔術具を取り出した。もしもの時には結界を張り、闇市の出入口を封鎖する算段らしい。
しかし、この規模の混乱をただ力押しで鎮圧するのは無理がある。何より、今ここで無闇に衝突を起こせば、下手をすると一般市民まで巻き込んでしまう危険もあった。
「まずは“闇商人の首領”を突き止めよう。彼らがここに姿を現すはずだ」
護衛の兵士らが頷き、俺たちは雑多な闇市の通りを進む。噂によれば、何者かが“宝珠”を使った強力な呪詛品を量産しているらしい。それが隣国バスシオンのみならず、ネイヴァル王国にまで溢れている元凶だという。
「どう見ても、不気味な結界が張られてる……」
闇市の奥まった場所に、黒々とした紋章が浮かんでいる小さな門があった。一段と空気が重い門に近づくと、仮面を被った門番が警戒のまなざしを向けてくる。
「ここから先は限られた者しか入れない。通りたいなら“合言葉”を言え」
「合言葉……そんなもの知るわけがないだろ」
護衛の一人が肩をすくめると、門番の背後でざわめきが起こった。次の瞬間、門の両脇から腕のいい用心棒らしき連中が姿を現し、俺たちを取り囲もうとする。ここで手荒な真似をすれば、彼らが大量の呪詛品を暴走させる可能性もある。
「仕方ない。強行突破は最悪の手段だ。まずは情報を引き出そう」
小声でそう伝え、シャーレンは杖をそっと掲げた。微かな魔力が空気を震わせる。その波動を感じたのか、門番は訝しげにこちらを睨んだ。
「……なんだ、その杖は?」
「ただの大導師の証さ。呪詛品を回収しに来た廃棄士も一緒だ。こちらとしては穏便に済ませたいのだが……」
シャーレンの言葉に、門番は冷笑を浮かべる。彼らからすれば、俺たちは“商売を邪魔する連中”に過ぎないのだろう。だが、その時
「待て。そいつらを通してやれ。せっかくだ、客人をもてなそう」
聞き慣れない声が門の奥から響いた。その声は低く、含み笑いが混じっている。門番はすぐに仮面を外し、俺たちへ嘲りの視線を向けた。
「お前たち、運がいい。首領様が“通せ”と仰ってる。もっとも……この先で命が持つかどうかは分からんがね」
まるで罠に誘い込むかのような言い方だったが、こちらとしても先に進まなければ証拠も得られない。何より、噂の“宝珠”がどんなものか確かめたい気持ちも強い。シャーレンと一瞬視線を交わし、意を決して門をくぐった。
門の先は小さな広場になっており、その奥に巨大な倉庫らしき建物が見える。警戒する護衛たちを横目に、俺たちは倉庫の中央へと進んだ。その床には血のように赤い紋章が描かれ、辺りには黒い靄が漂っている。
「ようこそ、廃棄士ども。貴様らが国境を越えてくるのを待っていたよ」
建物の陰から姿を現したのは、黒づくめのマントを纏った男だった。歳は四十代くらいだろうか。痩せぎすの顔に刻まれた皺は、どこか陰気な笑みを刻んでいる。彼の手には“黒い宝珠”が握られていた。
「お前が闇商人の首領か?こんな危険な呪詛品をばら撒いて、一体何のつもりだ!」
俺が一歩前に出て問いただすと、男は鼻で笑った。
「ふん、所詮は外から来た余所者か。私たちは呪詛の力を使い、もっと“大きな利益”を得ようとしているだけさ。世界がどうなろうと、知ったことじゃない」
男の眼には狂気とも呼べる光が宿っていた。彼らは呪詛品を使って、普通では成し得ない富や力を手にしようとしている。その代償が人々の安全や命であっても、まるで意に介さないのだろう。
「貴様らは廃棄士だとか言っているが、どうせ弱い魔術しか使えない連中だ。いや、そこの大導師はともかく……お前みたいな元ゴミ収集屋に何ができる?」
男の嘲りに苛立ちを覚えながら、俺は廃棄士のツールを握りしめる。彼が持つ黒い宝珠からは、びりびりと肌を刺すような呪いの気配が放たれていた。
「黙れ!俺の前の仕事が何だろうと関係ない。危険物を処理する技術は持ってるつもりだ。お前の歪んだ欲望なんざ、ここで止めてやる!」
俺の宣言に呼応するように、護衛たちが武器を構える。シャーレンも杖を高く掲げ、結界を張る準備をする。だが、闇商人はさしたる動揺もなく、ゆっくりと宝珠をかざした。
「止められるものなら、止めてみろ……“呪詛解放”!」
黒い宝珠が赤黒く光り、まるで生き物のように脈動する。その瞬間、倉庫の片隅に山積みされていた武具や魔道具がガタガタと音を立て、一斉に動き出した。刃や鎧の破片がくっつき合い、巨大な怪物じみた形状に変化していく。
「来るぞ!みんな散開して、まずは被害を最小限に抑えろ!」
シャーレンは素早く魔術式を組んで、暴走する武具の一群を結界で一時的に囲い込んだ。しかし、それでも抑えきれない黒い衝撃波が広場を揺らし、足元の床がバキバキと音を立てて割れていく。
「うわあっ!」
一人の兵士が吹き飛ばされる。俺は焦りを感じながらも、あの宝珠こそが呪詛の源だと確信していた。あれを叩き割れば、魔力の暴走は止められるはず。
前の世界で危険物を封じるときと同じように、相手の“核”を狙う。それが一番の近道だ。
「シャーレン、結界をもう少しだけ広げてくれ!俺が突っ込む!」
「馬鹿を言うな!いくらお前が勇敢でも、あれは……」
「やるしかないんだ!ここで食い止めなきゃ、もっと大勢が死ぬかもしれない!」
大導師として理詰めで制止しようとするシャーレンを振り切り、俺は廃棄士の防護具を握り締めた。大剣を封じたときと同じ要領で、一気に宝珠に近づけば、魔力切断器を叩き込めるかもしれない。
大丈夫、できる。そう言い聞かせ、俺は突風のように飛び出す。
「こしゃくな……!」
闇商人が舌打ちし、宝珠から黒いオーラが飛び出してきた。まるで触手のように伸びてくる禍々しいエネルギーが、俺の腕を絡め取ろうとする。
しかし、これだって“有毒な廃液”みたいなもんだ。手順さえ間違わなければ封印できる。危険物取り扱いの経験が頭の中でフル回転する。
「そこだっ!」
短い隙を突いて、俺は宝珠の核心部めがけて魔力切断器を振り下ろす。
宝珠は硬質な光を放ちながら抵抗するが、廃棄士向けの工具である切断器は、封印の術式が組み込まれた特別製。ガキンという鋭い音が響き、宝珠表面に亀裂が走った。
「やめろ!……くっ、やめろぉぉ!」
闇商人が焦燥感に駆られた叫び声を上げる。だが、もはや遅い。次の一撃で宝珠は完全に砕け散った。
破壊された宝珠から立ち上る黒い霧が、悲鳴のような声を上げながら倉庫の天井へ消えていく。同時に、暴走していた武具や魔道具はバラバラと床に崩れ落ち、ただの金属片へ戻った。
「……やった……のか?」
俺は息を切らしながら膝をつく。シャーレンも大きく安堵の息を吐き、すぐに回復魔法の詠唱を始めた。闇商人はというと、呆然と宝珠の残骸を見つめるばかりで、自分の野望が崩れ去ったことをまだ受け入れられない様子だ。
外で待機していた王国側の役人や兵士たちも遅れて到着し、闇商人とその一味を一網打尽にする。こうして長きにわたって国境一帯を脅かしてきた呪詛品の供給源は、ほぼ完全に断たれた。
「本当に……よくやってくれたな。おかげで被害は最小限に抑えられた」
駆けつけた役人は、俺の肩を叩きながら心底ほっとした表情を浮かべた。シャーレンも
「死ぬなよ、馬鹿者が……」
と苦笑まじりに呟く。
彼の手元にはまだ結界の痕が残っており、ぎりぎりのところで倉庫内の暴走を封じ込めていたのだろう。
護衛の兵士たちが闇商人の一味を拘束していく中、俺はボロボロの防護具を脱ぎ捨て、呪詛の残骸を仕分ける作業に着手する。がれきの中にはまだ微量の魔力が残っているかもしれない。最後まで油断は禁物だ。
「隊長、ここに“黒魔術の書”らしきものがありました。どうします?」
兵士が捜索中に見つけた古めかしい書物を差し出す。それも廃棄士である俺の仕事だ。背表紙にびっしり刻まれた文字は不吉な響きを連想させるが、しっかり封印袋に入れ、回収する。
王国の役人が報告書類を作成し始め、バスシオン公国の職員たちも駆け寄ってきて
「すぐに違法な呪詛品をすべて没収します」
と頭を下げる。
「コウタ、無理しすぎたんじゃないか?」
先輩の赤毛の少女が俺の腕を支えながら声をかける。腕には触手のようにまとわりついたオーラの痕が残っており、嫌な痛みが走る。だが、それを押してでも宝珠を破壊できたのだから後悔はない。
「正直、くたくただ。でも……おかげで大勢の人が救われたなら、それでいいさ」
その言葉を聞いた先輩は、ほっとしたように笑みを浮かべた。シャーレンもようやく落ち着きを取り戻したらしく、遠巻きに呪詛の残留を調べている。
俺たちは各々、やるべき作業を再開する。こうして“闇商人の企み”は頓挫し、バスシオン公国全体に蔓延していた呪詛品の根を断つ大きな一歩となった。
とにもかくにも、任務は完了。俺が膝に手をついて立ち上がろうとしたとき、砕かれた宝珠の欠片を虚ろに見つめていた闇商人が、最後の悪あがきのようにうめく声を上げた。
「……まだだ……私には、まだ“呪詛の研究所”が……!お前たちなんかに、すべては潰せんぞ……!」
その言葉を聞き、シャーレンがきつく睨みつける。たしかに王都近郊の怪しげな研究所で、呪詛品の製造に加担している連中がいるという噂は消えていない。
だが、今はまず目の前にある残骸処理が優先だ。彼らの背後関係は王国が調査を進めることになるだろう。
「とにかく、これで大きな山は越えたな」
倉庫を見回すと、闇商人の子分たちは完全に戦意を失くし、役人や兵士たちに捕らえられている。一方、あちこち散乱していた呪詛品は今まさに回収され、封印袋へ納められつつあった。
「ふう……」
長い吐息がこぼれる。身体のあちこちが痛むが、やり切ったという達成感が全身に広がっていた。未だにこの世界で起きることのスケールは想像を超えるばかりだが、それでも“危険物を安全に処理する”という一点だけは、前の世界でも今の世界でも変わらない。
こうして闇商人の野望は潰え、違法呪詛品は廃棄される運命となった。馬鹿にされても「元ゴミ収集員の底力」を見せつけることができたのは、俺にとって大きな自信になる。
しかし、闇商人が最後に吐き捨てた言葉が胸に引っかかる。“研究所”という新たな火種。俺が廃棄士として真に平穏な日々を取り戻すには、まだ越えねばならない壁が幾つも残っているのだろう。
だが、今はただ、任務を果たした安堵に浸りたい。
砕かれた宝珠のかけらが、倉庫の床で静かに光を失っていくのを横目に見ながら、俺はくたくたになった身体を引きずり、仲間たちと勝利の余韻を噛みしめるのだった。